ありがちな感じで出会い編。

SS




店に一歩足を踏み入れた時、その男の周りだけ、何だか空気が違うような気がした。
そう言うと大袈裟に聞こえるけれど、ようするにやたらと目を引いたのだ。
酔っ払いで溢れる小さな酒場の中。
酒と煙草の匂い、粗野な男たちの匂い。何処か汚れたような空気が漂う中、彼は一人で静かに酒を飲んでいた。
特に目立つ格好をしていた訳ではない。
襟足が長めで、少しクセのある柔らかそうな茶色の髪の毛。
ただ一つ。目立つ特徴を挙げるなら、こんな暗闇でも解かるほど、綺麗な白い肌をしていた。
年は、若い…と言うことしか解からない。
何となく気になったまま、グラハムは軍の仲間たちと酒の席に着いた。
任務が終った後の酒は格別だ。 彼らは皆陽気で饒舌になって、たいして高級でもない酒の味に酔いしれていた。
一杯飲み干して、男が座っていた方を振り返ると、彼はまだそこにいた。
もう一杯。早いペースで飲み干して振り返ると、今度は目が合ったような気がした。
不躾なほど真っ直ぐなグラハムの眼差しを受けても、彼は別段驚いたような反応をしなかった。
ただ、何事もなかったように酒に口を付け、一口飲み干した。
視線を注がれることに慣れているような対応。
グラスの中の液体が彼の喉の奥を流れて行くのを翡翠の目で追うと、グラハムは徐に席を立った。
既に皆酔いが回っている。咎める者は誰もいない。
迷わず、真っ直ぐにその男の方へと足を進めた。

「失礼、…少しいいかい?」

抑えきれない、どこか弾んだような声を掛けて隣に腰を下ろすと、彼の目が反応してこちらに向けられた。
蒼とも翠とも取れる、深い色の双眸は、しっかりと視線が定まっており、少しも酒に酔っていないことが解かった。
好奇心に溢れたようなグラハムの顔が、彼のその双眸の中に映し出される。

「いいや。残念だが、人を待ってる」

少しの間の後、返って来た声は優しげな感じだった。
恐らく、上手くあしらうための方便だったのだろうけれど、グラハムは諦めるどころか 反応があったことに素直に目を輝かせた。

「では、その待ち人が来るまで、わたしの話相手をして欲しい」

率直に告げ、明るい笑みを浮かべると、彼は少し意表を突かれたように目を見開いた。
それから、小さく肩を竦めると、その首を縦に振った。

「ああ、別に構わないぜ」

駄目だといわれても引く気はなかったが、返って来た返答にグラハムは年甲斐もなく、子供のように嬉しくなった。
後で思うと、どうしてこんな行動を取ったのか、自分でも解からない。
冷静になって辺りを見てみれば、男連れでない年頃の女たちはいくらでもいた。
けれど、何故か視線も足先も、全て彼だけに引き寄せられるように奪われて、抗う気も起きなかった。
まるで、おとぎ話の中の、運命の出会いだ。
間近で良く見ると、その思いは確信に変わった。
思い描いたことのある理想が、服を着て現れたようなものだと、よく解かる。
性別?無粋なことを…。そのような道理は、今このときに不必要なものだ。

「軍人さん、なんだな、あんた」
「その通りだ、不満かい」
「いや、景気良さそうだなと思ってね」

揶揄するような口調に、 グラハムはすっと視線を鋭くした。

「そうでもない。今の世界情勢を、きみも知らない訳ではあるまい」
「……」

ソレスタルビーイーング。
最早、この名前を知らない人間は地球上にはいないだろう。
稀代のテロリストとも呼べる彼らの武力介入に、どこの国の軍人も手を焼いているのは明白だ。
だが…。

「だが、彼らについて、今きみと語るつもりはないがね」
「ああ…、俺もだよ」
「それより、気になることがある。きみが待っているのは、恋人かい」
「……ああ」
「そうか…」

相槌を打ちながら、頭の中にある疑惑が浮かんだ。
あくまで予感でしかないけれど、そう言う勘は鋭い方だ。

「相手は男かな?」
「…!ズバッと聞くな…あんた」
「気に障ったなら、謝ろう」

そう言うと、彼は静かに目を伏せた。
否定の言葉はないけれど、どことなく戸惑っているように見える。

「もしそうだったからと言って、あんたとどうこうするつもりはない、悪いけど」
「ああ、そんなつもりは、なかったのだが」
「……?」
「ただ、きみのことを知りたいと思っただけだ」
「はは、何だよそれ」

笑うと、少し幼く見える。くったくのない笑みが、何だか人好きをするような…。
その笑顔に見惚れて思わず言葉を失っていると、彼はグラスに残っていた酒をぐい、と飲み干して立ち上がった。

「そろそろ時間だ、じゃあな」
「ああ…。それは、残念だ」

人を待っていると言っていたが…ここで待ち合わせている訳ではないのだろう。

「きみ、ちょっと…待ちたまえ!」

勘定を済ませて出て行こうとする彼の腕を、グラハムは咄嗟に捕まえた。

「何だ?」

こちらに向けられる双眸に、ぞくぞくと胸が奮い立つ。

「きみの名は?わたしはグラハム。グラハム・エーカーだ」
「俺、は……」

そこで彼は一端言葉を止めた。
迷いに揺れる目を、グラハムは黙って見詰める。
やがて、少しの間の後。

「ニール・ディランディ…」

耳に聞こえて来た名に、胸の中は沸き立った。

「そうか…!以後お見知りおきを…ニール」
「以後があればな…」

軽く言い捨てて身を翻した肩を、グラハムは唐突に捕まえた。
彼が振り向き、目を見開くのを確認すると、グラハムは躊躇なく顔を寄せ、その唇を塞いだ。

「んうっ?!」

合わせた唇の間で彼は間抜けな声を発し、飲み込んだ息が喉を鳴らす。
軽く吸い付いてから唇を離すと、グラハムは爽やかな笑みを浮かべた。

「まじないと言うのは好きではないが、きみと、また会えるように」
「そ、それは、ご挨拶なこった」

ひく、と引き攣った笑みを浮かべ、彼は唇をぐいっと拭うと、今度こそグラハムに背を向けて行ってしまった。

(ニール・ディランディか…。良い名前だ、わたしの姫君)

大真面目でそんな言葉を呟き、グラハムはこのブラウンの髪の男に、必ず再開出来るという妙な確信を抱いた。




04.21