Pathos2(A)




話があるのだと呼び止められたとき、何を言われるのか想像は付いていた。
笑顔の消えた顔は真剣そのもので、怖いとすら思える。
でも、解かっていれば、何も畏怖など感じない。

「この前のことは、なかったことにしてやるよ」
「……」
「だから、もう忘れようぜ、お互いな」

案の定。
聞こえて来たのは予想していた通りの台詞だった。
―この前のこと。
彼を半ば無理矢理抱いて、壊してしまおうと思ったときのこと。
でも、そんな愚かしい行為を、彼は綺麗に忘れてくれるのだと言う。
本当に、よく出来た男だ。

「そう言うと思いましたよ……」

だけど……。
静かな声で告げると、アレルヤはふっと口元を歪めた。

「ぼくは…忘れる気なんてありませんよ」
「アレルヤ?」

怪訝そうに彼の目が揺れる。
不安と困惑が、表情に影を落とす。
忘れるだなんて、そんな残酷なことを言うくせに…。
徐に手を伸ばして、アレルヤは白い腕を捕まえる。
ハッとしたように濃い碧の双眸が見開かれ、彼が息を飲むのが解かった。

「甘いですよ、ロックオン」
「……!は、なせ…!」

振り解こうとする腕に、更に力を込め、すぐ側まで引き寄せる。
温かい気配が近付くと、彼の吐息の音まで耳に届いた。

「あなたが何を言おうと、どう思おうと……ぼくがあなたを抱いたことが、消えるわけじゃない」
「……っ」

低く耳元で囁くと、びく、と体が強張る。
捕まえた手首、肌の下で彼の鼓動がどくどくと早まっていくのが、文字通り手に取るように解かる。
怯えているのか、あの屈辱を思い出したのか。
震える手首を口元まで寄せて、アレルヤは脈打つそこに唇を押し付けた。

「アレルヤ…っ!」
「駄目ですよ、逃げようだなんて…」
「……ん、ぅっ」

他の誰かのものになるだなんて、許さないと思ったのだから。
そのまま引き寄せて唇を塞ぐと、ロックオンは小さく呻いて、それからアレルヤの手の中で大人しくなった。



部屋へ誘うように手を引いても、彼は抵抗しなかった。
ただ、時折思い出したように振り解く仕草を見せるだけ。
そんな微弱な抵抗も、アレルヤが力を込めればすぐ一蹴してしまえた。
誰かに見られたら…。
彼の頭の中にあるのは、そのことだけなのだろう。
その誰かとは、特別な一人だ。
そう思うと、彼を捕まえている指先にも必要以上に力が籠もった。

「あっ……、アレルヤ!駄目だ!」

部屋に着くなり腰を抱き寄せて、衣服を緩める。
あちこちに口付けを落として滑らかな肌の上を愛撫すると、ロックオンは必死に身を捩った。

「なぜですか。今更でしょう?」
「っ、お前…っ、ん…ぅっ!」

体を寄せ、顎を捕らえて唇を塞ぐ。
呼吸も言葉も飲み込んで、舌を捩じ込む。
必死に逃れた彼は、切羽詰った声を上げた。

「やめろ、こんなことをしても…!」
「嫌なら、噛んでいいですよ…この前みたいに」
「アレルヤ!」
「もっと強く…容赦しないで」
「んう、…うっ」

それが出来る人ではないと解かっている。
舌を捩じ込んで、滑らかな口内を味わいながら、アレルヤはじっくりと彼を暴いていった。
二度とあんなことを言わせないように。
忘れるなんて、出来るはずがないのだと、もう一度この体に刻み込んでしまおう。



「は、は…ァ、あ…」

短く吐き出されるロックオンの吐息が、甘い。

「アレルヤ、よせ…もう…」

拒絶の言葉を吐くくせに、彼の抵抗は酷く弱い。
半ば無理矢理重ねた体の関係は、彼の中に妙な後ろめたさを生んでいるのだろうか。
他の誰かに思いを抱いているのに、アレルヤを跳ね除けることが出来なかった。
それは、彼の迷いと、残酷な優しさと…。
だからアレルヤはそこに付け込んで、腕の中の人が軽く眩暈を起こすまで、キスをし続けて、その体を半ば無理矢理愛撫した。
中へ差し入れた指を最後まで抜かず、ぎりぎりのところでぐるりと回すと、組み敷いた腰が跳ね上がった。

「んっ、んぅ…っ!」

ぎゅっと噛み締めたはずの唇から、僅かに漏れる声。
アレルヤはこの声が堪らなく好きだった。

「ロックオン…綺麗だ、すごく」
「よ、せ…見るなよ」

微かに上がる声。
とっくに余裕などなくしてしまったのか、恍惚に揺れる表情は、思わず息を飲むほど艶やかだ。

「あ、ぅ…っ!」

いっぱいまで広げられた場所に、もう一本指を押し込む。
指の腹で優しく撫でながら、ゆっくりと内壁を擦りあげると、ロックオンは両足を引き攣らせてあられもない声を上げた。

「気持ちいい…?」
「ん、く…ぅ…っ」

聞かなくても解かるのに、敢えて尋ねるのは、彼の羞恥を煽るためだ。
こうして、彼を限界まで乱れさせ、卑猥な言葉で追い詰めて鳴かせてはいるけど。
本当に溺れているのは、自分の方だから。

「アレ、ルヤ…、アレルヤ…」

うわ言のように繰り返される呼び声。
ただ、何の意味もなく上がっているだけなのに、行為の最中だと言うだけで、それには熱が籠もり、痺れるほどの甘さを含んでいる。
この声に、酔っ払ってしまいそうだ。

「ロックオン…」

いつの間にか彼に溺れ過ぎて、息の仕方も忘れてしまいそうだ。
文字通り息苦しさを感じる中、アレルヤは白い二の足を掴んで、左右に広げた。

「や、め…、ぁ…っ!」

ぐっと容赦なく侵入すると、ロックオンは悲鳴のような声を上げ、白い喉を仰け反らせて喘いだ。
少しずつ、動きを早めて、程よく締まってくる中を突き上げる。
もう、ロックオンの口からは、意味を成さない言葉しか上がらない。
ここまでして、ようやく少しだけ安堵する。

「ロックオン…」
「…ッ、ん…」

この行為に意味なんてない。
ロックオンの気持ちは、ここにはない。
一体、どんな思いでいるだろう。
抱いていた愛情を踏み躙られ、口に出すことも出来ず、アレルヤに体を蹂躙されて。
それなのに、快楽と背徳感に酔う彼の顔はどこまでも綺麗で、まるで自分だけが穢れていくような気がする。
それでも、彼を抱いた後に込み上げるどんな虚しさも罪悪感も、今の高揚には敵わない。

「ロックオン…」

腰を打ち付ける速度を早めていくと、ロックオンは狭いベッドの上で堪らないように身を捩った。
やがて、びくっと体が強張り、彼のものが弾けて下肢を白く濡らした。
それでも容赦なく腰を使うと、ロックオンは首を振って背中にしがみ付いて来る。

「アレ…ルヤ!や、ァ…よせ…!」

ぎゅっと掴まれ、背中の皮膚に爪が食い込む。
引き攣る内壁が、アレルヤにも堪らない快楽を齎す。
堪らない、背徳の味だ。彼も自分も、それに溺れていくだけだ。

「あなたが、好きですよ」

きっと、誰より…。
そっと囁くような声で告げると、アレルヤはいっそう強く彼の肢体を抱き寄せた。