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「……ん」

夜中、ふと何かの気配を感じて目を覚まし、沙慈はベッドの上で身じろいだ。

「起きたのか、沙慈・クロスロード」

途端、静かに掛けられた声に反応して顔を上げると、今にもベッドから降りようとしている刹那の姿が目に入った。

「刹那……」

彼の姿に、先ほどまで共に過ごしていた時間を思い出して、急に胸がざわざわと騒ぐ。
けれど、動揺を押し殺して、沙慈は何事もなかったように声を上げた。

「眠ってた?ぼく…」
「ああ、少し…」
「……そっか」

返答しながら、起き上がって衣服を整えようとすると、伸ばされた刹那の手に押し止められた。

「まだ寝ていろ」

どことなく優しい声で言うと、彼はするりとベッドから降り、そのまま部屋を出て行こうとした。

「刹那…!」

気付いたら、咄嗟にベッドから身を乗り出し、沙慈は刹那の衣服を掴んでいた。
まるで、彼を引き止めるのに必死になっているみたいだ。
そんな自分に居た堪れなくなってすぐに手を引いたけれど、反応して足を止めた刹那が、くるりと向きを変えたのが解かる。

「どうした」

そんな言葉と共に、ぎし、とベッドの軋む音がして、刹那の体温が側に戻って来た。

「何でも、ないよ…」

蹲るように抱えた膝に顔を埋め、沙慈は首を横に振った。

「何でもない…。お休み、刹那…」

そう言って、帰りを促すような言葉を上げたのに。彼は聞き入れることなく、そっと身を寄せて、沙慈の首に腕を回して抱き締めて来た。

「……刹那」

刹那の肩口に顔を埋め、再び手に入れた温度の心地良さに安堵しながらも、沙慈は何となく罪悪感のようなものを感じた。
刹那。彼を引き止めておくことへの罪悪感なのか、こうしていること自体が、罪なのか。
そんなことは、解からないけれど。

「沙慈・クロスロード」

黙り込んだ自分を不審に思ったのか、彼は一端絡めていた腕を解き、こちらを覗き込んで探るような声を上げた。
けれど、自分でもよく解からないこの気持ちを、どう伝えて良いかなんて解からない。

「何でも、ないよ」

そう言うと、少しの間の後、又彼の手が伸びて、今度はそっと顎を捉えられた。

「……んっ」

そのまま顔が近付いて、唇が寄せられる。
そっと触れ合うと、胸板の奥でどく、と大きく鼓動が鳴った。
もう幾度かこうしているから、かなり馴染んでしまった柔らかい感触。
最初はぎこちなかったのに、今は違和感など少しも感じない。
けれど、触れる度に落ち着かないし、戸惑いも大きくなっている。
されるがままに口付けを受けていると、刹那の手が再び肌の上をゆっくりと這い出した。

「せ、刹那…!」

体には、まだ先ほどまでの行為の余韻が残っている。敏感になった肌がぞくりと粟立って、焦って声を上げると、耳元で彼の囁きが聞こえた。

「沙慈・クロスロード」
「……っ」

ただ、名前を呼ばれただけなのに。体中に、恍惚としたような甘い痺れが走り抜ける。
胸元を弄り出した手を慌てて掴んで抗議の視線を送ろうとすると、静かな欲を湛えた双眸がじっとこちらを見詰めていた。でも、どことなく困ったような、そんな色が浮かんでいる。

「そんな顔をするな」
「……?ぼくは、何も……」

何かを望んでいた訳ではないのに。そんなつもりではなかったのに。
けれど、もう、側にある刹那の体を押し返すことなど出来ない。

「んん…っ」

肌の上をぎこちなく指先が辿る度、背筋を這い上がる感覚は、自分ではどうしようもない。
そんなことを思い巡らしていて抵抗が遅れたせいか、あっと言う間に体が傾いて、背中に柔らかいベッドの感触がした。

「あっ……」

圧し掛かる体の重みと温かさに、不意に我に返ったように焦りが生まれる。

「せ、刹那、今日はもう…」

拒絶する声は、彼の唇に塞がれて途切れてしまった。
力が足りないからでも、彼が強引だからと言う訳でもない。
でも、いつも抵抗する気力は削がれてしまう。

(刹那……)

胸中で呟きを漏らしながら、沙慈は黙って彼のキスを受け入れた。
たどたどしい愛撫に似た仕草も、やや性急に衣服を剥ぐ行為も、全て。
頭の奥が熱い。体も、熱でもあるみたいに熱い。
やがてそっと唇を離すと、刹那は圧し掛かったままで、じっとこちらを見下ろして来た。

「せ、つな…?」

自分の声が酷く頼りなく、刹那に縋り付くようなものに思えて、呼んだ後で思わず目を逸らした。
彼の目を覆って、自分の姿など見えなくしてしまいたい。けれど、体が動かない。
次の瞬間、二の足が割り開かれて、刹那の指先がぐい、と体中に潜り込んで来た。

「…う、ぁ…っ!」

組み敷かれた肢体が、刺激を受けて跳ね上がる。
いつの間に潤したのか、滑りを帯びた指先にはそんなに苦痛を感じなかったけれど、未だ熱の冷めていない体には、刺激が強過ぎる。

「く……っ」

必死に声を殺して、押さえ付けて来る刹那の腕の力を感じながら、沙慈は必死に彼の存在を感じようと努めた。



それから数時間後。再び眠ってしまったのか、目を覚ましたとき、部屋にもう刹那の姿はなかった。
今度こそ消えてしまった温かさに、沙慈は言いようのない空虚を感じた。
先ほどまで交わしていた戯弄には、何の意味があるのか、自分でも解からない。
刹那は、一体どう言うつもりであんなことを繰り返しているのだろう。

「刹那」

隣にいたはずの人物の名を呟いて、沙慈はぎゅっと膝を抱えた。
体には、まだ彼の感触がありありと残っている。彼の与える刺激に反応して吐き出した吐息も、浮き出た汗の痕も。全ての余韻が残っているのに。
刹那の姿だけがない。
いつもこうだ。あれほど熱心に沙慈との行為に溺れているように見えても、彼の気持ちは掴めない。だから、目が覚めると虚しい気持ちに襲われる。だからこそ、拒めないのかも知れない。
いや、本当は、拒む理由なんていらない。このままでいたいと無意識に思っているから、何も聞けないんだろうか。

(刹那……)

胸中で彼の名前を呼ぶと、沙慈は余韻に浸るようにそっと目を閉じた。