甘い薬
ミッションを終えてトレミーに戻って来ると、まるでこちらを待ち構えていたかのように、部屋の側にロックオン・ストラトスが立っていた。
「お疲れさん」
「ええ、ありがとうございます」
労りの言葉に返答し、そのまま通り過ぎようとすると、再び真剣な声が掛かった。
「アレルヤ」
「…何ですか?」
足を止めて、彼に向き合う。
腕組みをして壁に寄り掛かったロックオンは、何だか険しい顔をしていた。
何となく、何を言われるのか予想が付く。
今日の自分は、ミッション中少し上の空だったかも知れない。
「お前、大丈夫か」
案の定。
こちらの内面を見抜くような気遣いの言葉に、アレルヤは軽い笑みを浮かべて顔を伏せた。
「ええ、心配ありません」
「気を付けろよ。何かあったら、どうする」
「大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます」
「いや…。いくら体が頑丈だって言ったって…」
「気持ちの方が、抜けていると?」
顔を上げて続く言葉を遮ると、彼は咎めるように顔を顰めた。
「…アレルヤ」
「すみません、心配して下さって、感謝はしてます」
ロックオンの言いたいことは解かる。
確かに、改造を受けた自分は宇宙環境によりよく対応出来る。
でも、彼は気付いているのだ。
自分の内面が、体ほど強くないこと。
でも…それを彼に心配されると、何だか…。
嬉しい反面、素直に受け取れないと言うか…。
いや、そんな単純な気持ちではなく、胸の奥底にしまっていた感情を揺さ振られると言うか…。
幾度となく堪えて来た思いが再び湧き上がるのを感じて、何かがぶつりと音を立てて切れたような気がした。
アレルヤは改めて彼に向き直ると、どこか冷ややかな笑みを浮かべてみせた。
「そう言えば……あのときのフェルト、泣いたような目をしていましたね」
「え……?」
どうして急に、フェルトの名前が?
唐突なこちらの言葉に、ロックオンは何が何だか、と言う顔で目を見開いた。
「彼女のことも、こうやって慰めたんですか」
「アレルヤ…?」
「弱っているところにやって来て、すかさず優しい言葉を掛けてくれる。全く…そつがないですね、あなたと言う人は」
「な、何だよ」
整った顔が、むっとしたように歪む。
それにはお構いなく、アレルヤはあくまで他人事のように続けた。
「その手で一体、何人落としたんです」
「人聞きの悪いことを言うな」
「…すみません」
今度は素直に謝ると、ロックオンは意表を突かれたように軽く息を飲んだ。
吊り上げた眉が元に戻り、探るような目がアレルヤを見詰める。
それから、彼はふっと表情を緩め、冗談めかしたように口を開いた。
「それとも、何だ。落として…欲しいのかよ」
「さぁ、どうかな…」
返答するなり、アレルヤは強く床を蹴って、ロックオンの側へと身を寄せた。
ぶつかるように接触した反動で、ロックオンの体もふわりと浮き上がり、二人の体は暫くの間宙を漂うように後方へと流れた。
その先には、アレルヤの部屋がある。
やがて、ロックオンの背中がアレルヤの部屋の扉に当たって、二人は床に足を着いた。
「落としたい、とは思っているかも」
密着した状態のまま、ロックオンの両腕を捕まえる。
挑むように視線を向けると、彼の目は戸惑いに揺れた。
けれど、それは一瞬のことで、すぐに怒ったような表情に摩り替わってしまった。
「かもって、何だよ…」
「思ったことを言ったまでです」
「やれやれ…。何がそつがないだ。お前の方が随分といい性格だ」
「ありがとう、ロックオン」
「褒めてないっての…」
彼が言い終える前に、アレルヤは距離を縮めて彼の唇を塞ぎ、部屋の中へと押し込んだ。
「……ん」
ぐっと唇を強く押し付け、思ったよりも細い腰を抱く。
体を強く寄せると、ロックオンの体が緊張したように強張った。
でも、抵抗はしない。
自分から声を掛け、挑発に乗って機会を作ったことを、後悔しているのかも知れない。
暫くの間、深く口内を貪って、アレルヤはそっと唇を離した。
ロックオンの乱れた息が、頬に掛かる。
ようやく解放されたことに安堵したのか、無意識に力が抜けた肩に、アレルヤはそっと顔を乗せた。
「おい、アレルヤ…?」
子供が甘えるような仕草に、戸惑う声が降って来る。
肩口に顔を埋めたまま、アレルヤは声のトーンを低く落として、彼の耳元で囁いた。
「ロックオン…」
「な、何だ…」
「本当は、大分…参っているんです」
「……?」
「慰めてくれませんか、ロックオン」
言いながら、腕を持ち上げて彼の背に回す。
「癒して下さいよ、ぼくを」
しがみ付くように抱き締めると、ロックオンはびく、と腕の中で身を揺らした。
「…っ、アレルヤ、お前…」
「嫌なら、逃げていいから」
「アレルヤ…」
狡い言い方だ。でも、それでも・・・。
請うように、体に回した両腕に力を込める。
彼の躊躇いが伝わる空気の中、返答を待って黙り込むと。
「…解かった、アレルヤ」
長いの間の後、ぎこちなく上がった言葉と共に、彼の腕はゆっくりとアレルヤの背中へ回された。
「っ…アレ、ルヤ…っ」
ベッドに縺れるように倒れ込んで、体中を余すところなく弄ると、ロックオンは幾度も余裕のない声を上げた。
アレルヤは着ていたパイロットスーツを脱ぎ捨てて、既に衣服の乱れた彼の上に体を割り入れ、首筋に唇を押し付けた。
軽く吸い上げると、真っ白な彼の肌が微かに赤く染まった。
「知っていました?」
「ん、…な、何が…っ」
「ぼくがずっと、あなたにこうしたいと思っていたこと…」
「そんな、こと…」
「まぁ…もし知っていたら、こんなに簡単に部屋に来たりしないですよね…」
「…ぅ、んっ!」
ぐ、と胸の突起に力を込めて触れると、ロックオンはきつく唇を噛んだ。
触り心地の良い肌を辿りながら中心に触れると、彼が息を飲んだのが解かる。
「うっ、ぁ…う…」
緩く刺激を与えると、吐き出す息に徐々に艶が混じり始める。
自分の手で容易く翻弄されて乱れた声を上げるロックオンに、アレルヤは眩暈を覚えた。
更に奥へと指を進めると、流石にぎくりとしたように四肢が強張る。
彼を安堵させるように、アレルヤはそっと髪の毛を撫でた。
「大丈夫ですよ、加減はします」
「アレルヤ…」
大きく見開かれた目が水に濡れたように潤んでいるのに、どく、と鼓動が鳴る。
彼が息を吐き出すタイミングを見計らって、アレルヤは彼の中へ指先を捩じ込んだ。
やがて。慣らす行為を念入りに施し、ひたすら上がる声に甘さが混じり始めると、アレルヤは彼の膝を掴んで立てさせた。
続いて、徐に左右に割り開くと、焦ったような声が上がる。
「ま、待て…!アレルヤ!」
「…はい」
「お前…っ。こんなんで、本当に…」
「癒されますよ。あなたは、ぼくの特効薬みたいだ」
「……え」
「とても、よく効くね…」
「アレルヤ…?」
何だ、それは。
彼の唇がその形に動く前に、アレルヤは彼の腰を僅かに持ち上げ、ゆっくりと身を進め始めた。
「う…っ、ァ…!」
びく、と四肢が引き攣り、ロックオンが呻き声を上げる。
聞いたこともない、掠れた余裕のない声。
(ロックオン…)
何て。
夢見心地に酔いながら、下肢に走る痺れに現実に引き戻される。
は、は、と短い感覚で繰り返される呼吸と共に、彼の胸は上下に揺れた。
急な刺激に付いて行けないのか、小さく震える肢体をあやすように優しく撫でる。
仰け反った首筋も、もがくように揺れる白い足も、耐えるようにシーツを掴んだ手も、全部欲しい。
「ロックオン…」
一段と優しい声で呼び掛け、アレルヤは目下の甘い行為に夢中になった。
終