スキでキライで2
ずっと胸の中に燻っていた思いを吐き出したからか。呆然としたようにこちらの名を呼んだ彼の目が、あまりに戸惑いに揺れていたせいか。黙って見下ろしていると、アレルヤの中に少しの余裕が生まれた。苦しいほどにきゅっと締め上げられていた胸の内が幾分和らぎ、肩の力を抜いてみる。
いつもの彼が相手なら上手くあしらわれ、かわされているに違いないのに。以前、何もないと言ったときのように、素知らぬ顔で、笑顔でそんなことを。
でも、今は違う。きっと、ハレルヤが彼の何かを暴いたからだろう。それを自分にも見抜かれることに、ロックオンは動揺している。
そう思うと、こんなときだと言うのに、胸の内がやたらと高揚した。
それに、彼の唇は先ほどハレルヤと呼んだときと違い、しっかりとアレルヤの名前を呼んだ。自分の形に動く上気した唇。
思わず、すっと手を伸ばして胸元に触れると、ロックオンは驚いたように上体を揺らした。もう既に、あられのない格好を晒していると言うのに。
暫く続いた静けさを破って、アレルヤは唇を開いた。
「ぼくに触れられるのは、怖いですか?」
「……!」
思ったよりも、ずっと穏やかで静かな声が出た。彼の前で取り乱し、何も言い出せなくなると思っていたのに。
揶揄するような台詞に、ロックオンは今更ながら羞恥を感じたのか、視線から逃れるように身じろいだ。
「ハレルヤには、抱かれたのに」
「ア、レルヤ…」
白い頬が僅かに赤く染まる。それでも、本気で逃げ出そうとはしない。
触れても、いい。無抵抗な肢体は、無言のままそう言っているように思えた。
何をしにここへ来たのか、改めて思い巡らすと、何一つ躊躇する必要などないように思える。
彼を、抱きたい。
「ロックオン、あなたが誘ったんですか。ハレルヤを?」
いつもより低めの声で耳元へ囁くと、肢体がびくっと大袈裟に揺れた。
「ち、がう…、そんなつもりじゃなかった」
「じゃあ、どうして?教えて下さい」
「……」
もう、黙っていても仕方ないと思ったのか。
ロックオンはハァと大きく吐息を吐いて、そして自身の髪を無造作に掻き上げた。
「そう言う訳だ。ハレルヤと…つってもお前の体だ。なのに、黙ってて悪かったな」
やがて、一通りの説明を終えると、彼は落ち着き払った声でそう言った。
「てことで、とにかく、一先ずそこから退け」
「……」
話している間に動揺は収まったのか、もうその声はいつもの彼だった。
と言うより、何もかも受け入れているような、いや、何もかも諦めているようにも聞こえる。アレルヤが彼を責めてもなじっても、それを受け入れよう。そんな覚悟に満ちた言い方だ。いつもアレルヤの心を焦燥で揺らす、ロックオンの言葉。
でも、今は。
アレルヤはただ穏やかな目で彼を見下ろし、ゆっくりと首を横に振った。
「嫌ですよ…」
「……?な、に…?」
意外そうに目を見開く彼に改めて体重を乗せて圧し掛かり、ぐっと体を押し付ける。
息を飲んだ喉元を指先でなぞり、苦しげに上下する胸元を辿ると、引き攣ったような声が耳元に届いた。
「ア、レルヤ、よせ…っ」
そのまま胸の突起を指先で引っ掻くと、ロックオンは拒絶の言葉を上げた。
「どうして…?」
「とにかく、駄目だ、止めるんだ」
「そんなこと……」
唇を歪めて笑い、アレルヤはもがこうとする彼の手首を捕まえた。
ぐっとマットが沈むほど押さえ付けると、耳元に唇を寄せる。
「もう…、全部知ったから、遅いよ…。ハレルヤとぼくは一つなんだ。ぼくだって、あなたが欲しい…」
「アレルヤ!駄目だ!それは…っ」
手首に更に力を込めて抵抗を一蹴すると、アレルヤは目を上げ、もう一人の自分に向かって声を上げた。
「それでいいよね?ハレルヤも」
「……っ」
ロックオンが驚いたように息を飲む。
ここへ来て、彼の肢体をベッドに引き倒したときだろうか、それとも彼がハレルヤの名を呼んだときからか。彼もこの光景を見ているのに気付いた。
頭の中に、小さく笑う声が響く。
―お前こそ、いいのかよ。
そんなハレルヤの言葉が聞こえる。
アレルヤは視線を伏せ、それから首を縦に振った。
「いいって?ああ、辛いってことかい?そんなの、望むところだよ」
―じゃあ、勝手にしろよ。
それだけ言って、ハレルヤは静かになった。
今まで、こんなにも誰かに思い入れることなどなかった。それに、相手はロックオン。一筋縄で行かない人だと言うことくらい、解かっている。
ハレルヤはそれを危惧しているのだろうけど。
でも。もう心は決まってしまった。
部屋に静寂が広がると、やがてロックオンが探るような声を上げた。
「…ハレルヤは、何て…」
「ああ、勝手にしろって…」
「そう、か…」
「ロックオン」
まだ、どう対応して良いか困惑している彼を見下ろして、アレルヤは何かに促されるように唇を開き、熱の籠もった声で話し始めた。
「ぼくはきっと、あなたが望むものは与えられないかも知れない。でも、あなたが弱くて狡いところもある人だって、知ってしまった。だからもう、ぼくの前では何も取り繕わなくていいんです」
「アレルヤ…」
「ぼくもハレルヤも…あなたが好きだから」
そうだよね、ハレルヤ。
呼び掛けると、ふん、と一言だけ不貞腐れたような声が聞こえた。
そのまま、答えを待ってじっと見詰めると、ロックオンはハァ、と深い溜息を吐いた。
そして、彼は目を細め、アレルヤを真っ向から見返して来た。
「駄目な、大人でもか…」
「どんなあなたでも、いい」
寧ろ、手の届かないと思っていた…弱さも脆さもないと思っていた人だから、逆に嬉しい。
「それに、もしあなたがハレルヤのことを好きだとしても、それでもいい」
はっきり告げると、驚いたようにその両目が瞬く。
そして、少しの間の後、彼は突然弾かれたように喉を鳴らして笑った。
「お前ら、全く…」
観念した、そんなような声色だった。押さえ込んだ手首から、抵抗する力が抜ける。
そうして、体を投げ出すように四肢から力を抜き、改めてアレルヤに視線を向けた。
深い色の双眸。そこに、誘うような色が浮かび上がっている。
どく、と音を立てて心臓が鳴った。
いつだか、間接的に自分へ向けられていた彼のあの甘いような雰囲気が、今は確実にアレルヤへと向けられている。
彼はその唇をゆっくりと開き、アレルヤを酔わす声を囁いた。
「解かったよ、アレルヤ」
お前に、やるよ。
綻んだ口元は、そう言っているように見えた。
「…ロックオン…」
返す言葉も見つからず、呆然と名前を呼ぶ。
彼の気が変わらないうちに。腕の中から逃げ出してしまう前に、アレルヤは顔を寄せ、強く深くロックオンの唇を塞いだ。
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余すところなく体を揺さぶられ、喉が背後に仰け反った。
アレルヤの愛撫は少し強引で、決して手馴れている訳ではない。それに、ハレルヤの荒っぽいながらも優しい手つきとも違う。
でも、欲しいと言う気持ちがあまりに率直に伝わって来て、それだけで体温が上がってしまった。
アレルヤの手に触れられ、見詰められることを望まなかった訳じゃない。でも、自分が必要としたのはハレルヤの方だった。押し隠していた脆い部分を見抜かれて、それで…。
なのに、アレルヤまでそんなことを言い、ロックオンのことを好きだと言う。
それに、彼は言った。
―ぼくもハレルヤも、あなたが好きだから。
「……」
(ハレルヤもって、マジかよ…)
それは、初耳だ。でも、アレルヤの言葉に偽りはないように思えた。
アレルヤの手は、どこまでもロックオンの肢体を暴くように触れてくる。
夢中で体を開かされ、奥深くまで犯して、幾度か弾けても彼は止まらなかった。
何度目になるか、ロックオンが限界を迎えるのに引き摺られるように、彼も中で弾けた。行為の余韻に浸る間もなく、荒く上下する胸元を、またアレルヤの手が這いずり回る。少しずつ硬さを取り戻したものが再び動き出して、内壁を刺激される快感に呻く。
「ア、レルヤ…」
「はい」
「もう、無理だ…」
「でも、ハレルヤとは、もっとしたんでしょう?」
狡いですよ、彼にだけ。
そんなことを言って、アレルヤは再びゆっくりと腰を揺らす。
「う、…お前…っ」
「ね、ロックオン?」
「あ……っ!」
無意識なのだろう。甘えるような声色で囁かれた後。内股をなぞった手が後ろへと伸び、指を捩じ込まれて腰が浮き上がる。まだ繋がったままで、強引に増やされた質量にロックオンは眉根を寄せた。ぬめりを帯びた中を、彼の指が無造作に行き来し、気まぐれに刺激される部分からじわじわと疼き出し、やがて痺れるような快感を求めて腰が震える。
「ア、レルヤ…!」
居た堪れなくなって呼び掛けても、応えはないし、指先も止まらない。ハレルヤの容赦ないそれより、性質が悪いかも知れない。けれど、このアレルヤとハレルヤの意識を宿した存在を、拒絶することなど到底出来そうもなかった。寧ろ必要としていて、もうどうしようもない。
そんなことを考えていると、顎を掴まれ、唇を塞がれた。捩じ込まれた舌が絡み合って、吸い付くようにきつく求め合う。もう、包み隠していることなどない。霞が掛かった意識の中でロックオンはそんなことを考えた。
「そんな顔、しないで下さい」
アレルヤの声が振って来るのに、反応して視線を上げる。水に濡れたように双眸は潤んで、映し出されるアレルヤの顔はゆるくぼやけて、彼がどんな表情をしているのかまで、こちらには見えないのに。
「どんな、だよ」
ひりついたように痛む喉から声を振り絞れると、彼が笑うような気配がした。
「誘ってるみたいですよ、まだ」
「アレルヤ…」
気だるげに応える唇を、アレルヤの濡れた指先がなぞる。きっと、彼は今恐ろしく扇情的な顔をしているに違いない。欲情を孕んでいるこの声にすら、ぞくぞくさせられると言うのに。
視界が薄っすらぼやけていることに、ロックオンは少しだけ感謝した。
それから、どのくらい繰り返されたのか、正確にはよく覚えていない。
でも、喉が強烈に渇いて、ロックオンは目を覚ました。
ゆっくりと首だけ動かして隣を見ると、アレルヤが眠っているのが見えた。彼も相当疲れていたのだろう。眠りは深く、起きる気配などないけれど。
ふと、思うところがあり、ロックオンはベッドの上で身じろいだ。
正直、このまま泥のように眠りたかったが、何とか上体を起こすと、アレルヤの額を軽く弾いた。
「ハレルヤ」
そして呼び掛けるのは、もう一人の彼の名前。
「起きてるんだろ、ハレルヤ。出て来いよ」
何となく、確信があった。そして、予想した通り。
「何だよ」
少しの間の後、金色の目が開き、不機嫌そうな声が聞こえた。
「ハレルヤ」
指先を髪の毛に絡ませると、彼は少し眉を顰めた。
「俺だってだるいんだぜ、何か用か?ああ、言っとくがもう俺にお伺い立てなくていいんだぜ、好きにやってくれ」
ひらひらと手を振られて、ロックオンは苦い笑みを浮かべた。
「なぁ、ハレルヤ」
「あ?何だ?」
「お前、俺のこと好きってのは、本当か」
「……」
単刀直入に聞くと、ハレルヤの耳元が少しだけ朱に染まったように見えた。
気のせいか、薄暗い明かりのせいか、確信は持てない。でも。
「俺も好きだよ、お前らが」
返事も待たずにそう告げると、彼は顔を上げ、犬歯を覗かせて笑った。
「後悔…すんなよ?」
「するかよ、バカやろ」
次の瞬間、起こしていた上体が再びベッドに押し倒され、呼吸が止まるほど口内を貪られた。
そうして再び圧し掛かって来た温かさを受け止め、ロックオンはそっと目を閉じて、心地良い気だるさの中に意識を委ねた。
終