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ぼくが、あなたに夢中になるとでも?

いつかのアレルヤの言葉が耳について、ロックオンはフォークを持つ手をぴたりと止めた。
同時に、苦いような思いが浮かび上がってくる。
今思えば、安い挑発だ。

(何であんな、解りやすく乗っちまったんだか…)

お陰で…面倒臭いことになった。
カチャと音を立ててフォークをおくと、ロックオンは深い溜め息を吐いた。

でも、もっと。厄介なことがある。
それは……。

「ロックオン」
「……!」

食事を終えて自室に戻ろうとしていたロックオンに、背後から掛かった声。
もう何度も耳にしたことのある呼び声で、振り向かなくても解かる。
少し体が緊張したのを、彼に悟られてしまっただろうか。
一度軽く吐息を吐いて、ロックオンは背後の男を振り返った。

「何だ、アレルヤ」

何だ、などと白々しい。
用件など解かっているのに…。
頭のどこかでそう思いながらも、ロックオンは無表情を作った。
振り向いた自分の顔を、アレルヤが見詰める。
それだけで何だか居心地が悪くなった。

「今日は、部屋に来ますか」

そんな自分の内心を知ってか知らずか、穏やかな口調で彼が尋ねる。
ドキ、と鼓動が高鳴ったのを無視して、ロックオンは首を横に振った。

「い、いや。今日は、用事が…」
「そうですか…。解かりました」

別に落胆した様子も動揺した様子もない。
顔色一つ変えず、即座にそう言って、アレルヤは自分に背を向けた。
その姿が少しずつ遠ざかって行くのが、視界の隅に映る。
そして、彼の背が曲がり角で見えなくなる寸前、大きな声を上げていた。

「…っあ、後で!」
「……?」

アレルヤが反応して振り向く。
自分の顔を見られたくなくて、ロックオンは視線を逸らした。

「時間が出来たら、行く」
「はい…。解りました」

穏やかな声に視線を戻すと、少しだけ口元を綻ばせているアレルヤの顔が見えた。
そのまま、今度こそ彼の背中が見えなくなるのを待って、ロックオンは力なく肩を落とした。



本当に、不味い。
自室に戻ってベッドに身を投げ出して、ロックオンは深い溜息を吐いていた。
何が不味いって、自分が思ったより彼との関係を心地良いと思っていることだ。
心地良い、何てものじゃないかも知れない。
現に、ああやって…さっきみたいに素っ気無くされると、何だか面白くない。
それに、こうして一人になると否が応でもあの時の場面が目に浮かぶ。

あの時の、彼の様子。
頬をなぞった指先はとても優しくて、壊れ物にでも触れているようだった。
あの、少し困ったような笑顔とか、無関心を決め込んだ時の表情のない顔とか。
いつも皆に見せるものと違って、熱っぽい視線と、耳元で囁く甘いような声。
きっと、彼があんな顔をするのは自分と二人きりの時だけなのだ。
確信はないが、多分、そうだ。
でも、あの時みたいに、いや、あの時以上に求められたら、困惑するに決まっている。

(狡いんだろうか、俺は)

そう思いつつも、いつも足は勝手に彼の部屋へと向かってしまう。
もとより、用事なんて何もない。
適当に時間を潰した後、ロックオンは重い足取りで部屋を出た。

「俺だ、アレルヤ」

声と同時に、彼の返答が聞こえる。

「待っていましたよ、ロックオン」

その言葉通り、扉はすぐに開いた。
でも、アレルヤの口調は何故だかやたらと事務的に聞こえて、ロックオンは頭が混乱するような気がした。

部屋に招き入れられても、すぐにベッドに寝転ぶ訳にも行かない。
所在なさげに佇んでいると、不意にアレルヤがくす、と笑う声が聞こえた。

「用事って、昼寝だったんですか」

言いながら、彼は自身の頭の上を指先で突くように指し示した。

「え……?」
「ここ、寝グセついてますよ、ロックオン」
「……!!」

引き攣った声が漏れないよう、思わず片手で口元を覆った。
きっと、顔は見っとも無く赤面しているに違いない。
どこまで見抜かれているのか知らないが、取り繕う暇もない。
せめて、何か言おうと向き直った直後、体が強引に引かれてベッドの上に投げ出された。

「アレルヤ?!」

驚いて声を上げる肢体に、彼の体が圧し掛かる。
熱い吐息が耳元を掠め、ぞく、と背筋に痺れが走った。

「ちょっと、待て!お前…」

訳も解からないまま翻弄されてしまいそうで、突然の行動に声を荒げる。
けれど、きつく合わせられた彼の唇に、それ以上何も言えなくなってしまった。

「ん、…んっ」

胸元を、腿の辺りを這う手の平に、自然と小さな声が漏れる。
彼の手で齎される快楽は甘くて逆らい難いのに、同時に胸の中に苦い気持ちを生んだ。

『俺はあくまで、女性が好きなんだ』

あんなこと、言わなければ良かった。
その後交わした会話を思い出して、ますます苦い気分になる。

(アレルヤ)

お前は今も、あのときと同じことを思っているのか。
何度も口に出しそうになって、喉の奥へと飲み込む。

「…んっ!」

不意に乱暴に突き上げられて、ロックオンは息を詰めた。

「お前、無茶をするな!」
「あなたが、気を散らしてるから」
「……っ」

咄嗟に謝罪の言葉を吐こうとして、ロックオンは言葉を止めた。
気を散らしていたと言っても、考えていたのは彼のことだ。
それに、今の言葉が、何だか独占欲の現れのように聞こえたから。
何を考えているんだ、この男は…。
ふと、視線だけ動かして見上げると、彼が気付いてこちらを見た。
視線が合わさって、少しだけ、アレルヤの口元が綻ぶ。
きっと今自分は、可笑しいくらいに体温が上がって乱れた息を吐き、あられもない声を上げて見っとも無く身じろいでいるに違いない。

(笑うなよ、アレルヤ…)

何となく、頭のどこかで場違いにそんなことを思う。
居た堪れなくなって腕で顔を覆うと、すぐさま掴まれてベッドに押し付けられた。
代わりに降って来た口付けに、息が止まりそうなほど貪られる。

また今日も、言いたいことは言えそうにない。でも、終って欲しくない。
こう言う風にがむしゃらに体だけ求められるのすら、なくなって欲しくない。
上手く言えない。ただ、そう思うだけだ。
何でこんなことになったのか。
アレルヤの動きは、深く考えることを許さない。
徐々に頭の奥が痺れていくのを自覚して、ロックオンは口内へと侵入して来た彼の舌に応えた。