甘くて苦いキス




アレルヤの質問から逃れ、早急に部屋に戻って、ロックオンは頭を抱えていた。
彼が、気付いている。うっかり、ハレルヤの名を呼んでしまったからだ。
どうして、あんなことを言ってしまったのか。
あのアレルヤの目。疑惑を抱いていると言うよりは、確信に近い。どうしたものか。

髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜていると、やがて呼び出し音が鳴った。
まさか、アレルヤだろうか。今問い詰められても、上手く返答出来る自信がない。
戸惑っていると、やがて激しく扉が叩かれた。

「いるんだろ?さっさと出て来い、ロックオン!」
「ハ、ハレルヤぁ?!」

荒っぽい声は、アレルヤのものではない。
慌てて扉を開くと、途端、ロックオンは腹部に走った痛みに呻いた。

「うっ!!」
「全く、何やってんだ、てめぇは…!」

乱暴にも足蹴にされたのだと気付いたのは、少し経ってからだ。恐らくかなり手加減したのだろうけど、不意打ちは結構利く。

「ハ、ハレルヤ…か」
「ああ。全く…てめぇが名前なんか呼ぶから、アレルヤのヤツが疑ってるだろうが!いや、あれはバレたぜ。どうすんだぁ?」

嫌味たっぷりになじられ、ロックオンは腹を撫でながら弁解の声を上げた。

「悪い…。けど、仕方ないだろ。アレルヤがあんな風に触るなんて…思わなかったんだからよ」
「言っただろ、あいつは鈍いんだ。今まで気付かなかった自分の気持ちに、ようやく気付いたんだろ」
「……?アレルヤが、何だって……」

ハレルヤの言葉の意味が解からず、ロックオンは目を見開いた。
途端、ハレルヤは心底呆れたような顔になる。

「ったく、鈍いのはお前もか?あいつは、お前のこと好きだぜ。多分な」
「アレルヤが!?」

ロックオンが裏返った声を上げると、彼はますます不機嫌そうになった。

「ああ、そうだよ。それをお前が、ところ構わず色気振り撒くから…厄介なことになるんだろうが」
「なっ、そんなつもりは…!」
「ふん、その割に俺んとこまで届いたぜ」
「……そんな、ことは」

意識はしていない。でも…。アレルヤと二人になると、彼の中にハレルヤを見ていたのは確かだ。
バツが悪そうに視線を伏せると、彼は徐に顎を掴んで持ち上げ、無理やり視線を合わせて来た。

「そんなに良かったかよ、俺は……」
「……っ」

間近で瞳を覗き込まれ、ぞく、と痺れが走った。
ああ、この目だ。取り繕っていた弱さも無様さも、この目に暴かれて晒されてしまう。
顎を強く捉えたまま、ハレルヤは笑みを浮かべた。

「どうする?必要なら、いくらでもいいぜ」

明け透けな台詞に、頬が朱に染まる。けれど、すぐに気を取り直して声を発した。

「アレルヤの…為か?」
「ああ。それに…言っただろ、アレルヤは鈍いってな。俺は知ってたって訳だ、あいつがお前をどう見てたか…」
「ハレルヤ…」
「だから気になったんだよ、お前がどんなヤツか」
「そうか…」

今まで他のクルーの誰とも接触しようとしなかったのに。あの晩の行動は、それが理由か。そして、彼が今ここにいる理由も。
理解すると同時に、何だか妙に納得した。

「まぁ、でも、今は……」
「……ん?」
「いーや、何でも。とにかく、アレルヤが求めて来ても受け入れるなよ、お前にハマっても、辛いだけだ。それに、アレルヤは俺のだからな」
「ああ…。了解だ、ハレルヤ。それでいい…」

間近で覗き込む強い視線を受けて、ロックオンは本心を飲み込んで告げた。
アレルヤ。
彼の優しい目に熱心に見詰められることに、心地良さを感じない訳がない。
でも…。一度曝け出されてしまった弱さも欲望も、もう取り繕うことは出来ないように思えた。
一度深く依存してしまえば、後は流されるように深く嵌まり込んでしまう。
きっと、解かっていたから誰にも寄り掛かりたくなかったのだ。
年上の、物分りの良い男として振舞っていれば、それも永久に避けられたはずなのに。
ハレルヤが、引き出してしまった。
けれど、彼が見ているのは自分ではないと来た。
まぁ、それでもいい。状況なんて、いくらでも変わるものだ。

揺れ動くこちらの内心を見抜いているのかいないのか、彼は嘲けるように唇の端を吊り上げて笑った。
持ち上がった指先がロックオンの髪を撫で、頬をなぞる。
仕草だけは、粗暴なこの男から想像も出来ないほど、優しい。

「駄目な大人だな、ロックオン」
「ああ…、全くだ」

揶揄する言葉に、ロックオンは頷き、自嘲気味に笑った。
そして、頬に触れていた手を捕まえて、ぐいっと引き寄せる。

「知っているのは……お前だけだ」

間際にそれだけ言って、ロックオンはハレルヤに口付けた。
見せ掛けだけはどこまでも甘くて優しい、けれど何の意味も成さない、虚しいキスだ。
お互いを貪るように夢中で繰り返すと、あとは言葉もなく抱き合った。




スキでキライで、に続きます。