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バスルームで熱い湯を浴びながら、沙慈はホッと安堵したように吐息を吐いていた。
こうしているととてもリラックスするけれど、同時に酷く落ち着かなくもなる。理由は解かっている。以前、こんな風に入浴していたら、いきなり刹那が入って来て、大変なことになったからだ。
ロックを掛け忘れた自分のせいなので、あまり文句は言えないけれど。それにしたって、バスタブの中にまで入って来るなんて、あんまりだ。
それだけじゃない。あんな…あんなことまで。
あのとき触れた唇の感触を思い出すと、今でも何だか鼓動が早くなってしまう。
刹那は、どうしてあんなことをしたのだろう…。
考えている内に頬が熱くなってしまって、沙慈は首を横に打ち振った。
落ち着かないと。今は、刹那が入って来る心配なんてないし、もうあんなことはないだろう。
今日はきちんとロックを掛けた。三回も確認したから、大丈夫だ。
そんなことを思って、改めてホッと胸を撫で下ろした、その途端。
突然、シュンと音がして、目の前にあった開くはずのない扉が思い切り開いた。

「……?!」

思わず、ぎし、と動きを止めて、そちらを見やる。
開くはずのない戸を潜り抜けて浴室に入って来たのは、またしても刹那だった。

「せ、刹那…?!どうして?!」
「沙慈・クロスロード」
「ロ、ロックが…掛かっていたのに」
「ロックは、ハロに解除して貰った」
「ええ?!」

どこか誇らしげに言う彼の手には、赤いハロの姿がある。

「ハロ、オテガラ!ハロ、オテガラ!」

無邪気に上がった電子音声に、沙慈は思わず頭を抱えたくなった。

「ハ、ハロ、そ、それは違うって!」

けれど、焦って上げた訂正の言葉は、刹那の声に重なって途切れてしまった。

「ハロ、外で待っていろ」
「リョウカイ、リョウカイ」
「あ、ハロ、ちょっと待って!」

呼び止める沙慈の声は届かず、無情にも扉はシュンと音がして閉じてしまった。



そして、数分後。

「んっ、んぅ…」

危惧していた通り、やっぱりこんなことになっている。
刹那が沙慈の顎を捉えて、片方の腕で手を押さえ付けて、唇を重ねて来ている。
どうして、と言いたいけれど、当然のことながら言葉にならない。それに、自分の気持ちだって全然解からない。
刹那にこんなことをされて、嫌じゃないなんて。自分の反応の方が驚きだ。刹那に逆に聞かれても、きっと答えられない。

「ふ…っ、は…っ」

やがて、長いキスを存分に交わした後、ゆっくりと唇を離すと、乱れた吐息が唇を突いて出た。
折り重なるように体を寄せていて、刹那の鼓動の音まで感じることが出来る。
何だか居た堪れなくなって、沙慈は上気して赤く染まった唇を手の甲でぐい、と拭った。それに、やっぱり言わずにはいられない。

「刹那、どうして、こんなこと……」

沙慈の問い掛けに、彼は少し間を取って、考え込むような表情になった。

「この前は解からなかったが、今は何となく解かる」
「……?」
「こうしたいから、そうする。それだけだ」

ぽつりと告げられた言葉に、沙慈ははぐっと息を詰めた。
やっぱり、刹那自身もよく解かっていないみたいだ。
でも、だからって、入浴しているときに入って来なくてもいいのに。
まぁ、どの道、他の場所でキスなんてして、誰かに見られたら敵わない。だから仕方がないのだと、諦めたように自分に言い聞かせて、沙慈はそっと肩を竦めた。

「刹那、それ…、解かったって言わないよ」
「ああ…そうだな」

ふ、と刹那は唇を緩めて笑い、それから又ゆっくりと側に寄って沙慈の唇を塞いだ。
刹那のキスは、慣れている感じなんて全然しないのに、どうしてかいつも心地良かった。不思議と、こうしているのが当たり前みたいに感じてくるから不思議だ。
けれど、長いことそうしている内に、元々狭かった距離は更に縮まって、流石に焦りが浮かんで来る。嫌だと思っている訳じゃないけど、何だか、落ち着かない。
身を捩ろうとしても、そんなに広くはない浴室の中では、上手く行かない。
ちゅ、と吸い付くような音が吐息に混じって聞こえ、思わず耳を覆いたくなった。

「ぁ…せ、刹那、まずいよ」
「……」

何だか、これはまずい。
そう思って訴えかけても、彼は聞かない。
あのときと、同じだ。もっともっとと、求めるようにキスは深くなって、沙慈も黙ってそれを受け入れた。
やがて、抗議の声を上げる気も失せて、静かになった浴室にはシャワーから降り注ぐ湯の音だけが聞こえていた。



そして、更に数十分後。

「全く、きみは何度のぼせれば気が済むの!」
「す、すみません」

以前と同じですっかり逆上せてしまった沙慈を抱き抱えた刹那を見て、スメラギが呆れたように眉根を寄せていた。
まさか本当のことを言う訳にも行かず、ひたすら小さくなる沙慈の前で、彼女はお説教でもするときのように腰に手を当て、溜息を吐き出した。

「しかも、今度はシャワー浴びていただけでなんて、全くどうなってるのよ。もう、危なっかしくて目が離せないわね。刹那、これから一緒に入ってあげて」
「ええっ!そ、そんな!」

とんでもない提案に、沙慈は引っくり返った声を上げたけれど、スメラギは自分のした提案に満足そうに頷いてみせた。

「そうね、それがいいわ。刹那、大丈夫よね」
「ああ、問題ない。任せろ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」

何だか満足そうに、こく、と頷いた刹那とスメラギに、沙慈は猛烈に抗議をしたけれど、聞き入れて貰えることはなかった。

「な、なんで、こんなことに…」

そんな訳で、これから堂々と二人で入浴することになってしまって、色々と頭の痛い沙慈だった。