Operation Mindその後。微妙な薬ネタ。
おまけ
ふと、隣にいた人物が起き上がる気配がして、ロックオンは目を覚ました。
「あ、すみません。起こしちゃいました?」
「ああ、いや…」
隣にいた人物―アレルヤがすまなそうに言う言葉に、ゆっくりと首を横に振る。起き上がろうとすると、酷い気だるさを感じた。頭がぼんやりしている。何がどうなったんだか。
確か。このところ暫く忙しくて、なかなかここへ顔を出せなくて。ようやく時間が出来て部屋を訪ねたら、入るなり押し倒されて事に及んだ…のは覚えている。でも、そこからの記憶があんまりない。体の様子を探るように少し動くと、下肢の辺りがずきっと痛んだ。
「ロックオン…?具合でも、悪いんですか?」
「ああ…だるいよ、凄くな」
本当にだるそうに答えると、アレルヤがそっと手を伸ばして、ロックオンのブラウンの髪を撫でた。軽く髪を掻き混ぜられて、その場所もズキズキ痛むことに気付く。
「うっ、頭も…いてぇな」
はぁ、と溜息を吐きながら言うと、アレルヤは小さく肩を竦めた。
「大丈夫ですか?結構デリケートですよね、先生は」
「…悪かったな」
誰のせいだ、と言いたいのを、ロックオンはぐっと堪えた。言い争いをする元気はもうない。それに、呼び方が戻っていることに突っ込みを入れる気にもならない。生徒であったアレルヤとこう言う関係になったのは、少し前のことだ。夏休みはとっくに終わって、家庭教師なんかももう辞めてしまったけれど、この大きな家には度々足を運んでいる。けれど、休み中と違って、そんなに頻繁に来れる訳じゃない。だからなのか何なのか、最近、行為の最中アレルヤはあんまり加減してくれない。どこにそんな激しさが潜んでいるかと思うほど。今だって、こうしてロックオンを見下ろしているアレルヤは、あくまで穏やかで少し気弱にすら見える。だからこそ、始めは自分だって油断していたのだ。今では、そんなことにもすっかり馴染んでいる自分も、信じられないけれど。
そこまで考えて、ロックオンはもう一度深い溜息を吐き出した。酷く憔悴しきったその様子に本当に心配になったのか、アレルヤは服を羽織りながら、部屋の隅のデスクを指差した。
「引き出しの中に鎮静剤が入っていますから、良かったら飲んで下さい」
「そうするよ、悪いな」
「じゃあ、ぼくは先にシャワーでも浴びて来ます」
「ああ、解かったよ」
蚊の鳴くような返事を返した後、ロックオンは再びベッドに顔を埋めた。アレルヤの匂いがするベッド。でもいつの間にか自分の体温も馴染んでいる。
ああ、本当に…何でこんなことになったんだ。そう思った途端、また強い眠気が襲って来て、ロックオンは無理に起き上がった。アレルヤが帰って来るまでに、服をちゃんと着なければ。こんなあられもない格好でいるのを見られたら、また何がどうなるか解からない。しゃきっとしたい。けれど、強引に体を起こすと頭がズキっと痛んだ。
「……っ」
思わず呻いて、こめかみを押さえ込む。そう言えば、薬があると言っていたような…。アレルヤの言葉を思い出して、ロックオンはデスクの引き出しを探った。
薬の袋。どこだろう。一緒に使っていた参考書などに混じって、ばらばらと女の子の名刺などが出て来たことにぎょっとしつつも、見なかったことにして引き出しの中を漁る。きっと、ハレルヤ。もう一人の彼のものだ。あのときだって、夜の街をうろつていたのも彼だし。そんなことを思いながらごそごそと探していると、ややして、目当てのものが目に留まった。
「これか?」
あまり見たことのないような、半透明の袋に入った粉薬。どこのメーカーだろう。けれど、他にそれらしいものは見当たらないから、間違いないだろう。
一刻も早く鈍い痛みから解放されたかったので、ロックオンは深く考えずに薬の封を切ってそれを飲み干した。甘いような苦いような、妙な味。流し込んだ水で綺麗に飲み干すと、ぐい、と白い手の甲で唇を拭った。
それから、数分後。異変に気付いたのは、だるい仕草で衣服を掻き集めて、シャツを身に纏い。それからベルトを手に取った時だった。
(……ん?)
何?何だろう。気のせいでなければ、呼吸が心なしか乱れているような…。それに、脈拍も、早い。どうして、急に…。そうこうしている内に、気だるいような甘い痺れが体の奥から湧き上がって来て、ロックオンは慌てた。
(な、んだ…これ…っ)
力が上手く入らないし、明らかに可笑しい。握り締めていたベルトが指から抜け落ちると同時に、再びベッドに突っ伏してしまった。そこで、タイミング良く扉の開く音が聞こえる。アレルヤが戻って来たのだと理解するまで、数秒時間が掛かった。未だベッドに力なく横たわっているロックオンに、アレルヤも少し驚いたようだった。いつもなら、こう言うとき、しっかりと衣服を整えているのに。
「ロックオン?どうか…」
言い掛けた言葉が、ぴたりと止まった。彼も、こちらの異変に気付いたのだろう。
「どうしたんです、ロックオン」
「な、何でも…ねぇよ…」
咄嗟にそう答えたものの、あの疼くような痺れはますます込み上げる一方で、治まる気配もない。このままでは、まずい。何とかして起き上がろうと力を込めた腕が、アレルヤの手に掴まれた。
「……ぁっ!」
途端、触れられた場所に電気のような痺れが走って、ロックオンはぎゅっと目を瞑った。何だと言うのだろう。ただ、普通に掴まれただけなのに。
「ロックオン…?」
続いて、戸惑うような声が降って来る。
「アレ…ルヤ」
掠れた声で名前を呼んで顔を上げると、息を飲んでこちらを見詰める彼の目と視線が合った。大きく見開かれた目に宿っているのは、驚きと、好奇心。それから、こちらの痴態のせいか、再び煽られてしまった欲情だ。
「もしかして、足りなかった?」
「ち、違う!」
彼のとんでもない言葉に、カァッと頬が朱に染まる。でも、こんな状態ではどう取られても仕方ない。掴まれたアレルヤの腕を跳ね除けることさえ出来ない。頭が重くて、息が乱れる。
「な、何だか…体が重いだけだ。何でも…ない」
「何でもって、そんな。とてもそうは見えませんよ」
「だから、本当に、何でも…っ」
とにかく、腕を離してくれ。そう言おうとする声が続くアレルヤの言葉に遮られた。
「あ…。これ…」
「……?」
呟いた彼の視線の先には、先ほど飲み干した薬の袋がある。
「もしかして、これ…飲んじゃったんですか?」
「…は…?」
彼の言葉に、何だか変な汗が浮き上がる。とてつもなく嫌な予感がする。そうだ、どう考えても、あの薬を飲んだときから可笑しいのだから。
「な、何なんだよ、この薬は!鎮静剤じゃなかったのか!」
「いえ、これは…ハレルヤが誰だかから貰って来たって言うか…。でもまさか、本物だなんて」
「はぁ…?!」
(何を…飲まされたんだ、俺は?!)
「まぁ、早く言ってしまうと、媚薬の一種と言うか…」
「な……っ」
(び……)
媚薬?!
信じられない台詞に、ロックオンはグリーンの双眸をこれ以上ないほど丸くした。
「お、お前が言ったんだろうが!引き出しの中に入ってるって…!」
「いえ、でも…この他にももう一つあったはずですよ。気付かなかった…あなたが悪いですよね…」
「な、な、何……」
「それにしても、こんなに効くなんて…。ハレルヤに聞いたときは半信半疑だったんですけど…」
「……っ!」
そう言いながら、アレルヤの視線がロックオンの肢体に向けられる。羞恥を感じて、逃れるように身を捩ったけれど、すぐに腕を掴まれて体を引かれた。直後、受身を取ることも出来ずに、ロックオンの体は思い切りベッドに背を付いた。
こんなに簡単に!あり得ない。なんて屈辱だろう。
「アレ…ルヤ!…んっ」
上げようとした抗議の声が、彼の唇に塞がれて途切れる。
「ん、…んんっ」
圧し掛かるようにして動きを封じられ、恐怖に似た感情がじわりと浮き上がった。首を振って逃れようとすると、ますますキスは激しくなる。顎を掴まれて、もう片方の手でブラウンの髪を乱暴に握られて。目を見開くロックオンに、アレルヤは容赦なく深いキスを続けた。熱い舌先が口内に潜り込んで来て、息苦しさと同時にぞくりと背筋に痺れが走る。肌が粟立つ感触に、焦りが生まれる。
感覚が、敏感になっている…?それも、酷く。
「ん……、ぁっ!」
胸元を弄られて、満足に動かないはずの体がびくりと跳ね上がった。
「凄い、先生…」
「…っ、もう止めろ、アレルヤっ!」
「無理ですよ、そんなの」
目を上げると、驚くほどに熱を帯びた灰色の目が見えて、ドキリとする。彼の気が異様に昂ぶっているのが解かる。その温度に飲み込まれてしまいそうで、ロックオンは何とか逃げ出そうと努めた。けれど、中途半端にもがくことは、彼をいたずらに刺激するだけのようだった。その内、胸元を撫でていた手が脇腹を伝って下へと降りて来る。続く行為は、簡単に予想出来る。早く逃げなければ。でも、体が上手く動かない。抗う間も無く下衣が引き摺り下ろされて、短く息を飲んだ。反射的に閉じようとした足が、逆に左右に割り開かれてしまう。
「い、嫌だ!よせ!アレルヤ!」
「大丈夫、いつも通り丁寧にします」
「……おま、え!」
実際に、彼とは何度も経験があるけれど。こんな状態で好きにされるのは、良い気分な訳ない。でも、彼は止まる気配など微塵もなかった。
「あっ…!」
敏感な場所を弄られて、体が勝手に反応を返してしまう。更なる刺激を求めて腰が震える。きつく噛み締めたはずの唇から、掠れた声が漏れる。
「んっ、ぅ…は…っ!」
「いい声、ですね…先生」
―いつも、こうならいいのに。
揶揄するような言葉に、反論する力も残っていない。力なく項垂れたまま、強過ぎる快感に必死に耐える。やがて、膝の裏に手が回って力を込められ、ロックオンはハッとしたように目を見開いた。
「アレルヤ!ん…っ!」
抗議の声を無視して、アレルヤの指が後ろに潜り込んで来た。力が抜け切っているせいか、いつもより楽に受け入れることが出来るけれど。彼の指が蠢く度に乱暴に這い上がる感覚に、どうにかなってしまいそうだ。
「ぐっ……!」
やがて。引き抜かれた指先の代わりに、彼が中に侵入して来て、ロックオンはくぐもった悲鳴を上げた。続いてゆっくりと腰を揺らされ、痺れるような快感が沸き上がって来る。もう、思考を巡らせるだけの気力は残っていない。早く終わって欲しいと思うのに、アレルヤは焦れったく腰を揺らすだけで、もどかしい刺激に四肢が引き攣る。中途半端に快楽を与えられ、ロックオンは必死で首を打ち振った。
「んぅ、う…ア、レルヤ!よせ、こんな…っ」
非難の籠もった呼び声に、彼はそっと口元を緩めた。
「先生がいけないんですよ。最近ずっと、ぼくのことなんて忘れたみたいに…たまにしか来ないから」
「え、あ……」
こんなときに、何を。恨み言を言おうと顔を上げると、至って真剣な目と視線が合った。
(こいつ、本気だ…)
弁解しないといつまでも解放して貰えないと悟り、ロックオンは必死で声を上げた。
「し、かたない、だろ!俺だって、色々…忙しかったんだよ!」
「そうですよね…。解かってますよ、頭では…」
「ア、アレルヤ…っ」
やっとのことで告げた言い訳はやんわり拒絶されて、ぐっと言葉に詰まる。何となく、こんなアレルヤには覚えがある。ハレルヤの言ったことを鵜呑みにして誤解して、強引に行為に及んだときだ。と言うことは、今も、かなり…怒っているんだろうか。
「じゃあ、どうすりゃ、いいんだよ…!」
とにかく切羽詰った声を上げて交渉を試みる。余裕のない台詞に、アレルヤは何だか満足したような笑顔を浮かべた。
「そうですね。いっそ…ここに…住むとか?」
「え、…あ…」
(な、何だってぇ…?!)
「嫌ならいいんですよ、別に…」
「あっ…!わ、解かった!解かったよ!」
「本当ですか?良かった、ロックオン」
途端、アレルヤはパッと顔を輝かせた。心底嬉しそうな、無邪気にも見える、笑み。
「本当に、ここに住む?」
「ああ、本当、だ…!」
「じゃあ、約束ですよ」
「解った、解った…から」
「了解…です」
アレルヤが頷き、嬉しそうに微笑すると同時に、意地悪い刺激も止んで、ホッと胸を撫で下ろす。
上手く、乗せられている。そんな気がしてならない。でも、それでもいいのかも知れない。
これ以上、何か無理な要求をされないことを、祈るのみだけど。
そんなことを思いながら、ロックオンはようやく強張った体から力を抜いた。
とにかく荷物のこともあるし、用事もあるしと―ロックオンが慌しく帰って行った後。静かになった部屋で、アレルヤは再びそっともう一人の自分に話し掛けていた。
「鎮静剤なんて持ってたのかって?ああ、勿論だよ…ハレルヤ」
「まぁ、引き出しの中に入っていたかどうかは、解からないけどね」
鏡に向き合ってそんな呟きを漏らすと、アレルヤは少しだけ人の悪そうな笑みを浮かべた。
「ロックオンには…内緒にしてよね、ハレルヤ…」
終