小さな世界5




ベッドに無造作に身を投げ出しながら、ハレルヤは落ち着かない様子で寝返りを打った。
こうして目を閉じていても、頭に浮かぶのはあの日のロックオンの顔だ。
あの日。無理矢理に近い形でロックオンを組み敷いて、行為を強いた晩。
そのときのことを思い出すだけで、ハレルヤの頭の中はごちゃごちゃと不快な感情で溢れて落ち着かなかった。
きゅっときつく寄せられた眉根と、微かに上がる甘ったるい声。それが瞼の裏に焼き付いて、耳元に木霊して離れない。
始めは、怒りに任せてだった。本当に、滅茶苦茶にしてやろうと思った。
そうしてやろうと思うに至った経緯を考えて、ハレルヤは金の目に苛立たしげな色を浮かべた。

あの日の前日。ハレルヤがロックオンの元へ足を運んだとき、彼はいつもいる場所にいなかった。
代わりにいたのは、一度見たことのある男だった。以前、ロックオンの側にいた男。ロックオンが好きだと言ったヤツだ。
一目見て、ハレルヤはその男に不信感を露にした。

「てめぇは…」
「おや、きみは」

ハレルヤの姿を認めると、彼は顎に手を当てて、観察でもするように視線を巡らせた。薄く笑みの張り付いた唇が、ハレルヤの癇に障る。
この男が、ロックオンの好きな男?どうも、何だかしっくり来ない。
ロックオンがこいつを好きだとしても、この男は到底そう言う風には見えなかった。
でも、彼がこの男を好きだと言うなら、仕方ない。あんなにきっぱり拒絶されては、一端引くしか出来ない。体だけが欲しい訳じゃないから、そうするしかなかった。
でも、ロックオン・ストラトス。彼の存在に、ハレルヤは何故か引き付けられて止まない。いつか抱きたいという思いも、変わっていない。だから、彼の気が変わるのを気長にまとうと思ったのだ。いつもなら、考えられない。強引に犯して泣かせて、それで終わりだった。
今は違う。ただ会って、話がしたい。それが出来ないなら、ただ側にいたかった。
だからこうして、彼のいる場所へ足を運んだのに。

「ロックオンは、どうした」

ぶっきらぼうに問い掛けると、彼はふっと鼻先で笑った。

「きみの大好きな彼なら、今頃お楽しみ中だよ、きみよりずっと質の良い客人の元でね」
「……?」

すっと、胸の奥が冷たくなるような言葉だった。まだ、はっきりとした意味など解からない。でも、胡散臭いと思いながらも、この男が嘘を言っているようには思えなかった。

「どう言う、意味だ」
「そのままの意味だ。今頃は楽しんでいるはずだよ、上等の部屋で上等の遊びをね」
「てめぇ、いい加減なことを」
「彼はそう言う男だよ、ハレルヤ。きみもそう思うから、今そんな顔をしているのではないかな…」
「……」
「嘘だと思うなら、彼に聞けばいい」

そのまま何も言えず、ハレルヤは店を後にした。
正直、ショックだった。ショックを受けていた自分に驚いたけれど、それ以上に腹が立った。ロックオンは、今頃どこの誰とも解からない相手に、あの体を投げ出しているのだろうか。あの、少し力を込めれば折れてしまいそうな手足を無防備に投げ出して、白い首筋を晒して、足を開いて、いるのだろうか。
そう思うと、凶悪な気持ちが浮かび上がって、いても立ってもいられなかった。

彼を目の前にしてからのことは、ひたすら夢中であまり覚えていない。とにかく滅茶苦茶にしてやろうと思った。壊れてしまえばいいと思った。
あの取り澄ました顔を苦痛に歪ませて屈服させてやりたかった。そうすれば、苛立ちを訴える胸の内が少しは癒えると思った。
抵抗を捩じ伏せて組み敷いたとき、胸の内に込み上げたのは確かに愉悦だった。
でも、その後のあれは…?あのときの彼の様子は…。
彼は、ハレルヤを受け入れていた。始めは力の限り暴れて拒絶し、必死に抗っていたのに。
奥まで貫いて腰を揺らすと、ロックオンは堪らないように四肢を引き攣らせて喉を鳴らした。柔らかい内壁を乱暴に抉じ開けて擦り上げ、薄っすらと汗ばんだ肌を乱暴に弄った。その度に彼の腰は駆け上がる痺れを感じ取るように震え、内壁はひたすらハレルヤを締め付けて快楽を引き出した。荒く吐き出す吐息が重なって、どくどくと血液が逆流するような気がした。
でも、ただ快楽に酔っていたようには見えない。なのに、何故あんなに強く頑なに拒絶するのだろう。何かある気がしてならない。
だったら、それを暴いて白日の下に晒してやる。あの聞き分けのない男から真実を引き摺りだして、四の五の言わせないようにしてやる。彼を手に入れてしまえばいい。

思い立つと同時に、ハレルヤは行動を起こした。
とにかく、自分はロックオンことを何も知らない。あの男のことも知らないし、興味もなかった。
でも、知らなければ何も出来ない。先ずは少しでも事情を知ろうと、ハレルヤは店の常連客に手当たり次第接触した。
けれど、自分と同じほど、ロックオンの素性を知っている者は殆どいなかった。返って来た答えは、大抵お前の方が仲がいいじゃないか、とか。あいつに係わるなとか、そう言うことだった。
ハレルヤは苛立ちながらも、辛抱強く情報を探した。
数日経って、ようやく一人だけ見付かった。たまに来て、強い上質の酒を惜しげもなく飲んでいる、長い髪の女性。ハレルヤが尋ねると、彼女は酔いの回った口調で記憶を辿るように話してくれた。

「ロックオンねぇ」
「何か知らねぇか、何でもいい」
「うーん、そう言えば、昔恋人がいたって聞いたような気がするわ」
「…!恋人だと…?」
「ええ、でも…よく解からないけど、亡くなったって」
「…いつのことだ、それ」
「わたしがこの店に通いだしたのは五年くらい前だから、その頃か、それより前か」
「そうか…」

何となく、直感があった。
あの薄ら笑いを浮かべた男。あの男が、その恋人とやらの死に係わっているに違いない。理由も証拠もない。
でも、何だか当たっているような気がしてならなかった。



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