突発性運命8




 先ほど、強引に捩じ込まれた舌先と、吸い付くような唇の柔らかさを思い出して、ロックオンは無意識に口元を押さえ付けていた。
 ――ハレルヤ。
 一体、何があったんだろう。
 この部屋で初めて会ったとき、悪戯でもするように噛み付いて来たときとは、明らかに違う。それだけは解かる。それに、あの台詞。
(アレルヤともって、言ってたよな)
 アレルヤとハレルヤ。彼らの間に一体何があるのだろう。
 穏やかなのにどこか危なげな気がするアレルヤと、凶悪な感じなのに、まるで子供みたいなハレルヤ。放ってなんておけない。
 でも、彼らのことを考えるなら、あそこで受け入れようとするべきじゃなかったのかも知れない。
 けれど……。跳ね除けることなんて到底出来なかった。何が正しいのかなんて、ロックオンにだって解からない。それに、考えているだけじゃ始まらない。
 ただ、圧し掛かって来たハレルヤの熱が未だに体に残っているようで、それからもずっと落ち着かなかった。
 外には未だ雨が降っている。湿気の溢れた空気と薄暗い室内に、気持ちが暗くなってしまうのを、ロックオンは静かに受け入れながら溜息を吐いた。

 そのまま、いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
「……ん、夕方か?」
 見回すと、辺りはすっかり陽が落ちて暗くなっていた。耳元にはまだ雨音が聞こえて来る。
 そんな中、ふと、雨音に混じって言い争うような声がして、ロックオンはベッドから身を起こした。
 恐らく、アレルヤの声。何か、あったのだろうか。続いて、バタバタと廊下を走る音、扉が乱暴に開く音が聞こえた。
(外か?)
 そう言えば、もう学校から戻って来る時間だ。何かあったのか。
 ベッドを降りて窓の外を見ると、門の側でアレルヤが傘も差さずに立ち尽くしているのが見えた。
(アレルヤ?)
 どうしたのだろう。こんな雨の中、風邪でも引いたらどうするつもりだ。
 慌てて部屋を出て、ロックオンは傘を持って飛び出した。
 雨粒が衣服に跳ねるのにもお構いなく、小走りでアレルヤの側による。彼は門の外の方を見詰め、まるで放心しているようにただ静かに立っていた。髪の毛も衣服も、すっかりびしょぬれだ。
「アレルヤ?!どうしたんだ、お前!」
 慌てて声を荒げると、彼はゆっくりと視線をずらしてロックオンの方を見た。物静かなグレイの目、どこか、生気が抜けたような。硝子玉みたいな目にロックオンの顔が映し出されて数秒後、ようやく彼は気付いたように唇を動かした。
「ロックオン、どうしたんですか」
 慌てた様子もない、いつもの声色に、ロックオンは眉根を寄せた。
「どうって、お前……。傘も差さないで。風邪引くだろ」
「……ええ。そう、ですね」
 そう答えたものの、いつまでも動かないアレルヤに痺れを切らし、ロックオンは彼の腕を捕らえて家の方へ引いた。指先を絡めたその腕は驚くほど冷え切っていて、思わずぎょっとする。
「お前…冷えきってるじゃねぇか」
「すみません」
「謝んなくていいから、中入るぞ」
 肩を抱いて傘の中に彼の体を入れて、ロックオンはアレルヤを家の中に引っ張り込んだ。彼の温もりを取り戻そうと、無意識に肌を摺り寄せると、彼は縋るようにロックオンに寄り掛かって来た。

「大丈夫か、アレルヤ」
「……ええ」
 タオルで顔を拭ってやると、いつも隠れているアレルヤのもう片方の目が濡れた髪の毛の間から露になった。
 ハレルヤと同じ色のそれに、思わずどきりと鼓動が高鳴る。
「アレルヤ、お前の目……」
「ええ、こっちは、一緒なんですよ、ハレルヤと」
「そう……か」
 ロックオンが気まずそうに頷いた途端。突然、アレルヤは笑顔を凍りつかせ、それから小刻みに震え始めた。自身を抱き締めるように、ぎゅっと上体に腕を回して力を込めている。
「ロックオン…ハレルヤが」
「え……?」
「ハレルヤが、ぼくを置いて…」
「何だって?」
 そう言えば、こんな騒ぎになっているのに、彼が部屋から出て来ていない。いつも、アレルヤに何かあれば必ず彼の姿も見かけていたと思うのに。
「どう言うことだ、アレルヤ、あいつはどこ行った?!」
「……ハレルヤ」
「しっかりしろ!その辺探して来るから、お前はここにいろ」
 タオルを強引に手渡して、ロックオンは傘を引っ掴んで再び外へ飛び出そうとした。
 ハレルヤがどこかへ行ってしまったなんて、あり得ない。でも、このアレルヤの様子はただごとじゃない。彼らの間に何かがあったのは確かだ。だから、反射的に体が動いていた。
 けれど、ドアノブに掛かった手は、凄い力で掴まれて引き戻された。
「待って下さい、ロックオン!」
「……アレルヤ?」
「無駄ですよ、きっと…ハレルヤは戻らない」
「アレルヤ……」
「彼があんなことするなんて…今まで一度もなかったのに…ぼくの声も無視して…」
「おい、アレルヤ……!」
 青褪めるアレルヤの様子が本当に居た堪れなくて、ロックオンは彼の両肩を捕まえて、軽く揺さ振った。こんなアレルヤを一人で放っておけない。危なっかしい、アレルヤ。ハレルヤのことは気がかりだったけれど、こんな状態の彼を一人にしておくのも不安だった。それに、ハレルヤが理由もなくアレルヤを置いていくはずない。きっと、ひょっこり戻って来る。雨が止んだら、きっと。
 自分を無理矢理納得させ、ロックオンはアレルヤの顔色を確かめるように覗き込んだ。
「しっかりしろ、落ち着け」
「……大丈夫ですよ。部屋まで、連れて行ってくれませんか」
「あ、ああ……」
 弱々しい声に頷いて、ロックオンはアレルヤの肩を力強く抱いた。

「しっかりしろよ、アレルヤ」
 取り敢えずベッドに腰を下ろさせ、未だぽたぽたと水滴の落ちる髪の毛をタオルで拭うと、アレルヤのグレイの目は縋るようにこちらを見詰めて来た。
「ロックオン…」
「大丈夫だ。俺に出来ることがあれば、何でもしてやるから」
 何となく……ハレルヤが出て行ったのは自分のせいではないか。そう、心の中で思っていたからかもしれない。本当は今すぐにでも雨の中に飛び出して、あの金色の目をした野良猫を捕まえたいけれど。アレルヤのことも放ってなんておけない。彼らが言うように、本当にアレルヤとハレルヤが一つだったらいいのに。
 そんなことを考えていると、そっとタオルを掴んでいた手に、アレルヤの冷たい手が重なった。
「ぼくの、側にいて下さい」
「ああ、解かってるよ、アレルヤ」
 安心させるように言って深く頷くと、ロックオンは彼の隣に腰を下ろした。
 重なった手から、体温が奪われて行く。本当に、何て冷たい手だろう。
「アレルヤ、シャワー入るか?少しは」
 少しは温まるだろ。そう言いかけた言葉が不意に冷たいものに塞がれて途切れた。始めは、彼の冷たい指先だと思った。けれど、目の前にぼやけるほど至近距離で映るアレルヤの顔に、それが彼の唇なのだとすぐに気付いた。
「……んっ」
 驚いて息を飲んだけれど、その唇までもがあまりに冷たくて、動くことが出来なかった。何て、冷たいんだ。頭のどこかでそんな風に思った途端、それはそっと離れて行った。
 そして、耳元に囁くような声が聞こえる。
「ロックオン……温かいですね、あなたは」
「おい、アレル……んっ」
 もう一度唇が塞がれた。先ほどの触れるだけのキスなんかよりもっと深く、強引に。潜り込んだ舌先がロックオンの口内を這い回り、逃げる舌を絡め、強引に吸い上げる。甘く噛んでは舌で柔らかくなぞり、愛撫のようなキスを繰り返され、ロックオンは目を見開いた。アレルヤとこうするのは初めてではないけれど、こんな、まるで性的な匂いを振り撒くようなキスは、初めてだ。
「んっ、ん……ぅ」
 頭を振って逃れようとすると、髪の毛が彼の指先に握り締められた。縋り付くような仕草に、受け入れてやりたいと言う思いと、本能的な恐怖が入り混じって混乱を呼ぶ。どく、どく、と、少しずつ心臓の鼓動が大きくなって行く。
 どのくらい、そんな行為を続けていたのか。
「何でもすると、言いましたよね。なら…」
「……?」
 ふと、落とされた声に、ロックオンは何の感慨もないまま視線を上げた。相変わらず何の色も見出せない、ガラスのようなグレイの目と視線が合う。アレルヤ、と言おうとした声は、喉の奥に張り付いて出て来なかった。
 肩がゆっくりと押され、背中にマットの感触がする。アレルヤが寝転がった無防備な肢体に圧し掛かるのを、ロックオンは他人事のように見上げていた。今、一体何が起きているのだろう。混乱したままの頭で、必死に答えを見出そうとするけれど、上手く行かない。けれど、続くアレルヤの静かな声が、この先起こる事態を残酷に告げる。
「このままじっとして、ぼくを受け入れて下さい」
「……え?」
「ハレルヤみたいに」
「……!」
 どく、と心臓が一段と大きく鳴ると共に、冷たい手が衣服の中に忍び込んで、ロックオンは思わず息を飲んだ。近付いてきたアレルヤに再び口を塞がれ、のし掛かるように体を押さえ込まれる。もがいた途端、着ていた白いシャツが音を立てて左右に割られ、ロックオンは息を飲んだ。千切れた釦が弾けて、床に転がり落ちる。アレルヤに貰ったシャツだ。それが、無残に引き裂かれて、いらないものみたいに床に投げ捨てられる。呆然とその光景を見ながら、これから自身に起こる出来事に恐怖し、ロックオンはぶるりと身を震わせた。

 衣服を取り去られても、冷たい手が肌の上を這い回っても、ロックオンはただ成す術もなく見っとも無く肢体を震わせるだけだった。掠れた声で止めろと訴えても、聞き入れて貰えるはずもない。ただ、体内にまで潜り込んで来た指先に、内股が引き攣って、恐怖に喉が震える。
「あっ、よ、せ……」
「何でもするなんて嘘ですか」
「んっ、ん……や……」
「いけない人ですね、そんな残酷な嘘を吐くなんて」
「ち、がう……ぁ、あ……!」
 敏感な場所を容赦なく探られ、蠢く指先に翻弄され、ロックオンは引っ切り無しに喉を鳴らした。額に浮き上がった汗が流れて、涙と交じり合って頬を伝う。それを指先で拭うアレルヤの仕草はあくまで優しいのに。何故か彼の心が伴っていないように感じる。きっと、先ほどの台詞のせいだ。
 ――受け入れてくれ、ハレルヤみたいに。
 その言葉が頭の中を駆け巡って、ロックオンは必死に頭を振った。
「よせ、アレルヤ!」
 けれど、彼から返答はない。代わりに、埋め込まれた指先がぐっと中を掻き回し、ロックオンは小さく呻いた。もう、逃げられない。頭のどこかでそう悟って、諦めに似た感情が浮かび上がって来る。拒否、出来ない。アレルヤへの気持ちは哀れみに似ているかも知れない。でも、それでもはっきりと拒絶は出来ない。それなら、せめて、理由が知りたい。彼がこうする訳を。震える喉から必死に声を振り絞って、ロックオンはアレルヤ言葉を掛けた。
「アレ、ルヤ……」
「何ですか」
「お前……ハレルヤにも、こんなこと、してたのか?それで、代わりに俺を……?」
 掠れた声で訪ねると、アレルヤはほんの少し動きを止め、遠くを見るような目になった。きっと、彼の脳裏にはあの金色の目が浮かんでいるに違いない。
 でも、少しの間の後。彼はゆっくりと首を横に振った。
「いえ……。このつもりだったから、始めから。ハレルヤと二人で、あなたをぼくらのものにしようって……」
「いっ……!」
 ぐい、と捩じ込まれた冷たい指先に、喉が引き攣った。見開かれた翠の双眸からはぼろぼろと涙が零れ落ちる。
「すみません、ロックオン……」
 アレルヤの熱い舌が胸の突起の回りをなぞり、ざらついた感触とぬめりを帯びた温かさにぞくぞくと痺れが走る。あっと言う間に堅さを持った中心を嘲笑うように、アレルヤが指先で軽く弾いた。
「ぅ……っ、ん!!」
 びくんと肢体が揺れ、喉が鳴る。白く柔らかい喉に彼の舌が這い、突起は指先で乱暴に弄くられる。痛みしか生まないはずなのに、腹の奥から沸き上がる甘い痺れに、肢体を捩って逃れようとするけれど、どうしようもない。
「あっ、よせ……っ!」
 生温い粘膜に中心を包まれると、言葉とは裏腹に甘く掠れた声が上がった。待ち侘びた刺激が直接与えられ、滲み出た体液がアレルヤの舌先を濡らす。聴覚を刺激する水音に、ロックオンは耳を覆いたくなった。けれど、再び中で蠢きだした指先に、痛みが走り抜ける。
「いっ……」
「痛い?きつそうだから、無理ないかな」
「抜け、よ…!そんなとこ…!」
「……」
「あ……っ?」
 ロックオンの言葉を奪うように、アレルヤはゆっくりと指先を抜き差しし始めた。先ほどまでの、ただ広げるような動きとは違って、快感を無理矢理引き出すような仕草。敏感な場所を何度も刺激され、前を擦り上げられ、ロックオンは堪らずに限界へ達した。
「くぅ……ぁ、あ……」
 短い声を途切れ途切れに上げながら、過ぎ去った熱の余韻を逃そうと、肩で大きく息を吐く。もう、何がなんだか解からなかった。こんな風に激しく与えられる愛撫には体も心も慣れていないのに。これで終わりではないとばかりに、再びゆるゆると中心を擦り上げる手に、ロックオンは弱々しく頭を振った。
「はっ……よせ……もう」
「ああ……足りないかな、ここだけじゃ」
「ひ……っ!」
 ぐい、と容赦なく二本の指が捩じ込まれ、ロックオンの腰はびくんと跳ね上がった。閉じようとした足が逆に割り開かれて、何もかもアレルヤの目に晒される。
「あっ……ぃや……だ」
「ロックオン」
「んっ、嫌だ……」
 縋るように上げる声は、アレルヤには届いていないのだろうか。彼はどこか陶酔したようにロックオンの名前を呼び、それから片手で自身のベルトを緩めた。
「ハレルヤの分も、もっと……」
「く……」
「あなたを味わわせてよ」
 訪れる圧迫感に息を詰める。力の抜けた体は容易にアレルヤを受け入れ始めたけれど、きついことには変わりない。
 ゆっくりと、あくまで優しく繰り返される行為。少しずつ抵抗する気力は削がれて、ロックオンはひたすらアレルヤの熱を受け入れるだけになった。
 何度目になるか、再び中へ熱いものが注ぎ込まれ。ロックオンがぐったりと動かなくなるまで、長い夜は続いた。