近くて遠い距離




真夜中。
何の約束も連絡もなしに、キーを解除して部屋の中に足を踏み入れると、デスクの側にいたロックオンは驚いたように目を見開いた。
こんな時間にやって来たのだから、無理はない。
でも、彼の動揺に揺れる目には、それだけでは説明のつかないものが紛れているような気がした。

「どうかしたんですか?」
「あ、いや…。何でもないさ。お前こそ…どうした」

そうやって応える彼は、いつもと何も変わらない。
けれど、彼が大急ぎで手にしていた何かをデスクの上に置いたのを、アレルヤは見逃さなかった。
本の下に、隠すように押し込まれた紙切れに、何故かずきっと鈍い痛みが胸に走る。
紙切れと言ったけれど、正しくは誰かの写真だった。ちらっと見えただけだけれど、大人と数人の子供。幸せそうな家族に見えた。
どんな風な表情だったのかまでは見えなかったけれど、どちらにしろアレルヤの記憶にはないものだ。
ずっと昔に、本当に大事に思っていた存在はあるけれど、今のロックオンにとってはあの一枚の写真が、そう言う存在なのだろうか。
そう思うと同時に、自然と湧き上がってくる感情に煽られるまま、アレルヤは無言のまま一歩足を進めた。
こちらを見詰めるロックオンの側へと、ぐっと身を寄せる。

「アレルヤ?」

おもむろに白い腕を捕まえて、デスクに体を寄せるように身を重ねると、まだ何が起きたか解かっていないのか、彼は何だかぼんやりとしたような声を上げた。
けれど、視線を上に上げ、アレルヤの目に宿る熱に気が付くと、ハッとしたように息を飲んだ。首筋に顔を寄せると、慌てたように身を捩る。

「待てよ、アレルヤ…今は…、…っ」

柔らかく遮ろうとする言葉も聞かず、捕まえた腕を強い力で掴んだ。

「アレルヤ…っ!」

そのまま、勢い良く。彼が嫌がるのを承知でわざとデスクの上に俯せに押し付ける。
柔らかいベッドではない場所に、腕を背後に押さえて背中を押して、腰だけを突き出すように抱き抱えた。

「よせ、アレルヤ…!」

抗議の声を無視して、手早くベルトを引き抜く。びくりと強張った体を、アレルヤは目を細めて見下ろした。
何度も。もう何度も抱いているのに。何度も受け入れて貰っているのに、何故かいつもどうしようもないような不安が込み上げる。
今日だって、漠然とした不安や恐怖に似た感情を彼に取り除いて欲しくて、こうしてここへやって来たのだけど。
何だか、急に彼が遠くにいる人みたいに思えた。でも、それが何なんのか聞き出すのは怖い。
もっといつも、アレルヤだけを見て、アレルヤ以外、目に入らなくなってしまえばいいのに。
どうしようもなく込み上げる思いが、組み伏せたロックオンの身体へと溢れ出して、止まらなくなってしまった。

やがて、逃げ切れないと悟ったのか、彼は一度肩で大きく息を吐き、それからきつく目を瞑った。



「ロックオン…」
「くっ…ん…」

ぐいと腰を撫で、手の平を下へと滑らせる。

「んぁ…っ、く」

より奥へ潜り込んだ指先に、ロックオンは小さな悲鳴を上げた。

「ロックオン」

もう一度耳元で囁き掛けながら、耳朶を甘く噛む。

「あなたが捕らわれているのは…何なんです…?」
「んっ、…ぅ…」

中を掻き回し押し広げ、アレルヤは絡み付く内壁に熱い息を吐いた。
早く中に押し入って犯して、目茶苦茶に突き上げたい。
けれど、まだ。まだだ。
胸の内に込み上げているのは、彼の抱いている思い出への嫉妬なんだろうか。
こんなことを思うなんて、勝手な気持ちだけど。

「あっ…アレ、ルヤ…もう…」

きゅっと寄せられた眉根が悩ましげで、アレルヤも思考を停止させ、煽られるままに彼の腰を抱え直した。

「ロックオン…」
「あっ、う…っ!」
「いつになれば…、解かってくれるんです?」

ぐっと身を進めて、そのまま緩く律動を始め、少しずつ早めて行く。肌がぶつかるほどに揺さぶると、彼は切れ切れに声を上げて身を捩った。
こうやって、少し無茶な行為でも、彼は受け入れてくれる。犯されているような行為なのに、恨み言の一つも言わない。
ただ堪えるようにきつくデスクを掴んだ指先が、血の気を失って白く変わった。

「…もっと、ぼくだけを…見て下さい」

呟くように吐き出すアレルヤの声は、ロックオンには届かないのか。
白い喉はひく、と震えただけで、何の言葉も返って来なかった。

遠く感じる距離を埋めたくて、苦しい気持ちから逃げ出したくて、体を重ねることに没頭してしまう。
でもきっと、ロックオンがこうして受け入れているのは、アレルヤだけだ。それだけで十分なはずなのに、何故か漠然とした不安に襲われる。
組み敷いているのはこちらなのに、彼の背中を追い掛けるように目を細めたそのとき。
今までずっと、ぎゅっと握り締められていたロックオンの手の平がゆっくりと開かれて、まるでもがくようにデスクの上を滑った。
彷徨うように蠢いた手が、腰を捕まえていたアレルヤの腕を縋るように捕まえた。ぎゅっとそこに力を込められて、アレルヤはびくりと身を揺らした。

「ロック…オン…」

そっと名前を呼ぶと、ロックオンはゆっくりと肩越しにこちらを振り返って、熱に浮かされたようにぼやけた目でこちらを見た。

「お前、だって」
「……?」
「お前だって、いつになれば、解かってくれんだよ」
「…?ロックオン?」
「俺も、お前が…」

お前が好きだって、ずっとそう言ってるのに…。
その後に続いた言葉に、アレルヤはグレイの目を見開いてハッと息を飲んだ。



ずっと、彼の過去にまで惑わされて、組み敷いているはずの彼の背中は遠いと思っていたけれど。
距離を埋めようとしなかったのは、アレルヤ自身だったのかも知れない。
本当は、ずっと前から、ずっと近くにいたんだ。
そう思うと、胸の奥が強烈に熱くなった。