綻び




「ハレルヤ!」

教室へ向かう途中の廊下で、背後から急に自分を呼ぶ声が聞こえて、ハレルヤは振り返ろうと歩みを止めた。
途端、ぐいっと腕を引かれてバランスを崩す。

「おい、何だ、アレルヤ!」
「ちょっと、付き合ってよ!」
「はぁ?」

少し楽しそうに声を弾ませているのは、双子の片割れのアレルヤだ。
眉を顰める自分にはお構いなく、彼はそのまま腕を引っぱり続け、空いている教室へとハレルヤを連れ込んだ。

「何なんだよ、アレルヤ」
「次の授業、出たくないんだ。きみも付き合ってよ」
「あ?なんで俺まで!」
「一人じゃ退屈だからね」
「たまには授業に出ろって言ったのは、お前だろうが」
「まぁ、そうなんだけどね」

悪びれる様子もなく微笑を浮かべているアレルヤに、ハレルヤは舌打ちの一つでもしたい気分になった。
結局、教師やら親に怒られるのは、ハレルヤなのだ。

「俺は行くぜ、一人でそこにいろよ」
「ハレルヤ!」

アレルヤの腕を振り切って逃れようとすると、彼は慌てて声を荒げた。

「もう授業は始まってるよ。今出ていったって、怒られるのはきみだよ」
「別にいいぜ、正直に言うまでだ、お前のせいで遅れたってな…」

ハッと鼻で笑いながら言うと、アレルヤの顔からすうっと笑みが消えた。

「まぁ、そうしたいならすればいいよ」
「アレルヤ…?」

ただならぬ雰囲気に、身構えたのも虚しく、がしっと両肩を掴まれ、直後首筋に柔らかい感触がした。
アレルヤの唇が押し付けられているのだと悟ると同時に、小さな痛みが走る。

「っ、アレルヤ!何しやがる!」

慌てて彼を突き飛ばしたときには、もう遅かった。

「痕、ついたからね」
「お前なぁ」
「いいよ、正直に言っても。空き教室で二人で色々してました、ってね」
「アレルヤ、てめっ…よくもこんなもん…!」

まだ少し痛む首筋をさすりながら睨み付けると、アレルヤは急に困ったように笑ってみせた。

「いいよね、別に」
「あん?」
「きみは…ぼくのものなんだから」
「……アレルヤ」

名前を呼ぶと、彼の顔から笑みが消えた。

「そうだよね、ハレルヤ」
「ああ……」

危なっかしい、アレルヤ。ハレルヤがいないと、どうしようもない、彼。
縋りつくような眼差しを向けられて、ハレルヤはただ首を縦に振って頷いた。
確認したアレルヤの手が伸びて、ゆっくりとハレルヤを抱き寄せる。
されるがままに腕の中に納まると、彼はホッとしたように吐息を吐いた。
そのまま肩口に顔を埋めて、体に回ったアレルヤの手が愛撫をするように動き回る。

「ハレルヤ…」
「おい、止めろって、帰ってから…」
「じゃあ、帰ろうよ、今すぐね…」
「ったく…。いつも怒られんのは俺なん…」

言い終える間もなく、近付いて来た唇に塞がれて、語尾は途切れてしまった。
そのまま、ガタンと言う大きな音と共に、その辺りにあった机に押し倒される。
襟元を緩められ、露になった胸元に、アレルヤがそっと唇を寄せた。
覆い被さる彼の肩越しに見える天井が、やたら高く見える。 先ほど付けられた痕の上をアレルヤの熱い舌が這い回り、衣服の上から肌を撫でられると、ぞくりと肌が粟立った。
普段は真面目で優等生なアレルヤだけど、たまにこう言う風に無茶を押してハレルヤを求めることがある。
いつも、拒絶はしない。彼を受け入れることが、ハレルヤの存在意義でもあるような。いつの間にかそう言う風になっていたからだ。
だらりと力なく下へ降りていた手をゆっくりと持ち上げて、ハレルヤはアレルヤの背中に手を回した。



「全く、あいつは…」

その後、行為が終ると彼はさっさと衣服を整えて行ってしまった。
どうしても受けたい授業があるから、なんて台詞を残して出て行ったアレルヤの背中を見送って、ハレルヤは深々と溜息を吐いた。
きちんと衣服を整える気にもならない。下衣だけをざっと直して、ハレルヤは未だ机の上に不安定な格好で寝そべっていた。
別に、余韻に浸りたい訳じゃない。今更教室に戻る気にもならないだけだ。

「面倒くせぇ…」

もう、帰ってしまおうか。
そんな独り言を呟いたとき、誰もいないはずの教室の隅で、ガタンと小さな音がした。

「……?!」

ハッとしてびくりと身を硬くすると同時に、思い切り良く起き上がる。
音のした方を見ると、机と机の隙間から、柔らかそうな茶色の髪の毛が覗いているのが見えた。

「な、んだ、てめぇ!」

咄嗟に脅すような口調で怒鳴ると、そこにいた人影もびくりと揺れるのが解かった。
全然気付かなかった。いつから、いたのだろうか。
ハレルヤがごくりと喉を上下させる中、流石に逃げ切れないと思ったのか、その人影はゆっくりと机の間から姿を現した。

「てめぇは…」

目の前に現れた人物に、ハレルヤは金の目を見開いた。
生徒ではない。スーツ姿で、少し年上の若い男。

「何だ、てめぇは!」
「あー悪い悪い、覗き見するつもりなんてなかったんだが」

ハレルヤが睨み付けると、彼は慌てたように両手を上げて弁解の言葉を発した。
けれど、その台詞にハレルヤの頭に血が昇る。

「……?!てめぇ、見てやがったのか!」
「待て待て、誤解するな。俺が先にここにいたんだよ、お前らが後から来たんだぜ?」
「何だと?」
「驚いたのはこっちだぜ。まぁ…心配すんな、誰にも言わねぇよ」

口調は軽薄な感じだけど、彼の様子にふざけている感じはない。
ハレルヤは少しだけ警戒を解き、彼の様子を探るように視線を巡らせた。

「だいたい、てめぇは何だ、何でこんなとこにいやがる」
「ああ…、ちょっとな。お前と同じだよ、サボりだ」
「生徒にゃ見えねぇが?」
「その通りだ。教師ってヤツだよ、新任のね。校内を見て回ってたんだが、適当に休憩してたって訳だ。誰も来ない、いい場所見つけたと思ったんだがね」
「……」
「まぁ、色々あんだろ?とやかく言うつもりはないよ」

そう言って、彼は片手を軽く上げると、教室の扉へ向けて足を進めだした。
けれど、擦れ違う瞬間。

「でもなぁ、お前さん」
「……?」
「あんまり甘やかすのは…お互いの為にならないぜ?」
「……!」

柔らかく掛けられた言葉に、どき、と心臓の音が跳ね上がって、ハレルヤは目を剥いた。

「どう言う意味だ」
「いーや、何でも」
「……」

おどけたようにそれだけ言って、彼はそのまま出て行ってしまった。

とんでもないところを見られただけじゃない。
何だか、少しだけ…。
自分たちの中の綻びを一瞬で見抜かれて、そこに割り込まれたような…。
そんな妙な感覚に襲われて、ハレルヤは苛立たしげに舌を鳴らした。