Pull Me7
やろうなんて、言うべきじゃなかったかも知れない。
「ん…、ぅ」
浴室の壁に押し付けられて、強く唇を塞がれている状態で、ロックオンはぼんやりとそんなことを考えていた。
緩められた衣服の隙間から潜り込んだ手が、肌の上を痛いほど探って確かめるように蠢く。
キスも、息が苦しくなるほど熱烈で、絡めた舌先が痺れを訴えているのに。アレルヤは止めようとしない。
それどころか、先に進もうともしない。ただ、こうして体を愛撫してキスを続けているだけだ。
シャワーだって、きちんと浴びるのかと思ったのに、乱れた衣服の上に生温い湯がいたずらに滴り落ちているだけだ。衣服を脱がせる余裕もない。そんな感じだ。
どうして、アレルヤはこんな風に自分を求めて来るのだろう。
考えてみたところで、解かるはずもないけれど。
緩やかに流れる湯が、ロックオンの白い肢体の上を伝って、足元へと滴り落ちた。
浴室の壁にぐっと押さえつけられた腕が痛むけれど、訴えるタイミングを逃してしまった。
彼の、アレルヤの行為はまるでこちらの内面までも暴いてしまうような気がする。
縋るような銀色の目は、ずっとこちらを見据えて離さない。
そんなに見張っていなくても、逃げ出したりしないのに。
「んっ…、ふ、ぅ…」
慣れていないせいか、緊張の為か。不自然に力の籠もった指先が肌を滑る度、妙な息苦しさが込み上げて、ロックオンは酸素を取り込むように唇を開いた。
途端、乱れる呼吸まで塞がれて、きゅっと眉根を寄せる。
「……んっ、ぅ」
始めは優しく吸い付くように触れていたのに、段々と口内に捩じ込まれた舌が執拗に絡み合って、息をするのも困難だ。唇を奪われただけなのに、既に犯されているような感覚に陥って、その感覚に頭の奥が痺れた。
押さえ付けられた手首のせいで、既に白い肌は血の気を失っている。
それでも、アレルヤは夢中でキスを続けている。
目を閉じてしまうと、引っ切り無しに聞こえて来る水音が、シャワーのせいなのか、こうして交わしているキスのせいなのか、解からなくなった。
どれだけそうしていたのか解からない。
ひょっとしたら、もうずっとこのままでいるのかと、そんな錯覚に陥っていたけれど、駆り立てられたアレルヤの欲求が、それだけで終るはずない。
「ロックオン」
耳元で濡れた声に呼ばれ、ロックオンはそれだけで小さく身じろいだ。
肌の手触りを確かめるように這っていた指先がゆっくりと下肢へと降りて来て、びく、と身が強張る。
「アレ、ルヤ…っ」
戸惑うように呼び声を上げて、固く閉じたままだった目を開くと、いつにも増して欲情に濡れた目がじっと自分を見詰めていた。
一瞬、視界に飛び込んで来た濃い色の髪の毛から、ぽろぽろと零れ落ちる水滴に目を奪われる。
銀色の目がゆっくりと瞬いて、それから耳元へ寄せられた唇がそっと名前を呼んだ。
「ロックオン」
「……っ」
先ほどよりも強く、ざわ、と全身の毛が総毛立つような感覚が走る。
何か言おうと目を上げた瞬間、ぐい、と後孔に彼の指先が潜り込んで来た。
「く……っ!?」
走り抜けた痛みに苦痛の声を漏らすと、指先は躊躇するように一度動きを止めたけれど、またすぐにゆっくりと動き出した。
「お、まえ……」
声が震えないようにするだけで、既に精一杯だ。
何度もこうされているのに、これは、いつもと違う。この先の行為を想像するだけで、軽い眩暈がして足が震えてしまう。
指先がぎこちなく蠢いて中を掻き回す度に、痛みに混じって僅かな快楽が痺れるように這い上がる。
「大丈夫。ちゃんと丁寧にしますから…怖くないですよ」
「な、にを…言って…」
こちらの緊張を解すためなのか、アレルヤは突然そんな台詞を吐いて笑ってみせた。
悪戯っぽい囁き。アレルヤに、フォローしてもらうなんて。
あまりに余裕がない自分に気付いて、鼻先で笑い飛ばそうとしたのに…語尾は漏れた吐息に混じって消えてしまった。
アレルヤが顔を寄せ、滑らかな白い首筋に噛み付く。
「ん……ッ」
鋭い痛みすらじわじわと甘い快楽に還元されて行き、きつく眉根を寄せて耐えた。
「う…、く…っ」
今更だけど、彼にこんな姿は見られたくない。ずっとそう思っていたのに。
でも、アレルヤに触れていると、そんな思いとは裏腹に、どんどん思考が溶かされて行く。
壁に背を付い凭れ掛かっていても、足が震えて上手く立っていられない。
どうして、こんな風に真っ直ぐに求めて来るんだろう。彼は自分に何を期待して、どうしろと言うんだろう。
そして、自分はどう応えてやれば良いんだろう。解からないままで、体だけが開かれて行く。
そこまで思い巡らした時、不意に指先が乱暴に出て行った。そのまま片方の足が掴まれ、ぐい、と持ち上げられる。
「アレルヤ…っ」
続く行為が容易に想像でき、ハッと息を飲む。
無意識に咎めるような声を上げると、彼の口元がふっと綻び、柔らかい笑みを浮かべるのが見えた。
「もう、遅いですよ」
「……っ、ア」
アレルヤ、と言おうとしたけれど、最後まで声にならなかった。
「あッ、ああ……っ!」
直後、先ほどとは比べようも無い衝撃が襲って、呼び声は悲鳴に摩り替えられた。アレルヤのものが、戸惑うことなく身を割り開いて侵入して来る。
「ひ…、ぅっ」
内側から酷く熱いものに体を焼かれているようだ。
悲鳴を殺すだけで精一杯なのに、容赦なくぶつけられる激しさに足元が揺らぐ。
ロックオンが崩れ落ちそうになっているのに気付いて、アレルヤが逞しい腕で腰を抱え直した。
一端体が浮き上がって、そのことで更に深く彼を受け入れることに繋がる。
「く、ぅ…は…っ」
奥底まで犯されるような感覚に喉の奥で呻くと、まるで煽られたように彼の動きが激しくなった。
一突きされるごとに、駆け上がる痺れは強くなる。内壁は浅ましく収縮してアレルヤを締め付け、彼も夢中になってロックオンの体を貪った。
「ああ、……あッ!」
やがて、喉を仰け反らせて発した声は、自分でも耳を覆いたくなるように掠れていた。
アレルヤが中で達した瞬間に、自分も引き摺られるように弾けてしまった。
呼吸が乱れて、早く鳴り過ぎた鼓動の音が煩い。
もう解放されたくてもがくと、先ほどよりも強く腰を抱かれた。
再び彼が、ぬめりを帯びた中で動き出すのに気付いて、緩く首を打ち振る。
「はッ、ァ…、よせ、も…無理だ」
「でも……」
「駄目だ、本当に」
「よくは、なかったですか」
「い…や…、そう言うことじゃ…ねぇ」
「……?」
ただ、戸惑っている。
彼に応えたいのに、どうして良いのか解からないなんて。
押し返すように腕に力を込め、ロックオンは首を左右に振った。
「やっぱり、駄目だ、アレルヤ」
「ロックオン?」
「こんなことしても、何にもならねぇ」
「……?」
「俺はお前に、どうしてやりゃいいのか…解からねぇから」
「……」
消え入りそうな声で告げた台詞を、アレルヤはただ黙って聞いていた。
長い沈黙。
貫かれたままの体はまだ熱くて、到底収まりそうにない。
アレルヤを欲しがって、卑猥に蠢く内壁も、自分ではどうしようもない。
けれど、待っていれば、彼はそのままロックオンの体を解放するものだとばかり思っていたけれど。
少し黙り込んだ後。
アレルヤは小さく吐息を吐いて、ぽつりと呟いた。
「そんなこと、ですか」
穏やかな口調で告げられて、目を上げる。
視線が合うと、彼は優しいのに悲しそうな、何とも言えないような笑顔になって、それからゆっくりと唇を開いた。
「あなたはただ、受け入れてくれればいい」
「……?」
「ぼくのことが嫌いじゃないなら、こうして受け入れて下さい。それだけでいいです」
「アレルヤ…」
「それで満足ですよ。本当に…」
「ん…、…ぅっ」
そこで言葉は途切れて、アレルヤの気配が近付くと同時に、唇が乱暴に塞がれた。
再び彼のものが中へと突き入れられ、ひく、と喉をが鳴る。
再び開始される律動を受け止めながら、ロックオンは感じ取った痺れに甘い息を吐き出した。
「……だるい」
「すみません、ちょっと、無茶して」
朝方。
酷い眠気に引き摺られながらも、ロックオンはベッドの上でアレルヤの存在を確認するように、彼の髪に指を絡めていた。
いつもなら、行為の後は何も考えず泥のように眠ってしまいたかった。相手が誰でもそれは同じだった。
でも、今はそうじゃなくて…。
「…ロックオン」
優しい声で名前を呼ぶアレルヤを見上げて、ロックオンは枕に顔を埋めた。
「どうかした?」
顔を覗き込むようにアレルヤが顔を寄せ、首筋に彼の吐息が掛かった。
くすぐったい感覚。悪くない。アレルヤの、感触だ。
はぁ、と一つ深い溜息を吐いて、ロックオンは独り言のように声を上げた。
「何かさ、お前に色々言われて」
「……え?」
「何だか自分が、どうしようもない人間になった気がしたよ」
「…どう言う、ことだい」
「なんつーかさ、泥ん中で泳いでるようなって言うのか」
「ロックオン?」
アレルヤが、きょとんとしたような、戸惑う目で見詰めて来る。
直接は答えを返さず、ロックオンは変わりに疲れたような笑みを作った。
「泳いでるってより、溺れてるって感じだけどな」
「そんな、こと…」
アレルヤがゆっくりと首を振る。
「あなたが、そんなところにいるはずないよ」
そんな言葉と共に、ぎゅっと腕を掴まれて、ロックオンはびくりと目を上げた。
この手だ。
最初も、彼の手に引かれて部屋まで来た。
それからだ。何かが変わり始めたのは。
「けど…、まぁ、お前が、お前だったら、どうしようもない俺のことを、そこから引っ張ってくれるような気がしたんだよな」
「ロックオン…?」
アレルヤは何度か瞬きをして、それからいつも見慣れているのと同じ笑顔を浮かべた。
「なんだかよく…、解からないけど。いつもでも引いてあげるよ。ぼくはあなたが好きだからね」
「………」
腕を掴んでいた指先に力が籠もる。
アレルヤが甘えるように体を寄せて来て、ロックオンは彼の体温の心地良さに酔った。
本当に、悪くない感触だ。
はぁ、と何度目になるか解からない吐息を吐いて、ロックオンはアレルヤの耳元に口を寄せた。
「俺もだよ」
「……え?」
「俺も、お前が好きだよ、アレルヤ」
「……っ、ロックオン…」
小さく呟いた声が響くと同時に、アレルヤが目を見開き、ぎゅっと逞しい二の腕にきつく抱き締められた。
誰かの手を離したくない。
心の底からそんなことを思ったのは、本当にこのときが初めてだった。
終