慰める
「アレルヤ!アレルヤ!」
機械的な音声で名前を呼ばれ、アレルヤは顔を上げた。
同時に、真っ直ぐ自分に向かって飛んでくるオレンジ色の球体に、目を丸くする。
「ハロ…」
いつもロックオンの側にいるハロが、一人(?)で行動するなど珍しい。
アレルヤが首を傾げている間に、ハロはぴょんぴょんと跳ねながらすぐ側までやって来た。
「どうしたんだい、ハロ…何が…」
「ロックオン!オコッテル!」
「ロックオンが…」
先ほどの光景を思い浮かべて、アレルヤは狙撃手の名前を呟いた。
確かに、先ほどの彼は誰がどう見ても怒っていた。
あんな彼は、初めてだ。
いつも一緒にいるハロまで彼の側を離れるなんて、本当に余程のことなんだろう。
アレルヤがぼんやり考え込んでいると、ハロは何度も跳ねながら急かすように声を上げた。
「アレルヤ、ナグサメル、ロックオン、ナグサメル!」
「え……?」
慰める?
ロックオンを?
「ぼ、ぼくが?無理だよ、そんな…」
両手を上げて尻込みした途端。
「アレルヤ!アレルヤ!」
ガン!!
「いっ!いたた…」
顔面に向けて強烈にダイブされ、アレルヤはハロを受け止めながら小さく呻いた。
「ぼくに出来るかな…。あんなに怒っているロックオンは初めてだよ」
「ナグサメル!ナグサメル!」
「でも…どうすれば」
「オシタオス!オシタオス!」
「ええ?!そ、そんなことをしたら余計に…」
でも。
ハロは彼の一番側にいる存在だ。
もしかしたら、本当なのかも…。
押し倒すと機嫌が直るのか、ロックオンは。
「まぁ、ハロにロックオンを押し倒すのは無理だよね」
だからアレルヤに頼みに?
いや。でも、そんな馬鹿げた…。
アレルヤが戸惑っていると、ハロが再び顔面向けてダイブして来た。
「アレルヤ!イソイデ、イソイデ!」
ガン!ガン!
「い、痛いよ、ハロ。解かった、解かったから、顔は止めようよ」
そんなこんなで。
ハロに無理矢理説得されたアレルヤは、ロックオンの姿を探して砂浜を踏み締めた。
ハロの言うまま進むと、ロックオンはすぐに見付かった。
こちらの姿を認めると、彼はいつもと変わらない笑みを浮かべた。
「何だ、アレルヤ。どうかしたのか」
「あなたこそ…何をしているんです。ハロも連れずに」
「ハロ…」
アレルヤの片手に納まった相棒の姿に、ロックオンが目を見開く。
でも、すぐ事態を悟ったのか、彼は小さく肩を竦めた。
「そう言うことか。全く…余計なお節介を…」
溜息混じりに言葉を吐くロックオンを無視して、アレルヤはずんずんと彼に向けて足を進めた。
「ここから先は…出たとこ勝負だね、ハロ」
「アレルヤ、ガンバレ!アレルヤ!」
「了解…!」
「え、ちょっ、待っ…」
ただならぬ雰囲気に、ロックオンは目を見開いたけれど、もう遅い。
「うわっ!!」
凄い勢いで飛び掛ってきたアレルヤとハロに押されて、ロックオンはしたたかに砂浜に倒れ込んだ。
「な、何すんだよ、お前!!」
目を剥いて怒鳴るロックオンを組み伏せて、肢体の上に馬乗りになると、アレルヤはさらりと返答を返した。
「いえ、あなたが落ち込んでいるんだと思って」
「な、何がだよ!」
「ティエリアにあんな風に言って、本当は後悔しているんじゃないかと…」
図星だったのか何なのか、ロックオンが小さく息を飲む。
それから彼は居心地が悪そうに目を逸らした。
「ガラにもなく怒鳴っちまって、後悔はしてるさ。だが、…この体勢はなんだ」
「ハロに教えてもらったんですよ。あなたを慰める方法」
「は?!」
ロックオンの目が点になる。寝耳に水、と言った顔。
アレルヤは何だか少し楽しくなって来てしまった。
「何かの間違いだ。早く退け、アレルヤ」
「嫌です」
「……は」
「何だか、退きたくない」
「はぁ…?」
「こうしていると、何だか妙な気分に…」
「い、いや、あのな…それどころじゃ…」
不穏になり始めた空気に、ロックオンはぎょっとしたように顔を引き攣らせた。
でも、アレルヤに止まる気はない。
「ロックオン…」
「ま、待て!アレルヤ!」
名前を呼びながら顔を寄せると、ロックオンは慌てて手を持ち上げて、今にも触れそうになっていたアレルヤの顔をバン!と押し返した。
「顔は…止めて下さい。痛いです」
「わ、悪い…」
手の跡がつきそうなくらい勢い良くした為、ロックオンは流石に反省していた。
襲ったのはアレルヤの方なのだけど…。
それもさておいて、赤くなった場所を撫でてくれるロックオンは、もういつもの彼だった。
「ちょっと、待ってろ。今、何か冷やすもの…」
言いながら背中を向けるロックオンに、アレルヤは少し満足そうに微笑むと、腕に抱えたままのハロにそっと呟いた。
「ハロ。本当に元気になったみたいだね、ロックオン」
「ヨカッタ、ヨカッタ」
「そうだね…。それに、ぼくは何かに目覚めそうだよ、ハロ」
押し倒したときの、彼の驚いた顔。
いつもは見ることの出来ないあの表情は、何と言うか…。
嗜虐心のようなものを呼び起こすような。
心の中を読まれたのか何なのか、そこでハロからの突っ込みが入った。
「ヒトデナシ!ヒトデナシ!」
「本当、そうだよねぇ…」
あらぬ方向を見ながら、ふっと唇を歪めたアレルヤの顔に、反省の色はなかった。
終