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必死に抵抗を見せていた彼は、何度か下肢を突き上げると、やがて諦めたようにアレルヤの腕の中で大人しくなった。
無理矢理合わせた唇は切れて、口内に込み上げる血の味が、とても不快で堪らない。それなのに、何故か気分は酷く高揚している。
静かに込み上げる怒りのせいでこうなっているのか、久し振りに彼に触れたせいなのか、それは解からない。
でも、目下に晒された白い肌を、アレルヤは夢中で掻き抱いた。
彼は必死で何かを伝えようと訴えを上げていたけれど、殆ど耳には届かなかった。誰かが、今自分がこうしているように彼に触れたと思うと、押さえが利かなくなってしまった。
それに。強引に突き進んだときには、上がった声は確かに苦痛を訴え掠れていたけれど。今、彼の唇から漏れるものには、明らかに艶が混じっている。
何度も何度も抱いたせいで、彼の感じる場所も、どこをどうすれば快楽に酔ってくれるかも、解かっている。

「あ…、は…ぁ、あ」

甘く上がる声は、アレルヤの胸の中を滅茶苦茶に引っ掻き回した。

「いやらしい人だ」

背後から犯している形で、無防備な背中に手の平をゆっくりと滑らせる。

「んっ、んぅ、…く!」

ぐっと短い爪を皮膚に立てると、彼はびくりと身を揺らした。

「ぼくのこと、好きでもないのに、こんな…」
「ア、レルヤ…っ!」

揶揄の言葉に、肩越しに振り返った彼の双眸がきつくアレルヤを睨み付ける。熱を帯びた濡れた目。見詰められると、背筋に痺れが走る。

「ああ、……あッ!」

けれど、アレルヤが動きを早めると、やがてはその焦点すら合わなくなって、されるがままに律動を受け入れた。

「はぁ……、は」
「ロックオン…」

一度動きを止め、顎を捕らえて無理な体勢で唇を重ねても、彼は大人しくそれを受け入れた。

「んっ、…ぅ、く」

小さく漏れる声にどうしようもなくなって動きを再開させる。
何度も何度も繰り返したところで、ふと、抵抗を忘れたようにベッドに投げ出された四肢が目に入った。
苦痛に耐えるようにきつく閉じられた目に、震える指先。

(ロックオン…)

ああ、どうしてこんなことを、しているんだろう。
沸き上がる疑問に、目の前が霞んでぼやける。
アレルヤが彼の中で限界を迎え、行為が終焉を迎えるまで、苦々しい後悔が込み上げて止まらなかった。



「気が済んだか、アレルヤ……」

自分の腕から解放された途端、上がったのは静かな声だった。
今更ながらびくりと肩を揺らして、彼に視線を向ける。

「ロックオン…」

恐る恐る名前を呼ぶと、彼は茶色の髪の毛を掻き上げながら、大きく溜息を吐いた。

「全く、…無茶してくれるよ、お前は…」
「……」

てっきり、なじられたり怒られたりするものだと思っていたのに。
いつもと変わらない彼の態度に、アレルヤは酷く戸惑い、困惑した。

「ロックオン…ぼくを、怒らないんですか」
「無茶したことは、いくら文句言っても言い足りねえ……。だが…その前に、話がある」

彼の言葉に、どき、と鼓動が揺れる。
ここまでしておいて、何を言われても自分には反論出来ない。もう、二度と触るなとか、そんなことを言われても、可笑しくない。
けれど、気だるそうな仕草で身を起こしたロックオンは、アレルヤの頬を軽く指先で弾いてみせた。

「そんな顔するな。いいか、よく聞けよ」
「……?」
「さっきも言ったが、…その…違うんだよ」
「……え?」

(何……が?)

本当に解からなくて、何だか気の抜けたような声が出た。

「だから、さ。お前…これのことで、怒ってるんだろ」

言いながら、彼が指差したのは、あの首筋に赤く付いた痕だった。
ぎこちなく頷くと、ロックオンは何度目になるか解からない、深い溜息を吐いた。

「それで、俺が誰かと寝たと思ったんだろ」
「すみません……。ぼくに、そんな資格がないのは解かっています。でも……」

項垂れて言い掛けた言葉が、彼の声で遮られる。

「だから、誤解なんだよ。誰とも、してねぇんだ」
「え……?」

(何……?)

どう言う、ことだ。
片方の目を大きく見開いて、アレルヤは彼を見詰めた。
していない?じゃあ、何で……。

「しようと、思った。でも、出来なかったんだよ」
「でも、その痕は」
「これは、だから…その、キスはしたんだ。したって言うか、無理矢理されたって言うか……でも、それだけで逃げた」

気まずそうに首筋を手の平でなぞると、ロックオンは少し不貞腐れたような顔になってしまった。
でも、そんなことには構っていられない。

「出来なかったって、何で……」

追求すると、彼はふい、と顔を逸らしてしまった。
怒っていると言うよりは、まるで、照れ隠しでもしているような。

「仕方ないだろ。お前の顔、思い出しちまったんだから」
「ぼくの、顔……?」
「だから、そう言おうとしたのに、お前ときたら…聞きやしねえ…」
「……ロックオン」
「でも、俺が、悪いんだよな。お前にそうさせたのは、俺だ……」
「そんなこと……!」

ようやく我に返って、アレルヤは慌てたように謝罪の声を上げた。

「すみません。こんなことして…謝っても、許して貰えるのか……」
「許すも何も、今までだってしてきただろ」
「でも…!」
「それに…謝る前に、言う事があるだろ」

言いながら、ロックオンは徐に手を伸ばして、アレルヤの頬に触れた。

「……っ」

びくりと怯えたように反応するのを、あやすように優しく撫でる。

「お前はさ、何でこんなことしようと思った?最初に、俺とこうなったのは、何でだ…?」

深い翠の双眸に捉えられ、アレルヤは息を飲んだ。
ずっと、胸の内に燻って伝えることの出来なかった言葉を、彼が引き出そうとしている。
言ったら、そこで全て終わりになってしまうと思った。だから言えなかったのだけど…もう、隠しておくことは出来そうもなかった。何より、今伝えなければ、二度と言えないような気がする。

「なぁ、アレルヤ。教えてくれよ」

催促の言葉に、ごく、と一度喉を鳴らして、アレルヤはゆっくりと口を開いた。

「あなたが、好きだから」
「…本気にならないって、言ったのにか」
「あれは、あのときは体さえ重ねられれば良かったからです。それだけで満足だった。でも…あなたにも、本気になって欲しいと思うようになって…」

だから、辛くなって離れた。 それなのに、嫉妬に駆られて、犯した行動はこれだ。矛盾だらけで、どうしようもない。
なのに、ロックオンは何だか満足したように優しく笑った。

「そっか…。それなら、いいんだ」
「いいって、何が…」
「だからさ。俺も、その…」
「……?」
「…俺も、お前が好きだってことだよ」

ぽつりとか細い、消えそうな声。
けれど、それはしっかりとアレルヤの耳元に届いて、ゆっくりと息を吸い込む。

「そう……だったんですか……」

まだ信じられないと言ったように、呆然と呟くと、ロックオンは不意にアレルヤの腕を掴んで、ぐい、と引き寄せた。

「ロックオン?!」

驚いて名前を呼ぶアレルヤの耳元に、彼は唇を寄せて、そして小さく囁いた。

「アレルヤ」

どく、と鼓動が跳ね上がり、胸の中が熱くなる。

「俺も、お前が好きだよ」
「ロックオン…」

そうして更に告げられた言葉に、今まで胸の中に溢れていた苦い痛みも思いも急に和らいで行くのを感じた。
何だかいても立ってもいられなくなり、アレルヤは腕を上げ、間近にある体をきつく抱き返した。
ずっと、自分が彼を思うように、ロックオンにもそう思って欲しかった。
本当に、こうなることをどれだけ望んでいただろう。

「すごい……」
「ん……?」
「夢でも、見てるみたいだ…」

独り言のように呟くと、彼は肩を揺らして笑った。

「寝惚けたこと…言ってんなよ」

顔を上げると、ロックオンと視線が合った。
真っ直ぐにこちらに向けられる、優しい視線。
本当に、夢境にでも紛れ込んだようだと思いながら、誘われるように唇を寄せた。

(ロックオン…)

まだ少しだけ血の味がするけれど、先ほどとは違う。
優しく触れて吸い付くと、それだけで頭の奥が強烈に痺れた。

―本当に、夢みたいだ。

そのまま目を閉じて、ずっと柔らかい唇を味わいながら。
霞が掛かって行く頭の中で、アレルヤはぼんやりとそう思った。