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「刹那が、怪我を?」
「そうみたいです。今、リターナーさんとメディカルルームに行ってるです!」

ミレイナの言葉に、沙慈は目を見開いた。
暫くの間、刹那はトレミーと離れ離れになっていた。通信もなくて、どうしているのか皆心配していた。でも、彼のことだから無事に決まっている、どことなく、そんな思いもあった。
でも、ようやく帰って来た彼は、怪我をしていると言う。

「大丈夫なのかな?」
「詳しくは解からないです。行ってみるといいです」

そう言われて、沙慈の足は自然と彼のいる場所に向かっていた。

メディカルルームの前に着くと、扉が開いて、中の様子が視界に飛び込んで来た。医療カプセルの中に横になっている刹那と、側でなにやら操作をしているアニューの姿。
本当に、刹那が怪我をしている。

「せ……」
「沙慈・クロスロードは、どうしてる」
「……!」

不意に聞こえて来た声に、沙慈はびくりと肩を揺らし、呼び掛けようとしていた言葉を飲み込んだ。

(な、何で…ぼくのことを…)

咄嗟にそれ以上部屋に足を踏み入れることが出来ず、沙慈は扉から数歩後ろに下がった。
二人がこちらに気付く気配はない。
アニューは作業を続けながら、明るい声で返答をした。

「クロスロードさんなら、ずっとトレミーの修理を手伝ってくれていたみたいですよ」
「そうか」

アニューの言葉を聞くと、刹那は安心したように目を閉じた。
何で、そんなホッとしたような顔になってるんだ。
何だか急に気まずいような感情が込み上げて、沙慈はそのまま後ずさりながら部屋を出た。
刹那の容態を、もっとちゃんと知りたいのに、こんなんじゃ、どうしようもない。
でも、彼は酷く疲弊しているように見えた。一体、何があったんだろう。この数日、どんな気持ちでいたんだろう。
それに、どうして沙慈のことを聞いたりするんだ。
特に意味はないのかも知れない。でも、何となく気になる。
そのまま、中に入ることも出来ず、だからと言って立ち去ってしまうことも出来なくて、沙慈は所在無さ気に扉の周りをうろうろしていた。
そして、数十秒後。

「すぐ戻ります」

そんな声が聞こえて、シュンと扉が開いた。
アニューはやっぱり沙慈に気付かないまま、反対側の通路に向かって歩いて行ってしまった。

当然だけど、今は中に刹那しかいない。
この状況なら、さっきの話なんて聞いてないフリを出来る。
そう思ってぎゅっと拳を握ると、沙慈は再び扉を開けて中に入った。
カプセルの中の刹那は、先ほどと同じように目を閉じたままだった。
もう、眠ってしまったのだろうか。ぴくりとも動かない。
肩には、痛々しい傷跡がある。銃で撃たれたような痕。
あとほんの少しずれていたら、もっと危険だったかも知れない。
そう思うと、沙慈の背筋に冷たいものが走った。

「どうした」
「……!せ、刹那……!」

突然の声に我に返ると、いつの間にか目を見開いていた刹那が、こちらに視線を向けて、じっと見詰めていた。

「どうしたって、きみがケガしてるって聞いて、心配で…」
「大丈夫だ、心配いらない」
「そう、なんだ。とにかく、無事で良かった」

心底ホッとしたようにそう告げると、刹那は驚いたように何度か瞬きをした。

「刹那?」
「お前に、そう言われるとは…」
「え…、あ…」

確かに。数日前、思い切り殴ってしまってから、ろくに口を利いていなかった気がする。
言いたいことは沢山あるし、落ち着いた今となっては、色々と思うこともあるのに。
そんな思いが頭の中を巡る中、刹那はふっと口元を緩めた。

「帰って来たら、いなくなってると思った」
「そ、そんなことは……」

慌てて返答しながらも、不意に目に飛び込んで来た笑顔に、胸の中が掻き乱される。
だからさっき、アニューにあんなことを聞いたんだろうか。
けれど、複雑なこちらの内心にはお構いなく、刹那は尚も優しい声を上げた。

「トレミーの修理をしてくれたと聞いた」
「え、あ、ああ…。それくらいしか、出来ることがないから…」
「そうか、すまない」

それだけ言うと、彼はまたすぐ目を閉じてしまった。
今度は本当に眠ってしまったのか、それ以上は何の反応もない。
もっと、怪我の具合とか、何をしていたのかとか、聞きたいことがあったのに。

「刹那……」

複雑な思いのまま呼び掛けたけれど、彼の思いなんて解かるはずもない。
彼は、何を考えているんだろう。沙慈のことを、どんな風に考えているんだろう。
手を伸ばしてみても、透明なカプセルに阻まれて触れることが出来ない。直接触れられないことがもどかしい。

「早く良くなってよ、刹那…」

そうしたら、もう少しだけ話が出来るかも知れない。
独り言のように呟くと、沙慈はそっと部屋を後にした。