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じゃら、と金属の擦れる音がして、沙慈は目を覚ました。
冷たい無機質な音は、自身の手首とベッドの柄の部分からする。
背中にはあまり上質でないマットの感触。独特の甘ったるい匂いが立ち込める中、嗅覚が麻痺してしまったような気がする。部屋の中は暗いけれど、夜なのか昼のかは解からない。薄暗くて冷たい地下室。
両手を鎖で拘束されて、こんな陽の光の当たらない部屋に入れられて、もう何日経つだろう。自分をここへ連れて来た張本人の顔を思い浮かべると、腹立たしさしか感じないはずなのに、胸の奥でとくんと大きく鼓動が鳴った。
続いて、ぎい、と重々しく扉の開く音がして、沙慈はハッと息を飲んだ。
辺りを見回すと、暗い壁と扉、そして黒い衣服を着た青年の姿が見えた。

「刹那……」

彼こそが、自分をここへ連れて来た人物だ。
いくら家が隣同士で顔見知りだったからって、油断し過ぎた。自分の迂闊さを思うと、唇を噛み締めたくなる。
けれど、自分を痛めつける代わりに、沙慈は相手に不満をぶつけた。

「ここから、出してくれ」
「それは、出来ない」

彼は静かな声で言う。感情の読めない、穏やかな声が、沙慈の苛立ちを煽る。

「ぼくは、きみのものじゃない!きみのものには、絶対にならない」
「……」
「こんな風にしたって、ぼくは…っ」
「それなら、それでいい」

きっぱりとした口調で、沙慈の言葉を遮り、刹那は一歩ずつ足を進めて来た。
ぎし、と音がしてベッドが軋み、沙慈の四肢は緊張ですうっと引き攣った。

「だが、食事はさせて貰う」
「……!!」

言い渡された言葉に、沙慈の顔は歪んだ。
何が起きるのかは、ここ数日で思い知っている。あり得ない屈辱と、それ以上に快楽と恍惚。
体の芯が熱くなるような気がして、沙慈はごく、と喉を上下させた。
途端、する、と音がしてシャツの前がはだけられる。ゆっくりと首筋を撫でる、刹那の手の平。まるで、これからありつく獲物の味を物色しているような。彼の目は冷たくて、何も映していないように見えるのに、手の平の動きだけはとても優しい。
そのまま、ふっと彼の吐息が首筋に掛かり、ぎくりと身を強張らせた途端。

「……つ、ぅ」

かり、と首筋に痛みが走って、それからぶつりと皮膚の破れる音がした。けれど、痛みを感じるのは最初だけだ。それも、もう解かっている。体が覚えてしまった。

「ぁ……、う……」

訪れる痺れに反応して小さな声を漏らすと、刹那の雰囲気が和やかになったような気がした。まるで嘲笑られているようで、屈辱を感じて拳を握り締めようとしたのに、もう力が入らない。刹那の唇が触れたところから、じわじわと広がる快感に、沙慈の四肢はすっかり支配されてしまった。じゃらじゃらと煩く鳴っていた鎖の音もやがては聞こえなくなる。

「あ、……ぁあ、せ、つな……」

身を震わせて首を振る仕草も、快楽に身を委ねて酔っているようにしか見えない。
こうされているときの自分が、沙慈は嫌いだ。浅ましくて、淫らで。
やがて、刹那の唇がそっと離れて行っても、暫くの間は身動きできなかった。恍惚としたようなうつろな瞳に、血に濡れた唇を舌先で舐める刹那の姿が映る。

「はっ、は…、ァ…」

跳ね上がった鼓動を整えようと、胸板が忙しなく上下する。その上を、刹那の手の平がゆっくりと辿りだした。食事が終ったら、次のお楽しみと言う訳か。

「刹那…っ、ぁっ…」

ゆっくりと、腿の辺りを撫でられただけで、沙慈は吐息のような声を上げた。ひく、と震えた喉に、刹那がゆっくりと唇を寄せる。

「沙慈・クロスロード」
「い、いやだ…」

力ない抵抗などものともせず、刹那が更に衣服を緩めていく。

「せ、つな…」

呼び声にも、覇気がない。もう本当は、とっくに彼に心まで捉えられていると、気付かれているのだろうか。でも、その事実を受け入れたくなくて、沙慈は形ばかりの抵抗を試みる。
けれど、刹那は構わずに、沙慈の足を割ってその間に体を押し込んで来た。

「あ、ぅ!」

触れただけで、電流でも走ったような感覚が走る。痛みは殆ど感じなかった。ただ、少しずつ指先が侵入して来る度に、甘い痺れに喉が震える。

「うっ、…ぅ、ァっ…」

触れられたところから、蕩けてしまいそうだ。
時間を掛けてゆっくりと内壁を押し広げると、やがて指は引き抜かれた。

「ふっ、…ぁ」

その刺激にすら、甘い声を上げてしまう。
けれど、そんな中、沙慈は必死に呼吸を整え、既に力の失われた目に生気を戻して、彼を睨み付けた。

「刹那…。どうして、こんなことを…」

そう言うと、刹那は一度動きを止め、それからゆっくりと視線を沙慈の方に向けた。赤みを帯びた双眸。今の沙慈には、ぼやけてよく見えないけれど…。

「お前でなければ駄目だからだ」
「そんなの……、嘘だ」
「お前がそう思いたいなら、それでいい」

刹那はそう言って、沙慈の抗議を塞ぐようにゆっくりと唇を押し付けて来た。
触れ合うと、仄かに甘い魅力的な匂いが鼻先を掠める。
その香りに酔ったような感覚に陥りながら、沙慈は諦めたように痛みと快楽を与える手に身を委ねた。