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後で時間が出来たら行くと、言われはしたけれど…。
当のアレルヤはと言えば、はっきり言ってあまり期待していなかった。
本当に何か用事があるなら、そんな時間を作る暇なんてないし、無理はして欲しくない。
それに、面倒見の良い彼のことだ。
部屋を訪れるような間柄になっているのが、自分だけとは限らない。
でも、彼は一度断った後、それを撤回した。
何故かは解からないけれど、まぁ、来てくれると言うなら、それでいい。
今晩は、何時になっても眠れそうにない。
そんなことを思い巡らしながら、ベッドに無造作に身を投げ出していたのに。
ロックオンは、思っていたよりもずっと早くアレルヤの部屋へやって来た。
部屋の中へ彼を迎え入れると、すぐにちょっとした変化に気付いた。
元々くせのある柔らかい彼の髪の毛に、寝癖のような痕が付いている。
それが、まるで毛糸の玉みたいに丸くなっていて、何だか微笑ましい。
だから、そのことを口にしたのは、ごく自然なことだったのに。
「寝グセついてますよ、ロックオン」
アレルヤが告げるなり、彼は過剰なまでに息を飲み、咄嗟に手の平でその口元を覆った。
それから、バツが悪そうに視線を逸らして黙り込む。
「……?」
(ロックオン?)
何だろう、この反応…。
何か、まずいことを言われたとでも言うような。
彼の不自然な反応に、先ほどまで胸中でもやもやと燻っていた疑問が再び頭を擡げ始めた。
もしかして、誰かの部屋にでも…?
そこで、ベッドに寝転ぶようなことでもあったのか。
それって…。
いや、でも…ロックオンが、そんなこと…。
けれど、彼の行動には不可解な点もある。
用事があるからと言っていた割に、彼が来るのはあまりに早かった。
乱れた髪の毛と、まるでついさっきベッドから起き上がったみたいによれた衣服。
まさか。
もう一度疑惑が頭の中に浮かんだ途端、アレルヤの腕は勝手に伸びて、勢い良く彼の肢体をベッドへと引き倒していた。
「アレルヤ?」
驚きの声を上げるロックオンの唇を塞いで、体を自身の下に組み敷く。
強引に行為を進めて行くと、彼はやがて腕の中で大人しくなった。
彼の体に、行為の痕跡など何もないことに、ホッとする。
そんなことないと解かってはいても、確認せずにはいられなかった。
そして、暫く時間が過ぎた頃。
腕の中にいる人を見下ろしてみると、どこか遠くを見ているような目が視界に映った。
熱に浮かされたような顔をして、アレルヤの腕の中に納まって、無防備に肢体を投げ出していると言うのに・・・。
彼の心はここにはない。
一体、何を考えているのか。
ふと、乱暴な衝動が込み上げて、アレルヤはやや強く彼の中を突き上げた。
「…っ、お前!無茶をするな!」
「あなたが、気を散らしているから」
抗議の声を柔らかく捩じ伏せたものの、口にした言葉はまるで自分だけ見ていろとでも言うような内容だ。
後でそのことに気付いて、何だか後悔した。
しかも、ロックオンはまた居心地が悪そうに視線を逸らして黙り込んでしまった。
ここで謝罪の言葉を吐かれても、虚しくなることには違いないが…。
何か言葉を交わす代わりに、アレルヤは息つく間も与えずに彼の中を突き上げた。
「ぁ、…ぁ、く」
彼の白い喉が仰け反って、掠れた甘い声が耳元を掠める。
内股が震えて内壁が収縮し、アレルヤに快感を齎す。
このときばかりは、彼の中はアレルヤのことだけでいっぱいだ。
そのはずだし、少なくともそう思って来た。
だから、初めてこうしたときに交わした会話が彼の本心だとしても、それで良いと思って来たのだ。
でも、最近の彼は、何か違うような気がする…。
「さっき、何を考えていたんですか」
行為を終えた後も、やはり何かが引っ掛かって離れなかったので、アレルヤは思い切って口に出してみた。
「え、あ…?」
ベッドにだるそうに寝転んでいたロックオンは、一瞬何が何だか、と言う顔をして首を傾げたけれど。
すぐに思い当たったのか、ハッとしたように短く息を飲んだ。
沈黙と共に、彼の両目が見開かれるのをじっと見詰める。
「何でも、いいだろ?お前には…関係ない」
そうして、返って来た素っ気無い答えは、アレルヤを少なからず失望させた。
「そうですね…」
そうだ。確かに、彼の言う通りだ。
だいたい、自分で言ったのだ。
―ぼくが、あなたに夢中になるとでも…?と。
だから、何か望んでいた訳ではないのだけど…。
でも、何だろう、この何とも言えないような気持ちは。
不快でやり切れなくて、堪らない。
どうすれば…癒されるのだろう。
縋るように周りに視線を泳がせると、いつの間にか再びこちらに向けられているロックオンの双眸が見えた。
未だにアレルヤのベッドに寝転んで、申し訳程度に衣服を羽織った、彼。
何かを考える暇などなかった。
アレルヤは無意識のままに手を伸ばし、その白い無防備な首筋に触れた。
「アレルヤ…?」
そうして再び覆い被さるように身を寄せると、彼は訝しげな声を上げた。
その声色には、明らかに動揺の色が混じっている。
何をしている、止めろと、拒絶の言葉を吐こうとする唇を、アレルヤは指先でそっとなぞった。
「あなたがいけないんですよ…ロックオン」
「…アレルヤ?」
「あなたが、ぼくを…」
そこで、何を言おうとしたのか、自分でも解からない。
アレルヤは腰を浮かせて、ロックオンの上に馬乗りになり、動きを封じるように四肢を押さえつけた。
両の手首を片手で易々と掴んで、頭上に纏め上げる。
「アレルヤ!」
流石に驚いたのか、ロックオンが非難の声を上げる。
けれど、解放する気など少しもない。
力を緩める代わりに、アレルヤは静かに笑みを浮かべた。
「静かにして下さい。聞こえてしまいますよ、外に」
この状況に似つかわしくない、静かな口調は、かえって彼を怯えさせたようだった。
信じられないものでも見るように目を見開いて、不安に満ちた声を上げる。
「お前…何を・・・」
「何って…いつもしているでしょう?つい、さっきも…」
「…あ…っ」
片手で器用に下衣を引き擦り下ろし、片足の膝裏に手を回すと、ロックオンは短く息を飲んだ。
そのまま、ぐい、と押し上げると、先ほどまでアレルヤを受け入れていた部分が目下に晒される。
今更ながら羞恥を感じたのか、白い頬は朱に染まった。
続いて体重を乗せると、ハッとしたように身を捩る。
「よ、よせ、今日は…もうっ」
怯えたような声を無視して、ゆっくりと肌を撫でながら指を奥へと忍ばせる。
「アレルヤ!」
まだ僅かに行為の余韻が残る場所に指先が辿り着くと、ロックオンは引き攣った声を上げた。
「だ、駄目だ…よせ!」
逃げるように腰が浮き上がった瞬間に、ぐい、と奥まで捩じ込む。
「ん、ン…っ、あ…っ!」
びく、と下肢が引き攣り、彼の背中はベッドから浮き上がって仰け反った。
掴んだ両手首が、アレルヤの手の中でもがくように蠢く。
きつく押さえ込むと、手首は血の気を失って一層白く変わった。
「ロックオン…」
耳元でそっと名前を呼んで、再び内壁を広げるように指を動かす。
「ア、レルヤ…」
震える唇が自分の名前の形に動くのを見て、夢中で口付けを落とした。
「んっ、…ンぅ…」
舌を捩じ込んで、強く甘く何度も吸い上げると、やがて彼も応えるように舌を絡め、甘い声を上げ始めた。
扇情的なその様子に煽られるように、アレルヤは指を引き抜き、そしてもう一度彼の中を貫いた。
「すみません…ロックオン」
「…いや」
そのまま、無理を押して体を重ねた後。
謝罪の言葉を述べると、ロックオンはベッドに身を投げ出したままゆっくりと首を横に振った。
恐らく、起き上がる力が残っていないのだろう。
うっすらと浮き出た汗のせいで、額に纏わり付く彼の柔らかい髪の毛を、アレルヤは優しい手つきで掻き分けた。
ずっと繰り返していると、ロックオンが探るような目をこちらに向ける。
視線が合うと、アレルヤはふと口元を歪めて笑った。
「でももう、無理に付き合うことはない…」
「…?アレルヤ?」
唐突に告げると、彼は驚いたように顔を上げて、ベッドから身を起こした。
「あなたは優しいですからね。女性が好きなんでしょう、本当は。もういいんですよ、だから」
「お前…何を言って…」
「とにかく、今日はもう部屋に戻って下さい。疲れているのに、悪いですが…」
「アレルヤ…」
ロックオンはすぐには動こうとしなかった。
ただ、何だか困惑したような、考え込むような顔で、アレルヤの名前を呼んだ。
そして、少しの間の後。
「解かった、アレルヤ。お前がそう言うなら…」
それだけ言って、彼は素早く衣服を整えると、アレルヤの肩に軽く手を置いて、部屋を出て行った。
背中の方で扉の閉まる音を聞いて、アレルヤは溜息を漏らした。
これでいい。
これ以上続けていたら、きっと、もっと酷いことをしてしまう。
そんなことはしたくないと思っていても、今までみたいに細心の注意を払って抱くなんて、多分出来ない。
だから、これで良い。
そこまで思い巡らしたところで、アレルヤは不意に顔を上げた。
ああ、そうか。
さっき、彼に何を言おうとしたのか、解かった。
今更解かっても、もうどうしようもないけれど。
―あなたがいけないんですよ、ロックオン。
―あなたが、ぼくを本気にさせたから。
胸中に浮かび上がって来た台詞を反芻して、アレルヤはもう一度、今までで一番深い溜息を吐いた。