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「ちょっと待て、アレルヤ!」
「――」
 もう、かなり前のことに感じる、自分の中の記憶と同じ声。
 その声で必死な訴えを投げ掛けられて、アレルヤは一瞬だけ動きを止めた。
 けれど、その隙に自分の下から逃げ出そうとする肢体に気付いて、すぐに強くベッドに引き倒した。
「う……っ」
 弾みで息が詰まったのか、小さく呻く声まで、あの人のものにそっくりだ。髪の毛も、顔も、全部。
 でも、違うと解かっている。
 だからこそ、苦しくてどうして良いか解からないまま、アレルヤは無言でロックオン・ストラトスの両足を力を込めて割り開いた。
「……っ、よせって、止めろ!」
 そんな声が聞こえるのに、自分の手は止まらない。
 見下ろすと、焦りを浮かべた双眸が大きく見開かれて、自分の方へ向けられていた。
 ぐっと体重を掛けると、びくりと肩が揺れる。もがく腕を片手で取ってベッドに押さえ込むと、ひゅっと息を飲む音が聞こえた。
 このまま……。このまま、何も考えずに強行してしまいたい。
 そうしたら、何か少しは楽になるだろうか。
 そんな気持ちのまま、空いた方の手で衣服を緩める。
「ア、アレルヤ!」
 白い肌が露になる度、非難と焦り、そして恐怖の籠もった呼び声が上がる。
 それが、アレルヤの頭の中に苛立ちを不安を呼び起こす。
「じっとしてて……。でないと……」
「……!」
 そうでないと、きっともっと、酷いことをしてしまう。
 そんな意味を込めて言葉を落とすと、ロックオンは小さく息を飲み、そしてゆるゆると首を横に振った。
「や、めろ、止せ……」
 拒絶の言葉は、喉の奥に張り付いたようなもので、彼が本当に自分を拒絶しているのが解かる。
 当然だ。彼は、ロックオンであって、そうではないから。
 ぐっと奥歯を噛み締めた途端、視界がさっと曇るのが解かった。
 古びた額縁の中の写真でも見ているように、ぐにゃりと辺りの景色が歪んで、怯えた顔のロックオンも見えなくなる。
 自分が泣いているのだと気付いて、アレルヤはそのままぎゅっと目を瞑った。
 同時に、彼を捉えていた腕からも、ゆっくりと力が抜ける。
 途端、彼は弾かれたように顔を上げ、ずりずりと逃げるようにベッドの端まで移動した。



「全く…、マジで犯されると思ったぜ」
 そんな声が上がったのは、数分後だった。
 先ほどまで部屋に満ちていた緊迫した空気を緩和するような声で、ロックオンはそう言った。
 ゆっくりと反応するように顔を上げると、彼はやれやれと言った風に肩を竦めてみせた。
「理由もなしに、受け入れる訳ないだろうが。どうした?訳があるなら聞かせてくれよ」
「………」
「だんまりか、まぁ、だいたい想像はつくけどな…」
「ごめん、ロックオン」
「お前がそう言いたいのは、あいつにじゃないのか」
「………」
 そんなことは、解からない。
 でも、込み上げる罪悪感に促されるまま、アレルヤはもう一度謝罪の言葉を口にした。
 あんな状況で、ロックオンが自分を受け入れてくれるはずない。そんなこと、解かっていた。
 でもきっと、強行することが出来なかったのは、彼の為だけじゃない。
 衣服を毟り取って、足を開かせて彼を犯してしまえば、きっと。あの人とは違うのだと、そう再確認してしまうだけに思えたから。だから、なのかも知れない。
 更なる罪悪感に駆られて顔を上げると、ロックオンは片手を軽く上げて、それから少し子供っぽいような顔で微笑んだ。
「ま、俺は別に…代わりでもいいぜ、アレルヤ」
「……?!」
「なんてな、それだけじゃなく、俺もお前に興味がある。勿論…あいつ絡みで」
「……ロックオン」
 意外な言葉に驚いて呼び声を上げると、彼はふっと口元を歪めるように笑った。
「便利だな、コードネームってのは」
「……そうだね」
 静かな声で言って、アレルヤは視線を伏せた。
 まだ、迷っている。
 今はそう言うつもりであれなんであれ、触れてしまえば、気持ちが動かないはずない。
 そんなことは解かっている。
「アレルヤ」
「……!」
 そこで、促すように名前を呼ばれて、どく、と鼓動が跳ねた。
 誘われるように顔を上げ、目の前の人物を見詰める。
(ロックオン)
 胸の中に溢れる気持ちは、一言では言い表せない。
 そっと手を伸ばして頬に触れると、温かくて柔らかい感触が指先から伝わって来た。
 何の覚悟もないまま、こうしてまた触れて、どうするんだろう。
 でも、どうしても触れ合いたい。そうしてしまいたい。
 それが、今の二人の全てであるような気がした。