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何だったんだろう、さっきのは。
ロックオンと擦れ違った後、宛がわれた部屋に戻ったアレルヤはベッドの上に寝転んでそんな呟きを漏らした。
彼に思い切り払われた手は、もう痛みこそ残っていないものの、何だか妙な感じだった。
手を払われた瞬間、彼の動揺がありありと伝わって来た。
どうしたんだろう。何か、あったのか…。
かろうじて解かるのは、それだけだった。

ロックオンに触れなくなって、大分経つ。
無理矢理断ち切ったとは言え、あまりに扇情的だった彼との行為はすぐには忘れられるものではなくて、体に巣食った熱は時折強烈に込み上げてアレルヤを苦しめた。
それだけ、彼との関係に溺れていたんだと思う。

「アレルヤ……」

悩ましげな声が耳について、夜中に飛び起きたこともある。
瞼の裏に焼き付いたロックオンの首筋や、小さく上下する胸元や、卑猥に蠢く細い腰。
勝手に思い浮かんで来る光景に喉が渇いて、込み上げる疼きに堪らなくなって、アレルヤはそっと自身の下肢に手を伸ばした。
苦しげ寄せられた眉と、たまにこちらを見上げる双眸を思い浮かべるだけで、本当に彼を抱いているみたいな気分になった。
けれど、その後に込み上げる罪悪感と虚しさは耐え難いものだった。
もう一度、と望んでも、どうしようもない。
自分が追い掛けているのは虚しい残像だ。
二人の関係なんて、アレルヤが止めようと言えば、すぐにでも終わってしまうものだったのに。
彼に、本気になって欲しいと思ってしまったから。
それが出来ないなら、もう体だけ重ねても虚しいだけだ。

けれど、こちらの気持ちなんて知ってか知らずか、ロックオンは本当にいつも通りだった。
アレルヤはと言えば、動揺を押し隠すだけで精一杯だったのに。

「アレルヤ、お疲れさん」
「ええ、ありがとうございます」

他愛もない会話を交わすだけで、胸がどくどくと高鳴った。
擦れ違う瞬間にすら息が詰まってしまう自分は、もうきっと、以前と同じようになんて出来やしない。
アレルヤは極力、彼と二人になるのを避けるよう努力した。

でも本当に、さっきのロックオンは何だか可笑しかった。
急に、あの綺麗な色の目にじっと見詰められて、鼓動が変な音で鳴り出した。
何をそんなに、穴の開くほど見ているんだろう。
頬が熱くなってしまいそうで、アレルヤは居た堪れなくなった。

「どうか、したんですか?」

そう言って、アレルヤが触れた途端に、変化が起きたような気がする。

じゃあ、もう一度触れれば…何か解かるだろうか。
ベッドから勢い良く起き上がって、アレルヤは彼の帰りを待ち詫びた。

けれど、避けられているのか、自分が今まで避けていたからか解からないけれど。
中々二人きりになれる機会は巡って来なかった。



ようやくその機会が訪れたのは、それから暫く経ってからのことだった。

朝早く目が覚めて、アレルヤは自室を出た。
他のメンバーはまだ眠っているのか、部屋にいるのか。
静かな長い廊下を歩いていると、ロックオンの姿が目に入った。

「ロックオン!」

「…あ、アレルヤ…」

彼の反応は、幾分鈍かったように思う。
それに、何だかこちらの顔を見ようともしない。
手にしているのは、車のキーだ。
彼が歩いて来た方向を考えると、今から出掛ける訳でないことはすぐ解かった。

「こんな時間まで、どこへ行ってたんですか」
「どこでも、いいだろ…」
「ロックオン…?」

いつもなら、さぁな、とか柔らかい笑みを浮かべて適当にあしらうのに。
彼に何か後ろ暗いことがあるのだと、鈍いアレルヤでも解かった。
でも、一体何があったのか、それは見当もつかない。
それに、何だか酷く疲れたような顔をしている。

「ロックオン…!」

そのまま擦れ違って行ってしまおうとしていたロックオンの腕を、アレルヤは反射的に捕まえていた。
ぐっと力を込めた途端、あのときと同じように、彼はびくと体を揺らした。
緊張で強張る肢体の動きが、アレルヤの手にありありと伝わって来る。

「どうしたんですか?様子が可笑しいですよ」
「そんなことないだろ…離せ」
「でも……」

咄嗟に逃げようとする腕に更に力を込め、側に引き寄せた直後。

(あれ…?)

アレルヤはぴたりと動きを止め、片方の目を大きく見開いた。

「……?」

黙り込んで息を飲む自分に、ロックオンが不思議そうな目を向けているけれど、それに気付く余裕もない。
アレルヤの視界には、彼の白い首筋にくっきりと浮き出た赤い痕が鮮明に映し出されていた。

(何だ、これ…)

胸中で自問したけれど、答えは解かっている。
これは、誰かが付けた痕だ。
まさか、そんな……。

「おい、アレルヤ…?」

表情を強張らせた自分に、流石に不審に思ったのか、探るような声が上がった。
何も解かっていないような、無垢な声に、アレルヤは頭に血が昇るような気がした。

「どうしたんですか、これ…」
「……?」

気付いたら、彼の腕を捕まえていた指先が、小刻みに震え出していた。

「そこ、です。首のとこ…」
「え、……っ!!」

きょとんとしたように見開かれていた双眸が、次の瞬間驚愕に見開かれた。
その反応に、アレルヤはショック以上に怒りのようなものを覚えた。
頭では解かっているのに。
彼が誰と何をしようと、自分にはもう関係ない。
自分から止めようと言ったのだし、もしかしたら、以前からこんなことはあったのかも知れない。
髪の毛に毛糸の玉のような寝癖がついていたあのときだって、もしかしたら・・・。

「ロックオン、それ…どうしたんですか?」

自分でも、驚くほど低い声が出た。
途端、ロックオンの頬はみるみる赤く染まる。
羞恥なのか、焦りなのか、彼の目は動揺し、困惑に揺れた。
でも、それはほんの少しのことで。

「何でもいいだろ、いい加減離せ」

彼は強い口調でそう言うと、アレルヤの腕を力の限り振り払って、そのまま行ってしまった。
追い掛けることも、それ以上口を開くことも出来ず、アレルヤは呆然とその場に立ち尽くした。

どうやって部屋に戻って来たのかは、よく覚えていない。
気付くと、ベッドに腰を下ろしてぼんやりとしていた。

(ロックオン…)

今まで、一体誰といたんだろう。
女性が好きだって言ってたから、女の人、なんだろうか…。
そうだとしたら、何も言えない。
それが解かっていたから、関係を断ち切ったのだから。

でも、もし。
もし……男だったら?
さっきの彼の取り乱しようは、普通じゃなかった。
まさか、本当に…?
想像した途端、冷たいものが背筋を走り抜けた。

―なぁ、いいのか。

「ハレルヤ!」

不意に、頭の中でハレルヤが囁く。
暗くて低い、悪意に満ちたような声に、アレルヤは無意識に目を逸した。
だからと言って、もう一人の自分から逃れられるはずがない。

―いいのかよ、アレルヤ。

「何がだい、ハレルヤ」

―とぼけるなよ、あいつだよ。

「ロックオン…」

―お前を裏切ったあいつを、許すのか。

「違う、裏切った訳じゃない。ぼくらはそんな関係じゃない」

気持ちを確かめ合ったことなんてないし、いつだって、彼の考えていることは解からなかった。
ただ、受け入れてくれる優しさに甘えていただけだ。
緩く首を打ち振るアレルヤに、尚もハレルヤの声は続いた。

―じゃあお前は平気なのか。ついこの前までお前の下で喘いでたあいつが、他のヤツにむざむざ身体を差し出して、浅ましく腰を振ってやがるのを想像して…それでも平気でいれるのか…?

「止めろ、ハレルヤ!ロックオンはそんなこと…」

―俺は……。

「……?」

耳を覆いたくなるような言葉の後、腹の底から絞りだすような暗い声に、ハッとする。

―俺は許さないぜ。

「ハレルヤ…?」

いつものように、喚くでもなく叫ぶでもなく、静かに告げられる自らの分身の言葉に、アレルヤは息を飲んだ。

―あいつを組み敷いて、お綺麗なあの顔を目茶苦茶に踏み躙って、泣き叫ばせてやれよ。

「ハレルヤ……」

悪魔の囁きに似た声に耳を傾けたまま、アレルヤは呆然と呟いた。
どく、どく、と少しずつ鼓動が早くなる。
それ以上、ハレルヤは何も言わなかった。
でも、まるで今すぐにでも行けと命じられたように。
アレルヤはよろよろと立ち上がり、おぼつかない足を引き摺って歩き出した。