SS
マリーと別れて、トレミーの通路をゆっくりと歩きながら、沙慈はあれこれと考えを巡らせていた。
これから、どうしたらいいのだろう。
先ほどまで、マリーとしていた会話、それに…今までのこと。
色々なことが頭を過ぎるけれど、どうして良いかなんて解からない。
けれど、何かしなくてはいけない。はっきりと解かっているのはそのことだけだ。
そして、もう一つ…。
「ここにいたのか、沙慈・クロスロード」
「……!」
不意に背後から掛かった声に、沙慈は振り向いて複雑な表情を浮かべた。
「刹那……」
もう、大分見慣れてしまった、彼の姿。
始めは、あんなに憎しみや悲しみを持て余すばかりだったのに、今はもうそうじゃない。
それに、彼がどうして自分を探していたのか、沙慈には何となく予想が付いた。
「ミッションが始まる。お前は基地に残れ」
「刹那……」
沙慈の目の前まで足を進めると、刹那は単刀直入にそう言った。
「補給が終れば基地は破棄される。輸送艇で他のメンバーと一緒に離脱しろ」
「……」
そうするべきだと、誰しも思っているに違いない。自分は民間人だ。ソレスタルビーイングの船にいつまでもいるなんて可笑しい。だからと言って、ここを出ても、もう居場所なんてない気がする。アロウズがいる限り、カタロン構成員としての容疑は晴れない。
だから、プトレマイオスから降りてほとぼりが冷めるまでは直接的な戦いを避ける為、保護して貰うのが一番いい。
でも……。
「沙慈・クロスロード…?」
すぐに反応のない沙慈を不思議に思ったのか、刹那が返事を促すように声を上げた。
ハッとしたように我に返って、彼と視線を合わせる。でも、燻る思いを真っ直ぐに伝えることは出来なくて、すぐに視線を伏せた。
「ずっと、考えていたんだ」
「……?何をだ……」
「あんなことになって、カタロンの人たちを守りたいと思った。でも、ぼくには結局、撃てなかった」
「……」
「けど…、きっと、他にも出来ることがあるんじゃないかと思うんだ」
気持ちが上手く纏まらなくて、少しずつ吐き出す言葉に、刹那は黙って耳を傾けてくれた。
ふと、伏せた目を上げてみると、何も言わず、じっと見詰める視線が自分を捕らえていた。
再会して、沙慈が彼を責めたとき、何も言わないこの目が酷く苛立たしく思えたのに。
今はなんだか、とてもホッとする。
刹那に、彼にもっと自分の気持ちを聞いて欲しい。
そんなことを思うようになったことに、自分で驚いている。
知らず、吸い込まれるような色の目に魅入りながら、沙慈は言葉を続けた。
「誰かが死んでしまうのに、何も出来ないでいるのは…嫌なんだ」
刹那に思いを吐き出しているうちに、自分の中で曖昧だった思いが少しずつ固まっていくのを感じる。
やがて、自分はこのままトレミーを降りる気など、少しもないことに気付いた。
それに…。
「それに、カタロンの人たちだけじゃない。他の皆も…刹那、きみも…」
「……?」
「刹那、きみにも……」
「……沙慈・クロスロード?」
そこで、どうしてそんなことを言い掛けてしまったのか、自分でも解からない。
でも、勝手に発せられた言葉に自身で驚いて、沙慈は口を噤んだ。
途切れてしまった台詞に、刹那が何か言いたげにこちらを見詰めている。
その視線から逃れるように再び顔を伏せ、沙慈は唇を噛み締めた。
そのまま、どの位時間が過ぎたのだろう。
刹那は、何も言わずに続く言葉を待っている。
もう、迷っている暇はない。沙慈は覚悟を決めて再び口を開いた。
「ぼくは、ここに残るよ、刹那」
「トレミーに、残る?」
はっきりと意志を告げると、意外そうな刹那の声が聞こえた。
「ぼくにも、何かやれることがあると思うんだ。戦わなくても、やれることが」
戦わなくても、引き金を弾けなくても、きっと何かが。
―だから、このままここにいさせて欲しい。
そう伝えようとした途端、突然激しい振動が起きて、二人は弾かれたように顔を上げた。
「攻撃か!」
刹那はそう言って、鋭い顔になると、すぐに身を翻した。
彼はまた、戦わなくてはいけない。ここにいる限り、彼はずっと。
遠ざかり始めた背中を見て、沙慈は咄嗟に声を張り上げていた。
「刹那!!」
「……?」
振り向いた刹那の目が、こちらの姿を捉える。
今度はしっかりと視線を合わせると、沙慈はぎこちない笑顔を作った。
「気を、付けて…」
「……ああ、大丈夫だ」
力強く頷いて、刹那はそのまま通路の向こうへ走って行った。
どうして、こんな気持ちになるんだろう…。
刹那。彼にも、死んで欲しくなんてない。今ははっきりとそう思っている。
それは正直な気持ちだけど、ルイスのことを思うと、胸が痛い。
けれど、そんなことをいつまでも考えている時間はなかった。
ただ今は、ここにいる皆の無事を切に願うだけだった。
終