ホントのウソ




何だろう……。
気のせいかも知れないけれど、最近彼の様子が可笑しい。
目の前にいる彼、ロックオン・ストラトスの顔を見詰めながら、アレルヤはぼんやりと思った。
何が、と言われても解らない。ただ、はっきりしているのは、口数がいつもより少ないと言うこと。
とは言っても、始めは全く気が付かなかった。
自分は物事や人の変化にあまり敏感ではないと思う。
気が付いたのには、ちゃんとした理由があった。

ともかく、今は食堂で彼と二人きりだ。普段の彼なら、軽口を叩いたり冗談を言ったりして、気を紛らわせてくれるのに。
カチャカチャと音を立てて、皿の中のものを何度も引っ掻き回しているロックオンを、アレルヤは成す術もなく黙って見詰めていた。
どうしたんですか、と聞いてもいい。けれど、彼にだって悩みの一つや二つあるのだろう。
一向に口へ運ばれることのないサラダが何だか可哀想だけど、自分にはどうすることも出来ない。
でも、ミッション中はいつも通りだし、気を散らしている素振りもない。だったら尚更、自分が首を突っ込むことではない。

そう思って気にしないようにしたけれど、やがて、更にあることに気付いた。
それから数日経って、また食堂で二人きりになり、そこへ刹那が入って来たときだ。

「よう、刹那」

彼は顔を上げ、今までの様子が嘘のように明るい声を上げた。

「調子はどうだ?」
「問題ない」
「そっか。ならいいが…あまり無理をするなよ」
「了解」

(……)

刹那には…いつも通りだ。
そう思っていたら、彼の碧眼はくるりとこちらへも向けられた。

「どうした、アレルヤ。ぼーっとしてないで、早く食えよ?」
「ええ…」

寧ろ、ぼーっとしていたのは、彼の方なのだけど。
それについては何も言わず、アレルヤは素直に頷いた。
自分にも…いつも通りだ。
何で…?さっきまでは、確かに様子がおかしかったのに。
そうか……。彼が可笑しいのは、自分と二人きりのときだけなのか。
でも、何故。

原因が何だか気になって、アレルヤはもう一度先ほどまでの彼の様子を思い浮かべてみた。
何度も吐かれる溜息と、憂いを帯びたように伏せられた長い睫毛。

それから、もう一つ。
先ほどまで、ロックオンと二人きりでいて、何だか酷く酸素濃度の濃い部屋を漂っているような。
甘ったるい匂いを嗅ぎ過ぎて、鼻孔が麻痺しているような。
上手く言えないけれどそんな感覚に陥っていた。
ロックオンが微かな溜め息を吐く度、辺りに甘い香りが立ち込めるような。
いや、勿論錯覚に過ぎない。でもそんな気がするのだ。だからこそ、鈍い自分でも気が付いた。
刹那は…何も感じないのだろうか。あの、酔っ払ってしまいそうな甘さに。
やがて、刹那はもくもくと食事を済ませ、先に来ていた自分たちよりも早く行ってしまった。

再び二人きりになって、胸が騒ぐ。
まただ。また、あの感じ。
ついに居た堪れなくなって、アレルヤは思い切って声を上げた。

「ロックオン…どうか、した?」
「ん、何が…」
「いえ…何でも…」
「そうか…?」

気付いていないのか。自分から立ち上る、密かな気配に。
再び伏せられる視線。何だか、目が離せない。
アレルヤは無意識のまま誘われるように手を伸ばして、彼の白い頬に触れてみた。
途端、びく、と過剰なまでに肩が揺れる。
彼が弾かれたように目を上げて、アレルヤを見た。
その視線に捉えられた途端、頭の中に痺れが走った。
まるで軽い電気が走ったみたいな感覚。欲情に駆られたような濃い色の瞳が、アレルヤをじっと見ていた。

(ロック、オン…?)

知らず、ごくりと喉が鳴る。
どうしたのだ、彼は。
視線をずらすことが出来ず、そのまま見詰めていると、やがて彼の唇がゆっくりと動いて、信じられない名前を口にした。

「ハレルヤ…か…?」
「……!?」

(……え?)

「ロックオン?!」

驚いて、片方の目を大きく見開く。すると、彼はハッとしたように息を飲んだ。
瞬きしてもう一度見た彼は、もういつもの彼に戻っていた。

「い、いや…何でもねえ…。悪いな、アレルヤ」

そう言って、彼は逃げるように行ってしまったけれど、そうされなくたって、何も言えなかった。
でも、今確かに呼んだ。ハレルヤ、と。もう一人の自分を。どうして、彼が。
それに、さっきのあれは…。何て顔だ。何て目だ。
色香と言うものが本当にあるなら、きっと、あれがそうだ…。

「ロックオン…」

何が、あの人をそうさせているのか。ハレルヤは何か知っているのか。
自室に戻ると、アレルヤは早速ハレルヤに向かって語り掛けた。

―知るかよ、自分で聞け。

尋ねたアレルヤに、ハレルヤは開口一番にそう告げた。
投げ遣りな台詞だ。でも、何かが引っ掛かる。
気のせいで済ませるには、あの人の様子はあまりにも可笑しい。

普段は内向的なアレルヤだけど、一度気になってしまったら、行動せずにはいられない。
散々迷った末、彼と二人きりになったとき、問い掛けてみることにした。

「ロックオン…」
「どうした、アレルヤ」

いつも通りの顔。
でも、騙されない。この綺麗な顔の裏には、理性を失わせるような甘美な表情がある…。

「何故あなたが、ハレルヤのことを知っているんですか」
「何だ、いきなりどうした?」

軽い口調で言葉を紡ぐ唇。
訳もなく、アレルヤは妙な劣情に追い立てられた。
今すぐにでも無理矢理この唇を塞いで、思う存分味わいたい。
惨たらしいまでに口内を侵蝕して、そして……。
そこまで考えて、自分の思い描いたものにアレルヤは恐怖した。
違う、そんなことをしたい訳じゃない。ただ、気になるだけだ。

「本当のことを教えて下さい、ロックオン。もし、何かあるなら」

精一杯自分を押さえ込みながら、アレルヤは彼を真っ向から覗き込んだ。
真摯な眼差しを受けて、ロックオンがその顔から笑みを消す。
途端、いつも感じていたあの甘ったるい空気の中にいるような、不思議な感覚に陥った。
微かな溜息と共に吐き出される、あの妙な香り。
どく、どく、と少しずつ鼓動が早くなる。
こんなの、可笑しい。でも、こうさせているのは、この人だ。
早く、早く本当のことを教えて欲しい。

視線を合わせたまま、どのくらいそうしていたのか。
やがて、ロックオンはその唇をゆっくりと開いた。

「何もない。何もないよ、アレルヤ」
「ロックオン!」
「本当だ、信じろよ」

そう言って、彼の手はアレルヤの肩に一瞬だけ置かれ、そして離れた。

触れた温もりが離れて、アレルヤは思わず息を詰めた。
吐かれた偽りの言葉に苛立ちを感じるのと同時に―。
いつの間にか、自分が取り返しのつかないくらい、彼に酔っていることに気付いた。