二期。12話の戦闘後。

SS




戦闘が一息付いて、出撃していた機体はトレミーに戻って来た。
ミレイナが整備を担当しに行き、フェルトは一心にデータの処理をしていた。
そんな中、ふと手を止めて、先ほど走り抜けた恐怖に身震いする。
ケルディムが―。
危うくアロウズに撃墜されているところだった。ハッとして、咄嗟に悲鳴のような声を上げていた。
でも、刹那のダブルオーライザーが来てくれて、何事もなかったから、大丈夫だ。
そう思ってホッと吐息を吐き、再び作業に戻ろうとしたのに。何故か指先が震えて、キーが上手く打てない。呼吸も上がっていて、額には薄っすらと汗が浮かんでいる。
ややして、フェルトの手が止まっていることに気付いたスメラギが、こちらを振り向いて眉根を寄せた。

「どうしたの、フェルト」
「い、いえ…、何でも…」
「顔色、真っ青ですよ」

スメラギの言葉に振り向いたアニューも、心配そうに言葉を掛ける。

「ちょっと休憩して来ていいわよ」
「いえ、大丈夫です」

皆に迷惑を掛ける訳にいかない。ミレイナだって、頑張っているんだから。
慌てて首を振ると、スメラギは優しそうな笑みを浮かべた。

「実は、丁度お酒がなくなっちゃったのよね。だから、ちょっと持って来てくれない?」
「スメラギさん…」

そんなことを言っているけれど、自分への気遣いの気持ちが籠もっているのが解かって、フェルトも笑みを浮かべた。

「すぐ、戻ります」
「解かったわ。アニュー、あなたは医務室にイアンさんの様子をみに行ってあげて」
「了解です」

アニューへの指示を出したスメラギを一度振り返って、フェルトはブリッジを飛び出した。
気持ちがやたらと逸っていた。
ちょっとだけ、ちょっとだけでいい。あの人の無事を、ちゃんとこの目で確かめたい。

ブリッジを出て暫く通路を進んでいると、懐かしいような複雑な思いが胸の中に浮かび上がって来た。
あの通路の向こうに、いつも彼はいた。
パイロットスーツを寛げて、メットとハロを器用に抱えて、フェルトに気付くといつも笑ってくれた。
どんなに疲れていても、気遣って優しくしてくれた。
その優しさも笑顔も、自分にだけ向けられていたものではない。でも、あの手があるだけでいつも心強かった。

角を曲がると、見慣れた後姿が目に入った。
少し長めの茶色の髪の毛。側にはハロがいる。どこも、変わっていない。

「ロックオン」
「フェルトか、お疲れさん」
「ロックオン、良かった」
「心配すんな、俺は大丈夫だ」

そう言って、優しく頭を撫でてくれた人。
どくどくと心臓が高鳴りだして、息苦しさを覚える。
声を掛けようとしたのに、何故か何も言えなくなって、フェルトは咄嗟に身を隠してしまった。
あの頃と同じ。自分は、何も変わってないのかも知れない。ここにいるのは、もう彼ではないのに。
けれど、ロックオンの側にいたハロは、少しだけ覗いたフェルトの姿を捉えていたのか、ぴょんぴょんと跳ねながらこちらに向かって来た。

「フェルト!フェルト!」
「……!!」
「ん?」

思わずぎくりとして身を強張らせる。
けれど、ハロは止まらない。

「フェルト、ドウシタ。フェルト、ドウシタ」

そんなことを言いながら、角を曲がってフェルトの足元までやって来た。

「ハ、ハロ……」
「どうした、ハロ!」

当然、ロックオンはハロを追い掛けてこちらに来る。
そうして、曲がり角のところで小さくなっているフェルトに気付くと、少し驚いたように目を見開いた。
けれど、それは一瞬のことで、僅かに見せた動揺はすぐに笑顔に消されてしまった。

「どうした、ハロに用か」
「う、ううん……」

ゆっくりと首を横に振って、フェルトはそのまま俯いてしまった。

―良かった、無事で。

そう口にしたかったのに、それ以上何も言えない。何だか、怖い。
彼があの人とは違うと解かっているから、同じ反応なんて返って来ないと解かっているから、何て言っていいのか解からない。
言葉が出ない。もう、このまま、ここから立ち去ってしまいたい。
居た堪れなくなって思わず胸を押さえると、ロックオンが優しい声を上げた。

「フェルト」
「……!」

どき、と鼓動が鳴るのと同時に、ハッとしたように顔を上げると、すぐ側で彼の目が自分を見詰めていた。
思わず、びく、と身を強張らせて、目を見開く。
彼は、いつかそうやってフェルトに触れたときのように、優しいけれど、胸の中をざわざわさせる、そんな笑みを浮かべていた。

「俺は兄さんじゃないよ、フェルト」
「……!」
「悪いな、そう言うことだ」

ロックオンはそれだけ言って、すっとフェルトから離れた。
笑っているのに、そうは見えない。優しい物言いなのに、何故かフェルトは傷付いている。

「そんなに警戒しなくても、何もしないよ」

二度もぶたれるのはごめんだからと、そんな軽口を叩く声に、ずき、と胸が痛んだ。
でも、そうじゃない。そうじゃないのに。
ブリッジを飛び出してしまったのは、危うく撃たれそうになっていた彼の機体に悲鳴を上げたのは、それだけじゃない。

「うん、解かってる……」

以前も口にした言葉を、フェルトは再び発した。
声に反応して、ロックオンが振り向く。
今度はしっかりと顔を上げて、フェルトはぎゅっと拳を握り締めた。

「でも、心配だったから。あなたが」

あなたが、ライルが。

そう言うと、ロックオンは意表を突かれたように目を見開いて、それからふっと表情を柔らかくした。

「ありがとな、フェルト」

そう言って側に寄ると、ポンと頭に軽く手を置いて、ロックオンは今度こそ背を向けて行ってしまった。

確かに、彼とあの人は違うかも知れない。
でも、今触れた彼の手だって、とても優しくて温かくて、もう一度触れて欲しいと思わせるものだった。




01.11