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蹲って膝に顔を埋めたまま、どれくらいじっとしていたんだろう。

「食事だ。沙慈・クロスロード」

そんな言葉と共にシュンと音がして扉が開いて、沙慈はゆっくりと顔を上げた。

目の前には、言葉通り食事の乗ったトレイを手にした刹那・F・セイエイの姿。
こんなところで再会して、命を救われて、彼がガンダムに乗っていたことまで知って。
短期間に色々なことがあり過ぎて、頭の中が混乱している。
でも、二度目だ。彼らに救われたのは二度目だと何となく思い出しながら、沙慈は視線を伏せた。

「お腹、空いてないよ」
「……そうか」

そう言うと、刹那はトレイを床に置いて、そのまま立ち去ろうとした。

「きみたちから貰ったものなんて、食べないよ。持って返ってくれ」

押し殺すような声で呟くと、刹那はぴたりと足を止めた。
そしてゆっくりと屈み込んで、沙慈の目と視線が合う位置まで膝を落とした。

「食べないと、持たない」
「きみには、関係ないだろ」

言いながらも、胸の中は重い。
刹那に、色々燻っていた感情をぶつけてはみたけれど、胸は晴れない。
それどころか、重くて、苦い。
あの紫色の髪の人に言われたことも、頭に響いている。
理解は出来ない。でも……。

そこまで思い巡らしたところで、再び刹那の声がした。

「いいから、食べろ」

先ほどよりも、強い口調。

「…いらないよ」

頑ななまでに言って、尚も顔を逸らすと、不意に刹那の雰囲気が険しくなるのが解かった。
さっと彼が手を上げる気配がして、ハッと息を飲む。
殴られる、と思ったのは一瞬だった。
でも、刹那の手は一向に沙慈の上に振り下ろされることはなく、代わりに顎がぐっと強い力で掴まれた。
同時に、トレイと一緒に置かれていたドリンクを刹那が勢いよく取り上げるのが見えた。
その、直後。

「……?」

(………え)

ぐっと唇に押し付けられたものに、沙慈は呆然と目を見開いた。
そして、合わせられたものの隙間から、冷たい何かが流れ込んで来る。
限界まで見開いた双眸には、刹那の無表情な顔がぼやけるほどアップであった。

「っ、っ、っ」

何か言いたいのに、声にならない。
驚いてパニックになったまま、口内に流れ込んで来たものをごくりと飲み干すと、刹那はようやくゆっくりと離れた。

「せ、刹那!どうして…!」

ぐい、と唇を拭いながら引き攣った声を上げると、刹那は無表情のままで、再び沙慈の前にトレイを突き出した。

「ちゃんと食べろ。こっちも、食べさせて欲しいか」
「……!!い、いや!いいよ!」

またさっきのようなことをされたら、冗談ではない。
沙慈は慌てて首を横に振って、刹那の手からトレイを受け取った。
それを確認すると、刹那は任務を終えたとでも言うようにすくっと立ち上がって、扉へと足を進めた。
目で追うように顔を上げて、沙慈は咄嗟に彼を呼び止めていた。

「刹那!」
「…なんだ」
「…まだ、本心からは言えない。言えないけど…。でも、助けてくれたことは、ありがとう」
「……いや」

こく、と頷いた彼の口元が、ほんの少しだけ緩んでいたように見えたのは、気のせいだろうか。
でも、きちんと確認する間もなく、刹那は今度こそ部屋から出て行ってしまった。


その後、沙慈はフォークを手に取って、一口頬張った。
正直、お腹が空いていないなんて嘘だった。だから、本当はとてもありがたかった。
でも。

「ごめん、ルイス…」

色々複雑な感情があるからだけじゃない。
さっき強引に触れたあの感触を思い出して、沙慈はまたがっくりと項垂れて膝に顔を埋めた。