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何が何だか解からないまま連行されて収容された場所で、高圧的な態度の男を前に、沙慈は萎縮しながらも必死の抗議を試みていた。
これは、きちんとした取調べなどではない。それは解かっていたし、自分の身が一体どうなるのか不安で堪らないけれど、弁解せずにはいられない。

「だから、何度も言っているじゃないですか!ぼくはカタロンなんかじゃない!早く帰して下さい!」
「信用ならないな、それなら何故抵抗した」

先ほどから沙慈を尋問している男は、まるでやる気がない。
デスクの上で向かい合って頬杖を突いて、必死になっている自分を愉しそうに観察している。

「何故って、目の前であんなことになれば、誰だって!」
「しらばっくれるな、お前もカタロンに通じていたんだろう?」
「違います!お願いですから、信じて下さい!」

思わず興奮して、沙慈は目の前のデスクに拳を叩きつけた。
どうしてこんな理不尽な目に遭わなくてはいけないのか。
あんなに苦労してようやく夢を叶えて。自分がいるべき場所はここじゃない。
沙慈が視線を伏せ、ぎゅっと唇を噛み締めると、急に目の前の男の気配が変わったような気がした。

「やれやれ、強情だな。少し、教育が必要なようだ」
「……っ、え?」

突然、そんな言葉と共に屈強な腕に掴まれて椅子から引き摺り下ろされた。

「う…っ!」

そのまま強く引かれて壁に叩き付けられ、沙慈は痛みに呻き声を上げた。
顔を上げると、不穏な色を湛えた男の目が間近にある。
なんだ、この感じ。嫌な感じだ。
呼吸が不自然に上がり、高揚した眼差しが自分を見詰めている。
本能的な恐怖に、沙慈は顔を必死で背けた。
それが精一杯の抵抗だ。
けれど、か弱い抵抗を一蹴するように、男は沙慈の両足を無理矢理割って間に体を押し込んで来た。
急激に寄せられた慣れない人物の体温に、びくりと体が引き攣る。

「な、なにっ、んっ?!」

強く押し付けられた手の平に、怯えた声は吸い込まれた。

「声を出すな」
「……っ?!」

ぞわ、と背筋に悪寒が走る。

「後ろを向け、壁に手をつくんだ」
「……?!」

耳元に囁かれる声に、頭の中が凍りつく。
沙慈が愕然としたように目を見開くと、男は唇の端を歪めて笑った。

「いい子にしていれば、便宜を図ってやってもいい」
「っ、…っー!!」

無理矢理体が反転させられ、冷たい壁に頬が押し付けられる。

(い、嫌だ!)

嫌だ、こんなことは。
這い上がる嫌悪と恐怖にぎゅっと目を瞑る。
背後から衣服の上を這う無骨な手に、逃げようとしたけれど、足が震えて上手く動かない。
どうしてこんなことになっているのか、頭がついていかない。
けれど、このままではいけない。

(誰、か…!)

沙慈は吐き気にも似た不快感を堪えて、奥歯を噛み締めた。
誰か、助けてくれ。
誰でもいい、誰か…。

(せ、つな…)

―刹那!

そのとき。どうして、何年も会っていない相手の名前が浮かんだのか、自分でも解からない。
でも、縋るようにそう呼んだ直後。
突然バン!と扉が開く音がして、暗かった部屋に細い明かりが差し込んだ。

「おい、何してる!」
「……!」

沙慈に覆い被さるようにしていた男は慌てたように飛び退いた。
どうやら、この男の上官か何かだろうか。
声の主は一目見て状況を察したのか、不快そうに眉根を寄せた。

「……下らないことをしている暇があったら、さっさと持ち場に戻れ」
「も、申し訳ありません、じ、自分は…」
「いいから行け」
「はっ…」

逃げるように男が去ると、今度は視線が沙慈へと向けられる。

「来い、R81。お前の処分が決まった」
「R…81…?」

聞き慣れないナンバーに呆けたような反応を見せると、腕を掴まれ、乱暴に引かれた。

「お前の名前だ。来い」
「いっ、…っ」

このままここにいても、何をされるか解からない。
それ以前に、選択肢はない。
沙慈はのろのろと足を進めて、見えない未来への不安に胸を痛めた。