6




逃げ込むように部屋に戻って、ロックオンは慌しく鍵を閉めた。
どうして、ああも彼は間が悪いんだろう。いや、それは自分も同じだ。交わした会話を思い返すと、舌打ちの一つでもしたい気分になる。もっと、何とでも言えただろうに。
取り敢えずシャワーでも浴びようと、服を脱いでベッドの上に放る。

『ロックオン、それ…どうしたんですか?』

バスルームに入ると、先ほどのアレルヤの台詞が過ぎって、大きく溜息を吐いた。鏡をじっくり見る暇なんかなかったから、気が付かなかった。
確認する為に、設置されている大きな鏡に向かって、長めの髪の毛を掻き分けてみる。アレルヤの言う通り、白い首筋にはくっきりと赤い痕が残っていた。
油断した。そして動揺していた。そうとしか言いようがない。それなのに、そのことを当の彼に気付かれるなんて。

(アレルヤ…)

驚いた顔をしていた。いや、何だか怒っていたようにも見える。
熱い湯を浴びながら瞼を閉じると、アレルヤの顔がありありと浮かび上がって来た。

(軽蔑、したのか)

止めようと言われて、女性が好きだなんて言いながら…。いや、でも…あれは。

そこまで思い巡らしたところで、不意に水音に混じってドンドンと扉を叩く音が聞こえた。
急なミッションでも入ったのだろうか。暫くは非番だなんて言っていたけれど、状況はいつでも変わる。こちらの都合なんてお構いなしだ。
ロックオンは性急にシャワーのコックを閉めてバスルームから出ると、タオルで体を包んだ。

「誰だ」
「ぼく、です。ロックオン」
「…!アレルヤ!」

思わず、どき、と心臓の音が跳ね上がった。
アレルヤが、どうして。
疑問の答えを得る為、続く言葉を待って息を詰めると、静かな声が聞こえた。

「ちょっと、話したいことがあるんです。時間、取れませんか」

何を言われるのだろう。ロックオンの胸は不穏に揺れた。あんな痕なんかつけていたことを、彼はどう思ったのだろう。責められるのだろうか。今彼の口からそんなことを言われたら、普通ではいれそうもない。さっきだって、アレルヤの顔をまともに見れなかった。抱かれたいだなんて自覚してしまって、どうしたら良いのだろう。

「…悪い、疲れてるんだ。後に出来ないか」

迷った末に断ったけれど、彼は引き下がらなかった。

「どうしても話がしたいんです。駄目ですか」

アレルヤにしては、強い口調。何だかただならぬ意志を感じて、結局ロックオンは折れた。

「ちょっと待ってろ」

脱いだばかりの服を慌ただしく着て、戸惑いがちに扉を開けると、アレルヤを中へ迎え入れる。

「コーヒーでも飲むか。インスタントしかないが…」

何となく間が持たない気がして、ロックオンは濡れた髪をタオルで拭きながら笑顔を浮かべた。

「ええ、すみません」

返って来た穏やかな声に少しホッとしつつ、カップにコーヒーの粉を入れて、湯を注ぐ。手に取って彼の方へと差し出すと、ふとアレルヤが表情を変えないまま口を開いた。

「シャワー、浴びていたんですか」
「え、ああ…さっぱり、したくて」
「誰かの、痕を流す為…?」
「アレルヤ!」

冷や水を浴びせるような台詞にどきりとして、声を荒げた瞬間、凄い勢いで手首を掴まれた。手にしていたカップが勢いよく床に落ちて砕ける。熱いコーヒーはカップからしたたかに零れ落ちて、殆どが向かいにいたアレルヤに掛かった。

「アレルヤ…!」

驚いて声を上げたけれど、彼からは反応がない。

「お前、手ぇ離せ!冷やさないと、火傷する!」

手首を振り解こうとしても、強い力に阻まれてびくともしない。彼は、まるで熱さなんて微塵も感じていないように、相変わらず無表情のままこちらを見詰めていた。落ち着いていると言うよりは、凍り付いたようなその表情に、ロックオンは背筋が寒くなるのを感じた。

「アレ、ルヤ…?」

自分の唇から出た声は思った以上に酷く狼狽していた。
当然かもしれない。こんなアレルヤは、見たことがない。

そうして、暫くの間の後。

「今日会っていたのって、誰なんですか?」

静かに上がった声に、再び息を飲む。

「そんな痕までつけるなんて、余程親密だとか?」
「お前、何言って…」

目を見開いた途端、急に手首を離したアレルヤの手が、今度は肩を強く押した。
ドン、と言う衝撃と共に、体が壁に押し付けられる。

「う…ッ!」

何が起きたのか確認するよりも早く、背中に衝撃が走って、固い壁の感触がした。
直後、覆い被さるように寄せられた肢体に、ロックオンの喉はごくりと上下した。

「な、何だよ、急に…」
「抱かれてたんですか?ぼくにされるのと、同じように」
「…!!アレルヤ!」

頬がカッと高潮するのが自分でも解かった。あまりに不躾な、彼の言葉。
どうしたと言うのだろう。止めようと言ったのは、他でもない、彼ではないか。
それなのに、この態度。これでは、まるで。

(まるで、嫉妬…だ)

自身で考えた事態に、ロックオンは頭の奥が熱くなった。
嫉妬だって?どうして、アレルヤが。
そう思ったけれど、すぐに頭を打ち振る。
そんなはずない。それなら、止めようなんて言う必要はない。
誰かの所有の証のようなものを見つけて、不本意な形で欲求が煽られてしまっただけだ。

「アレルヤ、落ち着け!お前、何を興奮してる」
「解からない。でも…何だか堪らないんですよ」
「な、何が…」
「あなたが、他の誰かに足を開いて、あんな風に、声を上げてなんて――そんなこと…!」
「あ…っ!」

直後、体が浮き上がって、ロックオンは側にあったベッドに放り出された。即座に上に圧し掛かる温かさと重さに、一瞬身が竦む。

「アレルヤ…」

見開いた目に、こちらにゆっくりと顔を寄せるアレルヤの姿が映る。
そうして、首筋に生温い感触がした。アレルヤの唇が、赤い痕が付いていた場所に触れている。
悟ると同時に、背筋にぞくりと痺れが走り抜けた。きつく押し付けられた唇と、こちらの自由を奪う強い手から、彼の興奮と熱がありありと伝わって来る。
続いて、衣服を緩めようとベルトに伸びた手を、ロックオンは咄嗟に捕まえた。

「アレルヤ、よせ!」

引き剥がそうと力を込め、拒絶の言葉を吐いた途端、今度は顎が掴まれ、ぐい、と持ち上げられる。
目を見開いた直後。ガツ、と歯が当たって、口元に鋭い痛みが走った。

「……っ!!んっ、ン……っ!」

痛いほど押し付けられたアレルヤの唇に、言葉も呼吸も奪われて、ただ息を飲む。
乱暴な仕草に、どちらかの唇が切れてしまったのか、深いキスからは錆びた鉄のような味がした。

「んっ、よせ、アレルヤ!」

首を振って逃れようとすると、更に強く掴まれる。ぐぐ、と指先に力が込められ、無理矢理開かされた唇の間から、彼の舌が潜り込んで来た。アレルヤの熱い舌が、抗議の言葉も何もかも飲み込んで、血の味がする口内を貪欲に貪る。

「んぅ、ん…っ!」

このままでは、まずい。彼にもう一度触れられたいと思いはしたけれど、それはこんな形ではない。
ロックオンは手足を必死に動かして、アレルヤの下から這い出そうと努めた。

「待て!待てって!」
「どうして…他の人には許すのに」

けれど、それは逆効果だったのか、彼はますます強い力でロックオンを押さえ込んだ。

「アレルヤ!違うんだって、話を…」

抗議する間もなく、衣服が乱暴に緩められる。

「うッ、…あ!」

直後、抵抗を無視して侵入して来た指先に、ロックオンは息を飲んだ。

「止めろ、お前…!まさか、このまま…」

慌てる声を無視して、荒っぽい動きで慣らされ行く体に、痛みと共に焦りが浮かぶ。

それでも、幾度もこうして重ねた行為のせいで、体は意志とは関係なく反応してしまう。
それに、触れているのは他の誰でもない、アレルヤだ。
そう思うだけでぼんやりと霞む意識が、次の瞬間には無茶苦茶に与えられる痛みの為、現実へと引き戻される。
ひたすら上がる声を堪えるのが精一杯で、ロックオンは両手でシーツをきつく掴んだ。

「ロックオン…」
「…ぁ…」

散々好き勝手をした指が出て行き、代わりに後孔に宛がわれた感触に、びくりと四肢を引き攣らせた直後。

「う、あぁ……っ!!」

少しの躊躇もなく貫かれ、短い悲鳴が室内に上がった。