one's heart




「もう止めようぜ、アレルヤ」

ロックオンが急にそんなことを言い出したのは、気だるい仕草で衣服の袖に手を通している最中だった。
アレルヤも同じ。先ほどまで一緒に寝転がっていたベッドはまだ温かいし、心地良い疲労を残す体は行為の余韻を十分に思わせるのに。
彼の言った言葉を理解するのに、数秒掛かった。
でも、衣服を整えた彼が立ち上がって部屋から出て行くのに気付いて、慌てて白い腕を捕らえた。

「ロックオン!待って」

アレルヤの声に、こちらを見詰めたロックオンの双眸はいつもと変わらない。
先ほどのは、悪い冗談なのだと思わせるほど、優しい目なのに。

「今まで楽しかったよ、それなりにな」

でも、続いて告げられた言葉は淡い期待など打ち砕いてしまった。

「どうして、ですか……」

やっとのことでそれだけ聞くと、ロックオンは自由な方の手を上げてアレルヤの頭を優しく撫でた。

「そう言うことは聞くなよ」
「何も聞かずに、納得しろと?」
「元々、そう言うつもりだっただろ」
「………」

いつ終るか解からない関係だって、ロックオンはそう言った。
でも、こんな急に、一方的に。でも、アレルヤには彼を引き止める良い言葉など出て来なかった。
掴んだ指先から少しずつ力が抜けると、やがて彼はアレルヤの手からすり抜けるようにして行ってしまった。



「ロックオン、どうして……」

ベッドの上に投げ遣りに寝転びながら、アレルヤはぽつりと呟いた。
ハレルヤが、だからあいつは止めておけと言ったのに、と嘲笑ったような気がした。
始まりは、そりゃ他愛もないことだったかも知れない。でも、抱き締めているときは確かに温かさを感じたし、彼と少なからず気持ちが通い合っているように思えたのに。
何の約束もしなかったし、束縛したりもしなかった。でも、それは彼が先ほど言ったように、”そのつもり”だった訳じゃない。いつでも、終らせられる関係。ロックオンは、ずっとそんな気持ちで自分に抱かれていたんだろうか。

―アレルヤ。

組み敷いた自分を見上げ、掠れた甘い声で名前を呼ぶ彼を思い出して、アレルヤは頭を抱えた。

「こんなの……」

こんなことは、納得出来る訳ない。胸の中が苦くて、耐えられない。
どうしてもそのまま諦められなくて、アレルヤは翌日彼の部屋を訪ねた。
扉を開けた彼は、アレルヤの姿を見ると溜息混じりに声を上げた。

「どうした、もうヤれねぇって言ったろ」
「そのつもりがないと、部屋には入れてくれないんですか」
「当たり前だろ」
「……っ」

冷たい言葉に、ずき、と胸が痛む。
どうしてそんなことを言うのだろう。まるで、わざと突き放しているような感じだ。
そこまで、自分との関係をなかったことにしたいのだろうか。なかったことになんて、出来るはずないのに。

「あなたって人は……」

自分でも驚くほど低い、静かな声が喉の奥から出た。
ゆっくりと一歩足を進めて、彼の腕を取り上げる。

「ぼくを弄んで、楽しかったですか」

ぎり、と力をこめると、彼はハッとしたように息を飲んだ。

「やめろ、そんなつもりはねぇ」
「じゃあ、どうして!」

ぎゅっと、痛いほど腕に力を込めると、ロックオンは整った顔を歪めた。
悩ましげに寄せられた眉根が、いつもアレルヤが組み敷いているときの顔と、一瞬重なった。
そう感じた途端、頭に血が昇る気がした。

「い、っ……」

気が付いたら、ロックオンの小さな呻きが聞こえて、アレルヤは彼をベッドに押し倒していた。
遮るもののなくなった扉が、シュンと音を立てて閉じる。
二人きりになった部屋で、アレルヤは彼の上に圧し掛かり、抵抗出来ないように二の腕を押さえ付けた。

「アレルヤ!」

咎める声に耳を貸さず、アレルヤはそっと彼の耳元に唇を寄せた。

「ロックオン、酷い人だよ、あなたは」

本当に酷い。
そう解かっているなら、引けばいい。拒絶されているのだ、踏みとどまる理由なんてない。
なのに、思考に行動がついていかない。
そのままシャツを捲り上げて白い肌を露にすると、もがいていたロックオンは急に大人しくなった。

「なら、お前の好きなようにしろ」
「……!ロックオン!」
「気が済むまでヤっていいぜ、どんなに酷いことでもな」

開き直ったような台詞に、熱くなっていた頭の中が一気に冷めた。

「ロックオン、そんな…」

そんなこと、したい訳じゃないし、出来るはずない。
アレルヤがそんなことをする訳ないと解かっていて、ロックオンはこんなことを言うのだ。
悟ると同時に無性に悲しくなった。

「そんなこと、出来ないよ」
「意気地がないんだな」
「……」

穏やかに発せられる言葉に息を詰める。何だか、ロックオンは投げ遣りな感じに見えた。
そのまま、何も言えずに黙り込んでいると、やがて彼はふっと深い溜息を吐いた。
それから、ゆっくりと首を振って、視線を逸らした。

「いや、違うな。お前は優しいんだよな」
「……?」
「お前のそんなとこが、ときどき、どうしようもないくらい息苦しくなるんだよ」
「…ロック、オン」
「お前といると、息苦しい。理由は、それで十分だろ」
「………」
「もう離せよ、痛いだろ」
「……あ」

ぎゅっと押さえつけていた場所から力を抜くと、ロックオンの白い腕はアレルヤの指先から擦り抜けて行った。力を込め過ぎたせいか、赤くなった肌に、アレルヤは焦って声を上げた。

「す、すみません、痕に…」
「大丈夫だよ、こんくらい。お前といることに比べればな」
「……ロックオン」

胸の痛む言葉を吐いて、彼はそのまま起き上がると、自分に背を向けてしまった。
それ以上、何か言葉を掛けることは出来なくて、アレルヤは黙ってその背中を見詰めていた。
でも、拒絶の言葉より何より、頭の中に木霊しているのは先ほどの彼の台詞だった。
どこか力が抜けたような物言い。まるで、ふっと零れ落ちてしまった本当の気持ちのような。
その言葉だけが、初めて聞いた彼の本当の心であるような気がした。
いつも気さくで、誰にでも優しい彼の、心の弱さ。何となく、そんな気がした。
それを見られたくなくて、彼はアレルヤから離れた。
ハレルヤに言ったら、何を甘いことをと一蹴されるかも知れないけれど。

「解かったよ、ロックオン」

唐突に、そう声を掛けると、彼の背中は反応するように小さく揺れた。

「なら、もう行けよ。こう言うことは、これきりだ」

そう言いながら振り向いた彼の顎を捉えて、アレルヤは強引に唇を寄せた。

「ん―っ?!」

突然の、思ってもみなかった行動に、ロックオンの双眸が大きく見開かれる。
ひゅっと息を吸い込んだ喉が小刻みに上下する。

「んっ、んぅ…、っ…!」

我に返ってもがき始めた抵抗を一蹴して、アレルヤは柔らかい舌の感触を愉しんだ。
いつもしているように、優しく吸い上げながら、舌を絡める。
濡れた音が聞こえて、乱れた呼吸が少しずつ唇の隙間から漏れ始める。
いつもこうしていると、頭の奥は心地良い痺れでいっぱいになった。

「…っ、お前、何を…!」

ようやく解放すると、彼は濡れた唇を手の甲で拭って、乱れた吐息を吐いた。
いつもは飄々としていて、本気で動じることなどないのに、酷く困惑に揺れている目が、アレルヤの胸の奥を熱くする。

「あなたは言ったじゃないか、どんなに酷いことでもしていいって」
「……?」
「だからぼくは、あなたから離れない。それがあなたにとって苦しいことでも、あなたとの関係を終らせたりしない」
「アレルヤ…」

ロックオンが息を飲む音が、アレルヤの耳元にまで聞こえた。

「あなたが嫌だって言っても、今のぼくには、あなたが必要なんです」

再び両手で捉えると、アレルヤはぎゅっと彼の体に腕を回した。
抱き締めると、ロックオンの上体はすっぽりとアレルヤの腕の中に納まった。
アレルヤにとっては、何度抱いても手の届かない遠くにいるような、大きな存在だけど、こうして手を伸ばせば抱き締めることが出来るし、逃げないように捕まえておくことも出来る。
アレルヤが抱き締めたまま離さないでいると、やがてロックオンは力を抜き、諦めたように長い吐息を吐いた。

「何で……お前はそうなんだよ」
「すみません」
「言っただろ、お前のそう言うところが息苦しくなるって」
「ええ、解かってます」

ずき、と胸が痛んだけれど、アレルヤは彼の言葉を穏やかに受け止めた。
何と言われてもいいと思っていたし、抵抗されても離さないつもりでいた。
けれど、彼はそれ以上拒絶することはせず、力なくアレルヤの肩口に顔を埋めた。

「けど……」
「……?」

ふと、先ほどと同じように、呟くような声が上がる。
独り言のようなその声を聞き逃さないように、アレルヤは思わず息を詰めた。

「けど、そう言うところが…、どうしようもなく好きでもあるんよな」
「ロックオン!?」

耳元で囁かれた声にアレルヤは顔を上げ、片方の目を見開いた。
目の前には、少し困ったように笑っているロックオンの顔がある。
彼は観念したとでも言うように肩を竦め、それから自分の方からアレルヤに凭れ掛かって来た。

「お前には敵わないな、アレルヤ」
「ロックオン」

どく、と鼓動が跳ねる。きっとこれは、さっき零れ落ちた彼の本音の続きだ。
彼はそれを、アレルヤに再び曝け出している。
しかも、好きだなんて。

「ロックオン、それ、本当に?」

何だか信じられなくてそう言うと、彼は不貞腐れたように顔を逸らしてしまった。

「バカやろ…、当たり前だろうが」
「ご、ごめん……」

そう言いながらも、思わず笑みが浮かんでしまう。

「じゃあ、もう…止めようなんて言わないよね」
「どうせ、言っても聞かねぇだろ、お前は」
「そうだね……」

その言葉にホッとすると、未だ顔を逸らしたままのロックオンの顎を捉えて、アレルヤは強引にこちらを向かせた。

「ロックオン」
「アレルヤ、ん…っ」

ぐっと唇を押し付けると、彼の柔らかい唇をじっくりと味わう。
徐々に口付けを深くしていくと、やがてロックオンの手がゆっくりと持ち上がって、アレルヤの背中へと回された。

(ロックオン……)

胸中で名前を呼ぶと、頭の奥が熱くなった。ようやく彼を本当に捕まえた。そんな気がした。
そう思うと、じくじくと胸の中を蝕んでいた痛みはすっかりと治まって、代わりに甘い痺れと熱い欲求が体中に溢れていた。