ハレルヤとアレルヤが双子です。
アレロク+ハレロク。
※アレ×ハレも。パラレル。
突発性運命1
広い門を潜ると、ロックオン・ストラトスは中庭を抜けて玄関先へと向かった。
目の前にあるのは、端から端まで見渡すのが困難なほど、広い豪邸。今日からここが自分の働く場所であり、生活する場にもなる。
一度立ち止まって、古めかしい外観の洋館を見上げた。この辺りで知らない者はいない、資産家の家。ただし、主人も家の者たちも変わり者だと言う以外は殆ど情報がない。
大きく深呼吸すると、ロックオンは荷物を肩に背負い直して歩き始めた。
「よろしくお願いします」
出迎えた執事に案内されて、対面した主人に、ロックオンは深く頭を下げた。変わり者と聞いていたけれど、少し頑固で取っ付き難そうに見える以外は普通だ。
悪くない。第一印象はそれだった。そもそも、噂なんて一人歩きするもので当てにならない。いや、それとも、これから色々と思い知らされるのだろうか。身構える自分に、主人は息子二人の話し相手になって欲しいとだけ言った。
この家に子供が二人いるらしいことも、噂で聞いていた。でも、殆ど学校へも通わず財産を糧に好き勝手しているらしい。主人は、その息子たちに友人のように接して欲しいと言った。だから、敬語も使わなくていいと。どうも、自分の言うことを全く聞かない彼らに手を焼いているらしい。差し詰めロックオンは使用人と言うより、彼らの教育係りと言ったところか。
「俺に出来ることは、何でもさせて頂きますよ」
内心を押し隠して愛想良く返答すると、主人は満足そうに頷いた。
その後、使用人に自分の部屋へと案内された。連れて行かれた部屋は、一人で生活するには広過ぎるものだった。家具も何から何まで揃ってる。浴室まである。ホテルか何かじゃあるまいし。でも、パッと見どこかの豪勢なホテルと見紛うほど、立派な洋館だ。壁も床も妙に古めかしくて、廊下も部屋もどこか薄暗い。どっしりとした家具に、茶褐色の照明。乳白色の蛍光灯に全部摩り替えたいくらいだ。重々しく古めかしい空気が、胸の内を不安にする。
だいたいこれが、たかが使用人に宛がう部屋か?
変わり者、か。上手くやっていけるのか。いや、行くしかない。
(待ってろよ、エイミー、ライル……)
ロックオン、と言うのは仮の名前だ。本当は、ニールと言うけれど、正しい名前を名乗る必要はない。どうしても大金が必要で、工面しようと走り回っているとき、偶然この屋敷で住み込みの使用人を募集していることを知った。提示されていた給料は、他のどんな仕事より割り高で、ロックオンはすぐさま面接に行った。弟も妹も怪しいからと反対したが、聞く耳を持たなかったのは、ロックオンだ。金が必要なのだ。他に希望する者は沢山いたのに、あの主人が何をどうして自分を雇う気になったのかは不明だが。やることを果たすのみだ。
食事の前にシャワーでも浴びて埃を落としてくれと言い、使用人は立ち去った。
(何だかなぁ)
既にやたらと肩が凝ってる。確かに、外を長々歩いて来て埃っぽいかも知れないが。何と言うか、気取った連中に違いない。でも、仕方ない。
それにしても、すぐに仕事を割り当てて貰える訳ではないのか。まぁ、自分は指示がないと何も出来ない。
大きく溜息を吐き出すと、ロックオンは浴室へと向かった。
大きな鏡のある脱衣所への扉を開け、ネクタイを緩めて無造作に引き抜きくと、シャツを脱いで放る。
浴室に足を踏み入れると、シャワーのコックを捻って、ロックオンは湯を浴びた。
使用人の先ほどの口ぶりからして、ゆっくり浴槽に浸かっている暇はないだろう。ざっと体を洗うと、ロックオンはすぐに湯を止めて浴室から出た。
肌触りの良いタオルで身を包んだ、そのとき。突然、バン!と音がして勢い良く扉が開いた。
「……?!」
続いて入って来た人影に、驚いて顔を上げる。
視界に飛び込んで来たのは、まだ若い男だった。自分と同じくらいの背丈。濃い色の髪の毛に、鮮やかな金色の目。片方の目は長めの髪に覆われている。
「だ、誰だ?!」
声を荒げるロックオンにお構いなく、彼は足を進めてすぐ側まで距離を縮めた。
「へぇ、お前がロックオンか」
「お、お前は……?」
「お前なんて言うなよ、釣れねぇな」
ぐっと、強い力で顎を掴まれる。見開いた碧眼に、粗暴な笑みを貼り付けた男の顔が映った。やたらと整っているのに、どこか狂気に歪んでいるような。
息を飲んだそのとき、ぐい、と顔が寄せられて、口元に柔らかい感触がした。
「ん、ぅ!?」
強く押し付けられた彼の唇に、一瞬息が止まる。大きく見開いたロックオンの双眸には、切れ長の金色の瞳がぼやけるほど近くに映し出された。あまりのことに抵抗するのを忘れたロックオンの唇を、彼は吸い付くようにして貪り、舌を差し入れて口内を舐め回す。
呆然と立ち尽くしたままでいると、暫くして、唇に鋭い痛みが走った。
「……痛ッ?!」
噛み付かれたのだと悟る前に、反射的に手を上げて目の前の男を付き飛ばす。勢い余って、男は脱衣所の壁にドン、と背をついた。
「な、何を……!」
「何だよ、いてぇな」
ぐい、と唇を拭って声を荒げると、彼は濡れた唇を歪めて笑った。
「味見だよ、食前のな」
「な……に……」
「お前が悪いんだぜ。鍵も掛けてなかったお前が。じゃーな、後でまた」
「……」
ふざけたような言葉を残して、彼は行ってしまった。
呆然と立ち尽くしたまま、もう一度唇をごしごしと拭う。
(何てヤツだ)
今のがまさか、息子の一人だろうか。見るからに問題児だ。せめてもう一人はまともであることを願う。でも、それは難しそうだ。
手早く衣服を着て身なりを整えると、ロックオンはソファに身を投げ出した。
やがて、迎えのものが来て、食事の時間だと告げられた。と言うか、部屋へ案内されたときから思っていたが、使用人がヤケに余所余所しいのは何故だ。主人から、何と聞かされているのだろう。どうしても気になって尋ねると、大事な客人と聞いている、と言われた。
(客人て……俺は働きに来たんだぞ……)
金は、ちゃんと貰えるのだろうか。言い辛いことだが、いずれは聞かないと。重い足取りのままダイニングルームに入ると、豪華なテーブルの上にこれでもかと言うほど料理が乗っていた。想像はしていたけれど、これは…凄い。と言うか、手伝いをするために呼ばれた訳ではないのか。ここへどうぞ、と当たり前のように席へ案内され、ロックオンはたじろいだ。
「でも、俺は……何か仕事を……」
「その必要はありませんよ」
「……?!」
焦って上げた声に、物静かな声が重なった。まだ若い、男の声。驚いてそちらに視線を向け、ロックオンは目を見開いた。
使用人が一斉に頭を下げる中、ゆっくりと歩み寄って来るのは、紛れもなく。先ほど唇に噛み付いて来た男に違いなかった。
「お前は……っ」
やはり、彼がこの家の……。
警戒心丸出しの自分に向けて、彼は柔らかい微笑みを浮かべた。
「初めまして、アレルヤです。よろしくお願いします、ロックオン」
「……っ」
流暢に紡がれた挨拶の言葉に、思わず息を飲む。
「どうか、しました?」
「い、え……」
さっきと、様子が違い過ぎる。猫を被るにしてもほどがある。
「父に聞きませんでした?ぼくらに敬語は使わなくていいですよ。あなたは、特別ですから」
「え……、あ、ああ……」
「あなたとは、仲良くなりたいと思っています」
にっこりと優しい笑みを浮かべて言われ、ロックオンは戸惑いながら曖昧な返事を返した。
「アレルヤ、ハレルヤはどうした」
「ぼくに聞かないで下さい。どうせまた、どこかへ遊びに行っているんですよ」
空いた席を指して、主人がアレルヤに尋ねると、冷ややかな返答が返った。
(ハレルヤ?)
それが、もう一人の子供か……。母親はどうしたのだろう。それも、追々解かるようになるのだろうか。
そうして、重苦しい空気のまま時間は流れた。客人として扱われていることに、どう対応して良いのかも解からない。
金のことも、結局切り出せなかった。何となく、アレルヤがいる前では言い辛かったからだ。
その晩の食事は豪勢だったけれど、ロックオンは家族と食べていた質素な食事がやたらと恋しくなった。
食事を終えて部屋に戻る途中、背後から足音が聞こえた。
「ロックオン……」
続いて掛けられた呼び声に、びく、と肩が揺れる。慌てて振り返ると、アレルヤが立っていた。
目を見開いたまま返答出来ない自分に、彼は困ったように笑ってみせた。
「ロックオン?何を警戒しているんです」
「あ、当たり前だろ!さっき、あんなことを……」
「さっき?」
アレルヤの目が、疑惑に揺れる。とぼけているようには見えない、銀色の目。
(ん……?)
そこでロックオンは妙な違和を感じた。彼の目、先ほどもこんな色だっただろうか。薄暗い部屋に浮き上がったあの光は、鮮やかな金色に見えた。
「さっきって、何ですか。どう言うこと……」
「俺だよ、アレルヤ」
問い掛けるアレルヤの声に、突然背後からした声が重なった。
似たような声質。でも、印象が違い過ぎる。
振り向いて、ロックオンは自分の目を疑った。
「え……?」
どこからどう見ても、同じ顔、同じ姿。
「ハレルヤ」
「……?!」
そして、アレルヤの呼び声。
ハレルヤとは、さっき耳にしたもう一人の名前だ。これが、ハレルヤ?だとしたら、紛れもない双子だ。息子二人って、双子だったのか。じゃあ、さっきのが、ハレルヤ?
息を飲むロックオンと薄い笑いを浮かべるハレルヤを見比べて、アレルヤは眉を顰めた。
「ハレルヤ、彼に何を?」
「そう怒るな、アレルヤ。ちょっと味見しただけだ。な、ロックオン」
「……っ」
言われて、突然仕掛けられた行為を思い出し、頭に血が昇った。
軽く噛み付かれた唇が、まだ仄かに痛むような気すらする。
「すみません、ロックオン。彼が何かしたなら、ぼくからも謝ります」
「ふん……」
ハレルヤが面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「いや、そんな…」
何だか悪戯の過ぎた子供のようにも見えて、ロックオンは首を振った。
「じゃあ、今日はもうゆっくり休んで下さい」
「じゃーなぁ、ロックオン」
そんな言葉を残して双子とは部屋の前で別れた。
顔はあんなに同じなのに、全く中身が違う。ライルと自分も、他人から見たらそうなのだろうか。いや、エイミーがいつも笑いながら、二人はそっくりだと言うから。二人のことを思い出して、ロックオン…ニールは唇を噛み締めた。
彼らの為とあれば、きっとどんなことでも耐えてみせる。
その頃。少し離れた部屋にいたアレルヤは、相変わらず感情の籠もらない声で片割れの男に話し掛けていた。
「彼が気に入ったのかい?ハレルヤ」
「それはお前だろ、アレルヤ。わざわざ親父に我侭言ってよ」
「……ああ、解かっていたのかい」
「当然だ。しっかし、よく聞き入れてくれたよな」
「きみと違って、普段から素行が良いからね」
「ご苦労なこった。だが、お陰で退屈しなそうだ」
「ハレルヤ」
静かに窘める呼び声に、ハレルヤは肩を竦めた。
「解かってるって。心配すんな、独り占めしようなんて思ってないぜ」
その言葉に、ゆっくりと頷いた後。ハレルヤの腕を捕まえ、アレルヤは真っ向から視線を合わせた。
「……ハレルヤ。きみはぼくだ、ぼくはきみだ……」
「アレルヤ」
「きみだけは、ぼくを裏切らない」
「ああ……」
そっと密やかな会話を交わすと、二人は顔を寄せ、静かに唇を合わせた。ゆっくり触れるだけのものから、徐々に深いものに変えて行く。同じ顔同士が向かい合って唇を寄せ合う様は、きっと異様に見えるだろう。鏡の前、一人そうしているようにも見える。
けれど、深く重ね合わせた唇の温度も、濡れた感触も本物だ。
そうして、酷く淫猥な長い口付けが終わると、アレルヤはハレルヤの耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。
「でもきっと、彼は手強いよ」
「手強い方がいいだろ、獲物はさ」
「そうだね、ハレルヤ……」
アレルヤは頷いて、ハレルヤを抱き寄せた。
「あいつがここへ来たのは、偶然かも知れねぇ」
「ああ、けど……運命だ」
同じ高さの肩口に顔を埋め、背中に腕を回して愛しそうに撫でる。でも、その手つきとは裏腹に、彼の整った顔には表情がなかった。
けれど。次に発した声は微かに弾んで、確かに高揚していた。
「だから彼を……ぼくたちのものに」
「ああ……楽しみだな」
アレルヤの抱擁に応えて、ハレルヤは犬歯を覗かせて笑った。
無防備な獲物が糸に捕らわれるまで、あと僅か。