真夜中
まぁ、別に…来なければ来なくてもいいんだ。
約束の時間から大幅に遅れている相手を思って、ロックオンは胸中でそんな呟きを漏らした。
いや、寧ろ来るはずがない。
誘ったときの彼の、あの驚いた顔。
鳩が豆鉄砲を食らったような、と言う言葉がこれほど当て嵌まる顔はないと、場違いにも思ってしまったほどだ。
(二十歳か…)
そう聞いて、ちょっとネジが緩んだか。
柔らかい髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き上げて、ロックオンは溜息を吐いた。
驚いた顔が可愛かっただなんて、暢気に思い巡らしている場合じゃない。
明日、何事もなかったように接する練習でもしておかないと。
ただでさえあまり協調性のないマイスターたちが、これ以上分散することは、あってはいけない。
なのに、種を蒔いたのは自分だ。何をやってるんだか。
ネジが緩んだどころじゃない。箍が外れてしまったんだろう。
(アレルヤ…)
名前を呼ぶ声には、単に仲間に対して抱く感情以上のものが込められていた。
たまに、アレルヤの手に触れられる感覚を思い描いて、ごく、と喉が鳴った。
一瞬、その彼の手で滅茶苦茶にされてしまいたいと言う衝動が込み上げて、幾度も頭を打ち振った。
優しいアレルヤ。
そんな彼にこんなことを望むのは、酷だ。
だから、耐えてきたつもりなのに。
「二十歳になったんですよ、だからもう酒だって飲めます」
「へぇ、お前がねぇ…」
そう言った彼は、何だかほんの少しだけ浮かれているように見えた。
そこで、魔が差した…とでも言うのだろうか。
気が付いたら、揶揄するような言葉が勝手に口を突いて出た。
「酒だけじゃ、そんなに胸張れないぜ、アレルヤ。俺が、教えてやろうか?」
「どう言うことですか…」
「どうもこうも…」
それ位、言わなくても解かるようにならないと…。
挑発するように囁くと、ロックオンは徐に人指し指を伸ばして、アレルヤの胸元に触れた。
そして、逞しい胸筋の浮き出た場所を、上から下へゆっくりと撫でる。
アレルヤの表情が強張り、彼がびく、と身を固くするのが解かった。
嵌めている手袋と彼の衣服の下、脈打つように蠢く肌の手触り。
それをじっくりと確かめ、反応を引き出すようになぞる。
ただ触れているだけではない。
そう言う意志を持って触れるのがどう言うことなのか、身を持って知ったように。
アレルヤは、スローモーションのように動くロックオンの指先を見詰めたまま、他のもの何て目に入らないように魅入っていた。
緊張に耐え切れず、短く吐き出されたアレルヤの息に、ロックオンは鼓動が上がるのを感じた。
「ロック、オン…」
やがて、彼は取り繕うことも上手くあしらうことも忘れたように、ただ呆然とロックオンの名前を呼んだ。
どうして良いのか解からない、まるで一人取り残された子供みたいに。
その声に、罪悪感がサッと過ぎったけれど、敢えてそのまま続けた。
「その気があるなら、今夜部屋に来いよ。夜中までなら、待ってる」
「……っ」
「じゃあな」
最後は明るくそう言って、指先でトン、と胸元を押した。
そして、言葉もなく立ち尽くしたままのアレルヤを残して、ロックオンは部屋に戻った。
冗談だと取っただろうか。
いや、あの驚き方…。
本気だってことくらい、解かったはずだ。
落ち着かない気分でベッドに寝転んだり起き上がったりして、長い時間が過ぎたけれど、いつまで経っても来訪者はなかった。
時計は、もうすぐ夜中の1時を指し示しそうだ。
(やっぱり、来ないか…)
まぁ、そりゃそうだ。もう、タイムリミットだ。
そう思って諦めた途端、凄いタイミングで呼び出しの音が鳴った。
(アレルヤ…?!)
まさか。
逸る気持ちを押さえながら、慌てて立ち上がって扉を開ける。
ロックオンの目の前に、何だか怒ったような顔のアレルヤが姿を見せた。
「アレ…」
アレルヤ。
そう呼ぶ前に、唇が彼のもので塞がれて、ロックオンは息を飲んだ。
体が部屋の中へと押し込まれ、扉が閉まる。
アレルヤの腕が、いつか思い描いたよりも強く、ロックオンの体を抱く。
息を吐く間もない激しいキスに、酸素が足りなくなって眩暈が起こる。
そのまま、何度も何度も深くそれを繰り返すと、アレルヤはようやく顔を離した。
「アレ、ルヤ…」
「何を驚いているんです」
「…え」
「あなたが、来いって言ったんだ…」
掠れたようなアレルヤの声。
彼も、相当気が昂ぶっているのが解かる。
「煽った責任は、取って下さい」
体が浮き上がり、ベッドへと投げ出される。
上にアレルヤの体温が圧し掛かり、鼓動が破裂しそうに高まった。
「…了解だ、アレルヤ」
やっとのことでそれだけ返すと、ロックオンは彼の首筋に唇を寄せた。