コクハク




「じゃあ、指示があるまでは待機よ、よろしく」

モニターいっぱいに映し出されたスメラギの姿が、その言葉と同時に目の前からぶつりと消えた。作戦会議の終了だ。
刹那は経済特区の東京に、ティエリアは宇宙にいるので、今はここにアレルヤと二人。
腕組みをしながら、静かにスメラギの姿を見詰めていたアレルヤを見やって、ロックオンは声を上げた。

「アレルヤ、聞いたな。てことで、少し休もうぜ」
「ええ、そうですね」

頷いて笑顔を浮かべるアレルヤの頬は、どこか高潮しているように見える。気のせいかも知れないけれど、どことなく、そう思う。普段彼はあまり感情を外に出さないから、余計にだろうか。
さっきまで、この壁にある画面いっぱいに、スメラギの顔が映し出されていたのだ。無理はない、のかも知れない。
そう思うと、ロックオンは知らず笑みを浮かべていた。

「どうかしたんですか」

気付いたアレルヤが首を傾げて尋ねて来る。

「いや」

恋心を抱くのが可愛いだなんて口にしたら、怒られるだろうか。そう思い、ロックオンは誤魔化すように肩を竦めた。

「いいや、悪かったと思ってさ」
「悪いって、何がです」
「こんなとこに俺と二人で待機なんてさ、お前も宇宙で作戦なら良かったのにな」

含みのある言い方に、アレルヤの眉はぴくりと動いた。

「でも、今回の作戦は、キュリオスとデュナメスが組むのが最も効率的なんです。スメラギさんの作戦に、粗相はないと思います」
「ああ、そうだな。悪かった」

彼女の作戦プランに批判がある訳ではない。素直に謝罪を口にすると、アレルヤは少し意表を突かれたように息を飲んだ。

「そんなつもりじゃ…ありませんでした。ぼくこそ、すみません」
「いや、いいって。そうじゃなく、好きな女性の側にはいたいんだろうなってことだ」
「ロックオン…!」
「深い意味はねぇ、気にするな」

おどけたように言うと、アレルヤは仄かに頬を赤く染めた。照れたような仕草を見るのは、これで二度目だ。何だか、妙な空気が部屋に広がってしまった。この話はこれで終わりにした方がいい。
話題を変えようと、他のことを考えていると、ふと、アレルヤから静かな声が上がった。

「確かに、そうですね…」
「……?」
「好きな人の側には、いつだって…いたいと思います」
「……アレルヤ?」

思いもかけぬ言葉に、今度はロックオンが意表を突かれたように双眸を見開いた。彼がこう言う話に乗ってくるとは思っていなかったから。
思わず黙り込んで続く言葉を待つと、彼は何かを思い巡らすように口を開いた。

「それに…側にいるだけじゃ足りないとも、思っています」
「……え」
「ぼくは結構、独占欲が強いみたいだから…。それだけじゃ足りない。その人と、早く繋がりたいとも、思います」
「……つな、がる…」

彼の意図が解からなくて呆然と呟くと、彼はくすりと口元を緩めて笑った。

「ああ…。肉体的にも、ってことですよ」
「…!あ、ああ…」

先ほどよりも意外な台詞に、思わずぎし、と動きが止まる。
アレルヤは、いつの間にこんなことを言うようになったのか。遂この前まで、フェルトの頭を抱えていたロックオンを見て、あんなに照れたように目を逸らし、頬を赤らめていたアレルヤからは、想像も出来ない対応だった。

「どうか、しました?」

不審そうに覗き込んで来るアレルヤに、慌てて首を振る。

「い…や、お前がそんなことを言うとは、思わなかったんで…」
「可笑しいですか?ぼくだって、そう考えることもありますよ」
「ああ…、そうだな」

ぎこちなく頷いて、ロックオンはそっと眉根を寄せた。
アレルヤ。
そうだ、彼だって…もう大人だ。二十歳。もう、男なんだ。もっと小さな頃から見てきたから、何だかそう言うことに結びつけて考えたことがなかった。恋を抱く年頃であれば、当然だ。その先にあるものを望んでも、可笑しくない。
アレルヤが―。
アレルヤが、誰かの名前を熱の籠もった声で呼んで、彼の手が肌の上を優しく辿る。
その、相手は……。
一瞬、生々しい光景が頭を掠めて、ロックオンは小さく首を打ち振った。これ以上は、考えてはいけない。思考を無理矢理断ち切って、気持ちを切り替える。
顔を上げると、いつの間にこちらを見ていたのか、じっと向けられているアレルヤの目と視線が合った。何故か、ドキ、と鼓動が跳ねる。いつから、いつからこっちを見ていたのだろう。別に、内心が見透かされている訳でもないけれど、妙な罪悪感が込み上げ、ロックオンは視線を少し泳がせた。

「ああ、じゃ…ますます、残念だったな」
「何がです?」
「彼女と一緒じゃなくてさ」
「彼女?」
「隠すことはねぇだろ、何となく、解かるぜ…」

敢えて明るく軽い口調で言うと、アレルヤがすぅっと息を吸い込んだのが解かった。何となく、びりっと空気が鋭くなったような、そんな雰囲気だ。
無理もない。少し、干渉し過ぎたかも知れない。
何か言おうと言い掛けた言葉が、アレルヤの呼び声によって遮られた。

「ロックオン」
「……?うん?」

顔を上げると、彼はいつも通りの穏やかな顔で、こちらを見ていた。けれど、冷淡にも見えるグレイの目に、どこか燃えるような熱が宿っている。覚悟を決めたときのような、そう言う目だ。
驚いて短く息を飲むロックオンに、彼は殊更ゆっくりと唇を開いた。

「あなたは、誤解をしていますよ」
「……ご、かい?」
「ええ。あなたが言っているのは、スメラギさんのことじゃないんですか?」
「あ、ああ…そう、だが…」
「確かに、ぼくはスメラギさんが好きですよ。慕っていると言ってもいいし、恋に似たような感情だって…持っていたかも知れない」
「……」
「でも、それは…あなたがいなければの話だ」
「え……?」

一瞬、何を言われているのか解からなくて、目を見開く。
少し考えて、すぐに一つのことに思い当たった。彼はまだ、誤解をしているのだろうか。ロックオンがスメラギと何かあると…?
気付くと同時に、ロックオンはすぐに言葉を発した。

「アレルヤ。だから前にも言ったろ?俺は別に、ミス・スメラギとは…」
「そうじゃない」
「……え」

冷たく遮られた言葉に、ますます混乱する。
一体、何だ。アレルヤは、何を言おうとしているのか。
続く言葉を待って知らず拳を握り締めると、彼は柔らかく笑って、それから徐にこちらに向けて手を伸ばした。
びく、と揺れる肢体にお構いなく、伸ばされた手の平がロックオンの頬に触れる。すっとなぞるように熱い指先が肌の上を辿り、それからそっと離れた。

「ぼくが好きなのは、あなただと言うことですよ」
「……?!」

(え……)

「何…だって…?」

予想もしていなかったアレルヤの告白に、ロックオンはただ呆然と呟きを漏らして、アレルヤをまじまじと見返した。



「やっぱり、全然気付いてなかったんですね」

困ったような笑みを浮かべるアレルヤに、思わず頭を振る。

「そりゃ、俺も…お前は嫌いじゃねぇが、そう言うことじゃなく…」
「いいえ、そう言うことなんですよ」
「…アレルヤ…!」
「もっとはっきり言いましょうか」

咎めるように名前を呼ぶと、彼は更に強い口調で続けた。

「ぼくが好きなのはあなたで、ぼくはあなたを抱きたいと思っています。これで、解かりますか」
「…っ、そんな…こと、信じろって…」

さっきよりもずっと、覚悟の据わった目。彼が本気なのだと言うことくらい、ロックオンにも解かった。でも、そんなすぐに認められる訳がない。
緩く首を打ち振ると、アレルヤはまた口元を笑うように綻ばせた。

「困ったな。どうすれば、信じてくれるんです」
「……っ」

じり、と間を詰められて、思わず後ろに下がる。アレルヤの纏う空気に、このままでは流されてしまう。
再びこちらに伸ばされた手が、ロックオンの腕を捕え、きつく力をこめた。

「抱かれて、みますか?ぼくがあなたを抱けば、信じてくれる?」
「え……?」

頭の中に、盛大な疑問符が浮かび上がった直後。
ぐい、と腕が引かれて、唇に生温かい感触がした。ぐっと強く押し付けられたのは、アレルヤの濡れた熱い唇だ。

「んっ…、ぅ…っ!」

目を見開くと、これ以上ないほど間近に、アレルヤの顔があった。近過ぎて、ぼやけて見えるほど。見慣れた顔のはずなのに、見慣れない光景。そして、口元に触れる感触。
熱く吐き出される吐息と共に、彼がロックオンの口内を貪るように侵蝕している。先ほど、一瞬だけ頭に思い描いたように、いや、そんなものよりもっともっと生々しく、強く激しく。

「んっ、…ん、っ!」

首を振って逃れようとしても、アレルヤはどこまでも追い掛けて来る。舌を絡めて吸い上げられ、一瞬息が詰まった。

「よ、せ!何で、こんなこと…!」

必死に手足を動かして顔を逸らすと、腰が抱かれて、ぐっと彼の下肢が寄せられる。

「……ぁっ」

熱く反応しているものに触れて、ロックオンはびくりと四肢を強張らせた。

「アレ、ルヤ…」
「まだ解からないんですか?ぼくは、このままあなたを抱くことだって、出来るって」
「……っっ!!」

信じられないと言うように息を飲むと、彼の指先がベルトに掛かった。
いつの間にか壁際に押し付けられ、逃げ道を塞がれて、思うように動くことも出来ない。何より、アレルヤの手が熱くて強くて、抵抗する力まで抜き取られてしまう。カチャ、と金属の擦れる音が聞こえて、ロックオンは慌てて声を荒げた。

「よせ、アレルヤ!解かった、信じる!信じるよ!」

掠れた声を上げた途端、ベルトを引き抜こうとしていた指が、ぴたりと止まった。

「本当に…?」

掛けられた言葉に反応して顔を上げると、こちらを覗き込むグレイの目が見えた。熱に浮かされたように潤んでいる。ロックオンを見詰めて、欲望を湛えた目だ。
ぞく、と背筋が熱くなるのを感じながら、ロックオンはただ首を縦に振った。ここまでされて、信じる以外どうしとろ言うのか。何より、このアレルヤが、冗談でここまでするとは到底思えない。
ロックオンが頷いたのを確認すると、彼はふわりと口元を緩めた。

「そうですか。良かった…」
「……っ」

する、と手が腰から離れ、体が解放される。壁に預けていた背中は、そのままずるずると崩れ落ちてしまった。
思わず、唇を拭おうと手を持ち上げた直後。

「ロックオン!アレルヤ!緊急事態よ!」

突然モニターのスイッチが入り、スメラギの顔が壁にバン!と現れた。

「ミス・スメラギ!」

引っくり返った声を上げるロックオンに、彼女は不思議そうな顔を向ける。

「どうかした、何かあったの?ロックオン」
「いや、何も。それより、どうしたんだい」
「さっきも言ったけど、緊急事態よ。急いで今から言う場所に二人で向かって」

彼女の伝えるプランを聞きながら、ロックオンはこの通信があと数秒早かったら、と考えて思わず身震いした。

「じゃあ、よろしくね」
「了解だ」
「了解」

二人の返答を確認して、通信はぶつりと切れた。



「さっきの続きは、また後で…」
「……っ」

コックピットに乗り込む途中、耳元でアレルヤにそう囁かれ、ロックオンは身を引き攣らせた。

「お前…っ」
「じゃあ、先に行きます」
「……アレルヤ!」

何だか楽しそうに言い放って離れ、先にキュリオスのコックピットに消えて行くアレルヤを見て、ロックオンは複雑な溜息を吐いた。