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「あ、丁度良かった。筑前炊き、姉さんが作り過ぎちゃって、良かったら、いかがかな、なんて」

扉を開けた途端、目の前に現れたのは、隣に住む沙慈・クロスロードだった。
彼は言葉通り、沢山の煮物が詰まった容器を両手で抱えていた。
受け取りたいのはやまやまだけど、刹那には任務がある。

「今から出掛ける」
「あ……、そう」

素っ気無く言うと、何だか残念そうな沙慈の声が刹那の耳元に聞こえた。



エクシアに乗り込んでロックオンとの合流地点に向かっている間も、刹那は先ほどの沙慈の声と、手元に抱えていた美味しそうな煮物を思い浮かべていた。

―筑前炊き、作り過ぎちゃって。

回想の中の沙慈の台詞は“姉さんが”の部分だけ綺麗に抜けていた。

(沙慈・クロスロード)

自分の手作りの食事をわざわざ持って来るなんて。

(一体、どう言うつもりだ)

彼は何を企んでいるのだろう。
無表情のまま、思いを巡らせていた刹那は、やがてハッとした。
沙慈の意図が、ようやく解かった。

「そうだったのか、沙慈・クロスロード」

一人呟きを漏らしたところで、スメラギからの通信が入った。

「刹那、どう?何か変わったこと、なかった?」
「スメラギ・李・ノリエガ」

定時連絡はしているのに、どうしたのだろう。
彼女の声はいつもより陽気で、緊急事態などではなさそうだ。
きっと、時間が余って、構いたくなったのだろう。

「別に、問題はない」
「何でもいいのよ、何かあったらどんな小さなことでも言ってね」

そう言われて、刹那の脳裏には沙慈・クロスロードの顔が浮かび上がった。

「先ほど、隣に住む人物にプロポーズされた」
「ええ…?!本当なの?!」
「ああ、本当だ」
「そ、そう…、やるわね、刹那」
「それほどでもない」
「それで、ちゃんと断ったの?」
「ああ……」
「そう…、まぁ、仕方ないわよね」



その頃、煮物を受け取って貰えなかった沙慈は、一人でちょっとずつ食べていた。

「本当に、愛想ないなぁ、刹那・F・セイエイか」

喜んでくれる顔が、もしかしたら見れるかもなんて思っていた。笑った顔も見たことない、彼。
でも、宇宙ステーションでの事故のことを、気にしてくれた。優しいところもある。
何となく、気になる存在だ。
それに、どう見ても一人暮らしだし、この前は公園でホットドッグなんかを食べていた。きっと、ろくな栄養摂ってないに違いない。

「また今度、何か持って行ってあげよう」

そんな善意が、更なる誤解を生むことになるとは、勿論沙慈の知るところではなかった。