23話。

一瞬だけの永遠

{Lockon Side}



「やれやれ…。ティエリアの次は、お前か……アレルヤ」

凄い速さで追い付いて来る機体に気付いて、ロックオンは一人呟きを漏らした。
お前も止めるのか、そんな意味合いの言葉に、返事をする者はいない。

「キュリオス!セッキン!アレルヤ!セッキン!」

代わりに、こちらの予想を肯定する、機械的な音声が響いた。
すぐ側まで迫っているのは、間違いなく、変形したキュリオスだ。

「ロックオン!!」

続いて、耳に飛び込んで来た声に、ロックオンは口元を綻ばせた。

(アレルヤ……)

名前を呼ぶと、怒りで熱くなった胸の中に、一縷の冷涼さが差し込んだ。



「今すぐトレミーに戻って下さい!無茶だ!」

悲痛に叫ぶアレルヤに、ロックオンは首を横に振った。

「大丈夫だ、心配するな。GNアームズは、使いこなしてみせるさ」
「けど、そんな体で!!」

アレルヤは聞かないだろう。
でも、自分は行かなくてはいけない。
トランザムシステムのお陰で、彼の機体性能が落ちていることは知っている。
これ以上は、追い掛けて来れないだろう。
そう思って、そのまま彼を置いて発進させようとした、直後だった。

「ロックオン、嫌だ…!!」

こちらの思惑を、読み取ったのだろうか。
アレルヤは一際大きく叫ぶと、突然キュリオスのコックピットを開いた。
現れた生身の体に、驚いて息を飲む。
目を見開いて見守っていると、彼はそのまま思い切り機体を蹴り付け、デュナメスへと跳んだ。

「アレルヤ?!お前…何を!」

あまりに無謀な行動に、ロックオンは怒鳴り声を上げ、自身もコックピットを慌てて開いた。
そうして、宇宙空間に投げ出された体を、腕を伸ばして捕まえる。
バーニアがあるから、放り出されたくらい何でもないのだけれど、何だかそんなことを考えている暇はなかった。

「バカやろ…!全く、お前は…!」
「ロックオン…」

捕まえた体を引き寄せて怒鳴ると、縋るような目で見詰められた。

「すみません…」
「無茶苦茶してくれるなぁ、アレルヤ」
「無茶だなんて、あなたに言われたくない…。戻って下さい、トレミーに」
「大丈夫だって、そんな顔するな」
「駄目ですよ、戻って下さい!」
「ミス・スメラギの作戦プランを信じろ。それから、俺の腕も」
「絶対に行かせる訳にはいかない。お願いだから、一度くらい、ぼくの言うことも聞いて下さい!」

必死なアレルヤの言葉に、ロックオンは微笑を浮かべた。
優しくて穏やかなアレルヤ。
でも、彼がたまに見せるこの熱さが、堪らなく愛しくて嬉しい。
アレルヤ。
彼が好きだ。守ってやりたいし、側にいてやりたい。

でも……。



{Allelujah Side]



トランザムシステムでほぼ使い切ってしまったGN粒子は、蓄積するまでまだ時間が掛かる。
ぎりぎりで追い付けたのは奇跡かも知れない。
それでも、ようやく捕まえたデュナメスのパイロットの腕を、アレルヤは強く握り締めた。
このまま、離してはいけない。何だか、そんな気がしてならなかった。

「絶対に行かせる訳にはいかない。お願いだから、一度くらい、ぼくの言うことも聞いて下さい!」

何度も止めた。けれど、聞き入れて貰えなかった。
でも、今だけは聞き入れて欲しい。

「でないと…ぼくは…」

胸の奥から絞り出すように思いをぶつけると、ロックオンは頷いて、そしてとても優しい顔で笑った。
いつも皆を励まし、不安を取り去り鼓舞してくれた笑顔。
そして、伸ばされた彼の腕はアレルヤを捕らえ、ぐっと、痛いほどに強く抱き締めた。
今までにないほど、きつく。

「ロック、オン…」

あまりの強さに息が詰まって、思わず放心したように名前を呼ぶ。
抱き締めたままで彼の手が持ち上がって、メットごしにアレルヤの頭をゆっくりと撫でた。

「お前の気持ちは、よく…解かったよ」
「……!ロックオン!」
「ありがとうな、アレルヤ…」

その声にホッとして、胸を撫で下ろす。
けれど、安堵の息を吐き出したのは、ほんのひと時のことだった。

「ごめんな……心配掛けてばかりでさ」
「……!?ロックオン…?」

続いて聞こえて来た、覚悟を決めたような声に、ハッとして顔を上げた瞬間。
渾身の力を込めて、体が押し返された。キュリオスへと向かって。

「ロックオン!!」

手を伸ばしたけれど、届かなかった。
目を見開くアレルヤの背中がキュリオスへ着く前に、ロックオンはコックピットへ戻り、そして笑顔を浮かべた。
帰るつもりなど、なかったのだ。

「じゃあな、アレルヤ。お前も死ぬなよ!絶対にだ…」
「ロックオン!!」

呼び止める声も届かず、そのまま目の前でデュナメスのコックピットは閉じた。
それ以上追い縋ることは出来ず、彼が操る機体は、アレルヤから遠く離れて見えなくなった。

彼の手が、触れていた感触が離れていったのは、一瞬のことだった。
でも、その瞬間が最後だなんて、全てだなんて、思いたくない。
永遠に後悔するなんて、ご免だ。
だから、ロックオン。
お願いだから帰って来て、もう一度、ぼくに…。
その優しい手で、綺麗な白い指先で触れて欲しい。