マイスター×ライル前提。架空の友人×ライル。
何のオチもないライル受けです。皆それぞれ報われてない。

SS




 覆い被さる体温を黙って受け止めて、ライルはぼんやりと天井を見上げていた。
今晩も、何も言わずにやって来て強引に抱いて、行為が終れば用はないとばかりに出て行く人物。
確かに温かい温度を感じるのに、冷たいもので壁を作っているような相手。何を考えているか解からない。
 それなのに、拒絶しないのは、ただ、面倒だから。いや、それ以上に、知りたいからだ。
自分が兄と違うと解かっていて、何故無理にでも重ねようとしているのか。
「ふっ、う……、は……」
 足が左右に押し広げられ、潜り込んだ指先の質量に、強張った体を緩めようと荒く息を吐く。苦しそうに眉根を寄せると、あやすように撫でられる髪の毛。
一体どう言うつもりなのか。こうしてこの体を抱いて中で果てる度、苦しさを増していく関係は、どこまで続くのか。
 そんなことを思いながら、自分も体を蝕む快楽に流されていくのは否めない。
「ロックオン……」
 相手の呟いた声は耳元に大きく木霊して、それから静かに消えていった。



 その晩も、いつものようにやって来るかとも思ったけれど、今日に限って彼は来なかった。
 静かな部屋に息が詰まりそうな気がして、ライルは車のキーを掴んで外へ出た。
 兄が残してくれた車に乗って、街へと出掛ける。お目当ての場所が見えて来ると車を停めてエンジンを切った。
 カタロンに入る前によく通っていた馴染みの店に入って、一人飲んでいると、暫くして背後から聞き覚えのある声が掛かった。
「ライル、久し振りじゃないか」
「……うん?」
 振り向くと、大学以来の友人の姿があった。
「ああ、お前か……久し振りだな」
 何だか、急に現実に引き戻されたような気分になって、ライルは何度か瞬きをした。
 今まで、どんなに懐かしい場所にいても、自分一人が別の場所にいるような。景色に溶け込めず、酷く浮いているような気分になっていた。
 自分はライル・ディランディなのか、それともジーン1と言う呼び名なのか。それとも、ロックオン・ストラトスなのか。何だか良く解からなくなっていた。
 黙り込んだライルに気付いて、友人は顔を覗き込んで来た。
「何だ、もう出来上がってるのか」
「まぁな」
「何だよ、珍しいな」
 友人はそう言って、ライルの肩にポンと手を置いた。
 他愛もない軽口と気さくな仕草になんだかホッとして、ようやく笑顔を浮かべると、友人は隣の席に腰を下ろした。

 それから、一緒に飲み始めると、懐かしい話やら最近の近況などを彼は語って来た。自分のことを話す訳には行かないから、ずっと耳を傾けて適当に相槌を打っていたライルに、彼はやがて探るような目を向けた。
「お前、何か危ないことなんてしてないだろうな」
「……何言ってんだ、そんなはずないさ」
 ふざけたような口調で誤魔化したけれど、何故か少しだけ胸が痛んだ。
 それからは、口数が少ないのを誤魔化すために、ひたすら酒を飲んだ。彼と合流する前から結構飲んでいたライルはすっかり酔って、立ち上がろうとしてよろめいてしまった。
「おい、大丈夫か」
 立ち上がった友人が慌てて支えるように手を伸ばす。
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃないだろ、ほら」
 そう言って、男は手助けを断とうとしたライルの腕を取って、強引に自分の肩に回した。
「ホテルは取ってるのか?そこまで送る」
「いや、まだだ」
 ライルが首を振ると彼は少し考えるような素振りをして、それから遠慮がちに口を開いた。
「良かったらさ、家に来ないか。久し振りにさ」
「そりゃ、ありがたい話だが、大丈夫なのか」
「ああ、どうせ寂しい一人暮らしだ。来いよ」
 彼の申し出に素直に頷いて、ライルは寄り添うように立つ彼に身を預けた。
 久し振りに酷く酔っていた。それもある。でも、このとき、何となく胸の内にいつもと違うと感じているものがあった。
 でも、酔いと、それから瞼の裏に思い浮かべたあの男の顔のせいで、少しヤケになってたのかも知れない。どうせ戻っても、来るか来ないか解からないあの男を思い出してしまうだけだ。
 もし来たとしても、彼の視線は自分を通り越して他の誰かを見ている。そんなのは、もう。
(もう、沢山なんだよ)
 苦々しい気持ちを押さえ込んで、ライルは友人の家の扉を潜り抜けた。



「何だよ、本当に一人なんだな」
 部屋に入ってから、からかうように言うと、彼は苦い笑みを浮かべて肩を竦めた。
「改めて言うなよ、寂しいだろ」
「悪い悪い」
「そう言うお前はどうなんだよ、ライル」
「………」
「彼女くらいいるんだろ、お前のことだ」
「ああ、まぁ……」
 言葉を濁して、ライルは視線を床に落とした。
 こんなときまで、あの男のことを思い出したくない。
 あの、耳元に木霊する呼び声。
 ―ロックオン。ロックオン・ストラトス。
 頭に響く、馴染まない名前。どうしても、皆その名前を呼ぶとき、兄の面影を自分に重ねているように思える。本当はそうでなくても、そう思える。
「ライル?」
「……!」
 そこで、間近で自分を呼ぶ声が聞こえて、ライルはハッと我に返った。
 黙り込んだ自分を、友人が心配そうに見詰めている。その双眸には、他の誰でもない、ライル・ディランディの姿が映っている。
「どうかしたのか、やっぱり、飲み過ぎたか」
「い、いや」
「待ってろ、今水を……」
 言い掛けた友人の腕を、咄嗟に手を伸ばして捕まえていた。
 逃すまいと力を込めて握り締めると、彼は驚いたように眼を見開いた。
「お前……」
「もっと……」
「……?」
「もっと、呼んでくれないか」
「……ライル?」
 不思議そうな彼の声に、又我に返った。
 どうかしている。今、自分は何をしようとしたのか。
「いや、何でも……」
 慌てて首を振って、掴んでいた腕から力を抜く。
 何と取り繕おうか、その言葉を考えていると、逆に腕が捉えられた。
「ライル、お前」
「……?」
 意外そうな呼び声に目を上げた途端。ゆっくりと、男の顔が側に寄るのが見えた。
 咄嗟に避けなかったのは、酔っていたからだけじゃない。どこかで、解かっていたからだと思う。それに甘えて、流されてしまいたい気分だった。
「ライル」
「ん、ぅ……」
 ぐぐっと唇が押し付けられて、やがて口内にゆっくりと熱い舌が潜り込んで来た。
 きっと、酷く飲んでいるから、むせ返る様な酒の香りがするに違いない。でも、その香りにすら酔ったように、彼は夢中で唇を貪って来た。
 呼吸が上がって、短く吐き出される吐息が唇から漏れる。静かな暗い部屋に、濡れた音が響きだして、耳元を刺激する。
 やがて、ゆっくりと持ち上がった手の平が、衣服の上から胸元の辺りを遠慮がちに辿りだした。強く柔らかく、愛撫とはっきりわかる動きで男の手が動き出す。
「ん……っ」
 走り抜けた痺れに堪らないように小さく喉を鳴らすと、合わせた唇の向こうで男の呼吸が上がったのが解かった。
 次の瞬間、体が浮き上がり、側にあったベッドに押し倒された。
「ライル……」
「……ぁっ」
 自分の名前を呼びながら、熱い手の平が肌の上を這う。いつも耳元に聞こえる、意味を成さない呼び声ではなく。
 そう思った途端、腕から力が抜けた。衣服がより肌蹴られ、腰の辺りを撫でて手の平が下へと降りる。びく、と一瞬身を硬くすると、男の手は躊躇するように止まった。
「すまない、ライル」
 でも、すぐにそんな声が聞こえて、愛撫の手が再開される。幾度も直接的な刺激を与えられて、内股ががくがくと痺れて震える。力の抜けきった肢体は、彼のするがままに刺激を受け入れて、引き出された欲に抗うことが出来ない。
 やがて、潤された指先が後ろをなぞり、ゆっくりと侵入して来た。
「くっ、あ……、ぁ……」
「痛いか?大丈夫だ、きっとすぐ」
 拒まないライルの態度に、彼自身が戸惑いを感じているのだろう。
 彼の動揺が体越しに伝わって来る。けれど、それ以上に欲しいと思う欲が純粋に感じられて、ライルはきゅっと目を閉じた。
 優しい指先。同じくらいの体温なのに、あの冷たい動きで中を探るものとは違う。温度が、ある。
は、は、と短く息を吐き、痛みをやり過ごす。彼はその唇に夢中になったように吸い付いた。
「んぅ、……う」
 呼吸まで奪うような激しいキス。口内を余すところなく舐り、舌を絡めて深く貪る。
 ややして指先が引き抜かれ、代わりに宛がわれたものに息を飲む。
「……あ」
 今更ながらハッとして、思わず身を固くしたけれど、もう遅い。膝を掴んで持ち上げられ、同時にぐっと奥まで貫かれた。
「あぁ、あ!」
「……っ、ライル」
 苦痛に引き攣る体を、彼の腕が抱き締める。優しい手だ。あの男とは、違う。
 どうして。こんなことばかり思い出してしまうのか。肌の上にも瞼の裏にも、いつの間にか体中に染み付いてしまったあの男の存在に、ライルはただ苦々しい痛みを覚えた。



 翌朝。
「はぁ……」
 気だるい面持ちでベッドに身を投げ出してライルは深々と溜息を吐いていた。
 何年来の友人だろう。ずっと一緒にいたのに、こんなことをしたのは初めてだった。どうしてこんなことになったのか。変わったのは、きっと自分だ。あの男に、あさましく抱かれ続けてるから。きっと、そうだ。
 気だるい仕草で衣服を直し、ベッドから抜け出すと、ライルはそっとドアノブに手を掛けた。
 途端、慌てたような声が背後から上がる。
「ライル、どこ行くんだ」
 寝ている間にこっそり帰った方が気まずくないと思ったのに、そう上手くは行かないものだ。ベッドから起き上がった友人に、ライルは笑みを作った。
「また、来るよ」
 そう言って、そのまま出て行こうとしたのに。
「待て、ライル!」
 彼は焦ったように立ち上がってベッドから降り、ライルの腕を強引に捕まえた。
「……っ、何」
「こんなことする気は、本当はなかったんだ、でも」
「……?」
「好きだったんだ、ずっと、お前が」
「……っ」
 そのまま腕が引かれ、再びベッドに押し倒された。
 二の腕が掴まれて、ぐっと押さえ付けられる。
「怖かったんだよ、軽蔑されるんじゃないかって」
「んなこと……」
 軽蔑なんて。そんなこと、するはずない。
 自分はもっと、もっと淫らで浅ましい行為をしている。
 視線を逸らすと、彼の手に顎を掴まれた。そのまま唇が寄せられて、また深く口付けられる。
「んっ、ん……」
 整えたばかりの衣服を再び乱され、ライルは慌てた。
「んっ、よせ……、もう……!」
「お前のことだ、もう暫くは来ないつもりだろ?だったら……」
「そんな、あ……っ」
 下肢に伸びた卑猥な手に直接愛撫され、息を飲む。
 短く喉を突いて出た甘い声は、相手の欲をいたずらに刺激してしまった。
「ライル……」
「あ、ぁ、もう……」
 再び潜り込んだ指先に、体が跳ね上がる。止めろという言葉は、甘ったるい喘ぎ声に摩り替えられてしまった。
 ―ロックオン。ロックオン・ストラトス。
 遠くて、自分を呼ぶ声が聞こえる。耳元で聞こえる呼び声と、頭の中の声。
 けれど、遠くの声は少しずつ小さくなって、やがて少しも聞こえなくなった。


 だが、こんな慰めは一時的なものだ。解かっている。
 気だるい体を引き摺ってアジトに戻って来た後も、気持ちはあまり晴れなかった。あの男がやって来ても、きっとまた拒絶は出来ないはずだ。その証拠に。
「ロックオン」
「……!」
 背後からそう名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がったように大きく脈打った。
 きっとまた捕らわれてしまう。そんな予感にも、抗えないまま飲み込まれて行くだけの自分が何だか滑稽で。ライルは皮肉を込めた笑みを浮かべて振り向いた。