スキでキライで1
―アレルヤ。
「……ぁ……っ」
低く誘うような声に名前を呼ばれ、アレルヤは自室のベッドから飛び起きた。
先ほどまで脳裏を過ぎっていたのは、もうよく見知っている、ロックオンの顔だ。
でも、それだけじゃない。
アレルヤの意識の中の彼は、酷く乱れた息を吐き、そしてあの白い肌を浮き上がった汗でしっとりと濡らしていた。
これは、ハレルヤの記憶なのだろうか。それとも、自分自身の思い描いている願望の現われなのか。
「ロックオン…」
気だるい仕草で頭を抱え込むと、深い溜息が口から零れた。
何もないと彼は言った。でも、そんなはずない。
聞いてもまた上手くはぐらかされてしまうだろうけど、どうしても確かめたい。
あの嘘を吐いた唇から、本当のことを引き出したい。
アレルヤはそっと片膝を抱えた。もう一人の自分に呼び掛けることはせず、代わりにそこにぎゅっと力を込める。
(どうすればいいんだ、どうすれば…)
確かめる方法なんか、あるはずない。
あれ以降、何度も考え、幾度となく導き出した結論に行き着き、眉根を寄せる。
そもそも、本当のことを知ったからと言って、自分はどうしたいのだろう。
自分が今望んでいることは、何だろう。確かめて、本当のことを知りたいのか。勿論、それもある。
でも、何よりも、あの甘い吐息を吐くあの人に、この手で触れたい。この体の下に組み敷いて、あの柔らかそうな肌に手の平を這わせて、聞いたこともないような、掠れた声を上げさせたい。
いや、それだけじゃ足りない。もっとあの整った綺麗な顔を歪ませて、快楽にも苦痛にも屈するのが見たい。あの白い喉が打ち震えて、泣き声を上げるのが聞きたい。どうかしている。そう思うのに、思い描いた情景に胸が震える。抱きたいんだ、あの人を。
それなら、ただ、そうすればいい。
そこまで思い巡らして、アレルヤは突然、ハッとしたように顔を上げた。
―そうだ。確かめる方法が、一つだけある。
急に目が覚めたように、頭の中がクリアになった。
これしか、ない。
そう思うと同時にアレルヤはベッドから降り、そして通路へと飛び出した。
まだ数えるほどしか来たことのない、ロックオン・ストラトスの部屋の扉の前に立つと、アレルヤは一度短く深呼吸をした。
これから自分がしようとしていることは、狡いことかも知れない。でも、どうしても確かめたい。だから…。
それに、大丈夫だ。バレるはずない。あのときだって、彼は自分と片割れを間違えたのだから。
再び深呼吸をして、それからアレルヤは呼び出し音を鳴らした。
少しの間の後。顔を見せたロックオンは、意表を突かれたように目を見開いた。
「アレルヤ…?」
「……」
自分の姿を認めた目が、困惑に揺れている。
ハレルヤになりきり、演技をする自信などはない。でも、先ほども思った。自分はただ、今一番したくて堪らないことを、この人にしてしまえばいい。それだけできっと、全て解かる。
アレルヤは無言のまま床を蹴って、飛びつくようにロックオンに身を寄せた。
「アレル…」
彼の唇が名前を口にし終えるその前に、ぐっと顔を寄せ、強引に唇を塞いだ。
アレルヤが中に入るのと同時に、扉が閉まる。それを確認すると、細身の腰を両腕に抱いて、体を強く密着させた。
「ん…っ、ぅ、おい、アレルヤ?」
未だ、確信が持てないのか、戸惑ったような声。
まだ、まだ足りないんだろうか。
アレルヤは更に腕に力を込め、柔らかい唇を貪るように味わった。強く押し付けるだけでなく、甘く噛んで舌を捩じ込み、濡れた口内を深く侵蝕する。室内には濡れた音が響き、少しずつだした二人分の呼吸が重なった。
舌先が痺れるほど絡め合った後、アレルヤはようやく顔を離し、今度は耳元へ濡れた唇を寄せた。
「ロックオン…」
「……っ」
低く囁き掛けた声は、既に欲情に濡れていた。もう、演技など必要ない。ただ、溢れ出て来る欲求に煽られるままだ。
アレルヤの呼び掛けが耳に届くと、ロックオンはびくりと身を震わせ、そして応えるように背中に腕を回した。
「………ハレルヤ」
「……!!」
続いて、彼の唇から漏れた呼び声に、アレルヤは目の前が真っ赤に染まったような気がした。
側にあったベッドに押し倒すのは簡単だった。
抵抗など一切感じられず、容易にアレルヤの下に組み敷かれる肢体。
早急にシャツを撒くり上げ、ずっと触れたいと思っていた肌に唇を寄せると、ロックオンは小さく身を揺らした。
「ハレ…ルヤ…」
呼ばれた名前に、ずき、と胸が痛むのを隠し通して、アレルヤは夢中で衣服を剥ぎ取り、彼の足を割り開いた。白く艶めかしい両足の奥に、思わずごくりと喉が鳴る。
触れてしまって、いいのだろうか、本当に。いや、今更だ。
意識がハレルヤだったとしても、彼を抱いたのはこの体に違いはないのだから…。
早急に指先を奥へと滑らせると、びく、と小さく腰が揺れる。忠実に反応を返しながら、ロックオンは乱れた息の中で声を上げた。
「珍しいなぁ、ハレルヤ…。こんな…」
「……!」
怪しまれている訳ではないのだろうけれど。思わず、びくりと肩が揺れる。
「…別に…」
視線を逸らしてそう言うと、彼は肩を竦めて笑った。
「俺に、会いたくなったのか?」
問い掛ける声は、ぞくりとするほど艶を含んでいた。頭の奥が痺れてしまうような、色香を纏ったもの。いつも彼は、こんな目でハレルヤを見詰めているのだろうか。こんな声で呼び掛けているのだろうか。
胸の中が一気に重くなる。駆け上がる欲求も苦い味も、どうしようもなく大きくなり、軽い吐き気が込み上げた。
そんなこちらの様子には気付かないのか、彼は尚も言葉を続ける。
「…んな訳、ないか。俺のこと、好きな訳じゃねえもんな、ハレルヤは」
「……!」
―お前は、アレルヤが大好きなんだよな。
そう言われて、アレルヤは息を飲んだ。
「……ああ、そうだ」
ぎゅっと拳を握り締めて、喉の奥から声を振り絞る。
「嫌い、だよ。あなた…、なんか」
こんなに好きになってしまったのに。ぼくのことを、見てもくれないあなたなんか―嫌いだ。
語尾は途切れて、彼の耳まで届くはずないと思ったのに。
「アレ、ルヤ…?」
「……?!」
(え……)
数秒の沈黙の後、耳元に飛び込んで来た名前に、アレルヤは目を見開いた。
咄嗟に、言葉が出ない。ただ呆然としたように黙り込んでいると、組み敷かれたままの格好で、ロックオンも大きく目を見開いた。
「アレルヤ…。お前…アレルヤか」
「……っ!!」
どうして。どうして気付かれたのだろう。
びく、と肩が揺れてしまい、何も返さなくてもそれは十分な肯定になった。
ロックオンは息を飲み、そしてゆっくりと探るような声を上げた。
「本当に、お前か…。なんで、こんなことを…」
もう、ここまで来たらどうすることも出来ない。
今すぐにでも逃げ出したいのを堪えて、アレルヤは口を開いた。
「…知りたかったから、本当のことが…」
「アレルヤ…」
「知りたかったんです」
「……」
「あなたのことを、好きになってしまったから」
「アレルヤ…」
見開く片方の目の前で、ロックオンはただ戸惑うようにその表情を揺らした。