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「刹那っ!」
自分でも驚くほどに切羽詰った声が、静かな部屋に響いた。
同時に、強い力に押されてバランスを崩す。
背中に触れたのは柔らかいベッドの感触だったけれど、勢い良くそうされた為、沙慈は衝撃に息を詰まらせた。
続いて、視界が覆い被さる人影で塞がれて真っ暗になる。
肢体に圧し掛かっているのは、刹那、刹那・F・セイエイだ。
何がきっかけになったのか。
何が引き金になったのかは、解からない。
でも、腕を取られて、そのままベッドに押し倒されるまでの時間はほんの僅かだった。
そんなに力の差があるなんて思ってなかったけれど、そう言う問題じゃない。彼の身のこなしは、特別だ。
そう言えば、自分をあのコロニーから助けてくれたときもそうだった。
頭のどこかで場違いなことを思い巡らしていると、顎が掴まれ、刹那のもので唇が塞がれた。
「ん、う…っ」
突然、これ以上ないほど寄せられた体温と感触に、思わず身が強張る。
でも、刹那はこちらの反応にはお構いなく、夢中になったように沙慈の唇を奪い続けた。
「は…、っ」
やがて息苦しくなって緩く唇を開くと、その隙間から温かい舌が潜り込んで来る。
ゆっくりと沙慈の舌先を絡め取って、刹那はキスをより深いものに変えた。
「ん…っ、んぅ、せ、刹那、苦しいよ」
何とか顔を逸らしてそれだけ訴えたけど、すぐに又何も言えなくなった。
何で、こんなことをしているんだろう。
刹那、どうして…。
そう聞きたいのに、もう言葉にならない。
そうこうしている内に、沙慈の体からは力が抜けて、押し返そうと突っ張っていた腕はベッドの上に静かに落ちた。
沙慈の抵抗が止むと、刹那のキスも少しずつ柔らかいものになって行った。
寝転んで、抱き合うような格好。
その上で、刹那はいつの間にか沙慈の足を割り開いて、間に体を押し込んで来た。
より強く刹那の温度が密着しても、もう逃げようとは思わない。
ただ、少しずつ大きくなる鼓動と熱くなる体温に眩暈がしそうだ。
どれ位そうしていたのか。
刹那はようやく唇を離して、乱れた吐息を吐く沙慈の唇を指先でそっとなぞった。
「沙慈・クロスロード」
耳元で囁く声に反応して、ぞくりと肌が粟立つ。
刹那の声は、いつもより少しだけ感情的だ。
でも、沙慈が見上げた彼の目は、相変わらず何も映していないように見えた。
「……刹那」
掠れた声で彼の名前を呼んで、沙慈はそっと彼の背中に腕を回した。
途端、今度は彼が驚いたように身を揺らした。
(刹那?)
まるで、怯えているみたいな反応に、沙慈の方が少し驚いてしまう。
ふと、抱き締めてもらったことなどないのかも知れないと、そんな馬鹿げたことを考えて、目の奥が熱くなってしまった。
「刹那、ぼくは…逃げたりしないよ」
「…沙慈」
「逃げないよ、刹那…」
だからもっと、落ち着いていいから。
なだめるように背を手の平で撫でると、刹那はこくんと首を縦に振った。
「……ぅっ」
走り抜ける痛みに反応して小さく声が漏れると、刹那は動きを止め、沙慈の頬にそっと手を添えた。
「泣くな…、沙慈・クロスロード」
「…せ、つな」
続いて降ってきた言葉に、意志とは関係なく浮かび上がっていた涙に気付いた。
そう言えば、頬には熱いものが伝っている。
「泣かせたい訳じゃない」
「刹那…辛くて泣いてる訳じゃないから、平気だよ」
心配そうに覗き込む刹那に、沙慈は痛みを堪えて何とか笑みを作った。
沙慈の笑顔に、彼はどう反応して良いか解からないように目を曇らせた。
あまり感情の変化が表立って外に現れない刹那だけど、こんなときは、彼もやっぱり自分とそんなに変わらないのではないかと思える。
「んっ…」
ややして、再びぎこちなく開始された動きに、沙慈はぎゅっと唇を噛み締めた。
何だろう。
もっと、刹那のことが知りたいと思うのに。
言葉を交わすよりも、今はこうしていたいと思う。
それに、沙慈が抱き締めている刹那の背中は、何故か数年前のあのときよりも小さく…そんなはずないのに、泣いている子供のようにも思えてならなかった。
終
刹那は甘えてるつもりだけど沙慈はよく解かってない感じです。