懐柔




―俺が教えてやろうか。

信じられないような大胆な台詞を吐いて、ロックオンはアレルヤの胸元に手を伸ばした。そっと触れた指先が、卑猥な動きでそこをなぞる。その途端、体が金縛りにでもあったみたいに動けなくなってしまった。
いやらしい手だ。何て人だろう。ロックオンが、あんなことを言うなんて。
しかも、この自分に。
目の前の事態に心がついていかないのに、ほんの少しだけで止められてしまった愛撫にアレルヤの体は刺激され、一方的に昂ぶった欲求は歯止めが利かなくなりだしていた。
彼はいつも、あんなことを言うのだろうか。普段は本当に気軽に、労わりの言葉や軽口を叩くあの唇で。
どうしても確かめたくて堪らない。あの黒い手袋を剥ぎ取って、その下で蠢いていた白い手を露にしてやりたい。彼を包んでいる衣服も同じだ。そうすれば、あの人のことが少しは解かるかも知れない。

散々葛藤して迷った末、アレルヤは真夜中に彼の部屋へ飛び込んだ。
その晩は、自分の腕の中で大人しくなっている人を本当に夢中で抱いた。切望していた通り、衣服なんて全部剥いでしまった。目の前に現れたのは、誰も触れたことのないような、白くて綺麗な肌。なのに、あんなことを言う。
少しは解かるかも知れないと思っていたのに、アレルヤはますます混乱した。

そして、今もそうだ。アレルヤが動くままに目下で揺れる肢体は、驚くほど扇情的だ。抵抗を忘れた手は、きつく握り締められたまま。
一体何を考えているんだろう。彼の反応を引き出したくて、アレルヤは揶揄するように言葉を掛けた。

「刹那たちが見たら、何て言うでしょうね…こんな」
「ぁ、く…っ」

何か言おうとしたロックオンの声は、掠れた呻きに擦り代えられた。
代わりに、快楽と愉悦に酔ったような目が、こちらを睨むようにすっと細められる。熱を孕んだその目に、ぞく、と背筋に痺れが走った。
そのまま、湧き上がる衝動に合わせて、アレルヤは奥まで彼を突き上げた。ぐっと腰を掴んで、絡み付く内壁を押し退け、小刻みに揺らす。

「んぅ、…んっ!」

痛みと圧迫感に耐え切れなくなったのか、ロックオンの目には薄っすらと涙が浮き上がった。

「痛いですか?」
「く、アレ、ルヤ…」
「でも、最高ですよ、ぼくは…」
「ひ、…ぁっ」

びく、と細い腰が引き攣り、アレルヤに快楽を齎す。
どうして、この人はこんなに大人しく腕の中に納まっているのだろう。
面倒見が良く、皆の世話ばかり焼いているこの人が、アレルヤの前では淫らに足を開き、肢体を投げ出してあられもない声を上げている。
本当に、どうしてだろう。誰が相手でもこうなのだろうか。
ふと、そんな疑問がアレルヤの頭に浮かび上がった。
背後から抱いて犯していた体を持ち上げ、ベッドに仰向けにさせる。

「…アレルヤ?」

突然の行動に、ロックオンは目を見開いて、頼りない声を上げた。

「どうして、あなたがこんな…」
「え…、ぁ…っ」

彼が答えを返す前に、アレルヤは再び腰を抱いて、ぐっと身を推し進めた。
少しの抵抗を無視して、中まで侵入すると、ロックオンは二の足を引き攣らせた。

「いっ、…ぅ、あ…っ」

仰け反った喉が滑らかで、乱暴にしてしまいたくなる。

こんな関係のきっかけを作ったのは、他でもない彼だ。
けれど、ロックオンにキスをして触れることに、アレルヤも抵抗を感じていなかった。
真っ白で透けるような肌は、触り心地も良さそうだった。無防備な首筋は本当に艶めかしかった。夢中で重ねた唇はとても柔らかくて、舌を捩じ込むと口内は温かく滑らかだった。

きっと、憧れみたいなものだったんだろう。そう思う。
側にいるのに、手が届かない人のような。

でも、彼は覆い被さったアレルヤを無言で受け入れた。止めろとも何とも言われなかったから、アレルヤは夢中になって彼に触れた。余裕がなかったせいで、申し訳程度に慣らしただけで侵入すると、彼の中は酷くきつくて、ロックオンは掠れた声で苦痛を訴えた。それには、本当に驚いた。てっきり、もうそう言う経験があるものだと思ったから。アレルヤのことをすんなり受け入れたのも、そのせいなのだと。けれど、そうではなかった。

では、本当に何故。彼がこうして淫らに肢体を投げ出しているのは、何故なのか。
また同じ疑問が頭の中に浮かび上がって、アレルヤはふと、荒く繰り返していた動きを止めた。刺激が止んで、引っ切り無しに上がっていたロックオンの声も止む。
そのまま動けずにいると、彼はすっかり水に濡れたように潤んだ目をこちらに向けた。
けれど、その双眸には、一瞬こちらを竦ませるような強さがあった。
そうして、熱の為上気した唇が、ゆっくりと動き出す。

「どうして、だと?バカ野朗…」
「……!」

(……え)

「ロック、オン…」

不意に上がった声に、思わず呼吸までも止まる。呆然としたまま彼を見下ろしていると、ロックオンは乱れた息を整えながら、上手く回らない舌を駆使して口を開いた。

「好きだからに、決まってる」
「…!!」
「好きだ、アレルヤ」
「ロックオン…」

それ以上は二の句が継げない。彼の言う意味が、すぐには理解出来ない。

「アレルヤ、お前が好きなんだ」

もう一度、強く囁かれた言葉に、アレルヤはただ目を見開いて、自分の腕の中にいる人を見下ろした。

―ぼくだって、そうだ。ずっとそう思っていた。

たったそれだけを告げるのに、酷く長い時間が掛かった。