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ある日の朝。突然、沙慈の部屋の扉が勢い良く開いて、刹那・F・セイエイが姿を現した。

「沙慈・クロスロード。今日はバレンタインだ」

しかも、部屋に入るなりそんなことを言う。

「え…、あ…、うん、そうだね」

そう言えばそうだ。今、ルイスは側にいないし、別に他の女の子から貰えるなんてあまり期待していなかったから、忘れていた。
やや上の空で相槌を打つと、刹那は何故か不服そうに眉根を寄せた。

「それだけなのか」
「……え?」

何を言われているのか解からなくて、一瞬きょとんとした沙慈だけど、少し考えて、まさかと言う思いが浮かび上がった。

「え、ええと…、もしかして、ぼくに貰えると思っていたとか…?」

恐る恐る尋ねると、彼はこく、と首を縦に振った。

「当然だ」

やっぱり、そうだったのか。
心のどこかで納得しつつも、戸惑いの色が沙慈の顔いっぱいに浮かんだ。

「そ、そんなこと言われても…、困ったなぁ」

誤魔化すように苦い笑みを見せると、刹那は思い切り視線を伏せ、それからぽつりと呟いた。

「……そうか」
「ご、ごめんね、刹那…」

無表情だし、声にもあまり抑揚がないけれど、刹那は何となく落ち込んでいるように見える。
こちらに悪気はないとは言え、何だか気の毒になって謝ると、彼は首を横に振った。

「気にするな。昨日の夜から、楽しみで少し眠れなかった程度だ」
「そ、そんなに……」

そこまで楽しみにしてくれていたなんて。
刹那が、そんな風に思うなんて。たかがチョコレートなのに。
そう思うと、何だか急にきゅんとしてしまって、沙慈は咄嗟に口を開いていた。

「解かったよ、刹那!今から買って来るから!」
「……」

その言葉に、当然喜んでくれると思ったのに、彼は相反してますます眉根を寄せた。
そして、じっとこちらを覗き込んで来る。

「お前が作る訳ではないのか」
「え…?ま、まさか…、手作りを期待されてる?」
「ああ、している」

こく、と頷いて、刹那は尚も赤み掛かった双眸で沙慈を見詰めて来る。

「そ、そんな…、縋るような目で見ないでくれ」

その視線に思わずたじろぎながらも、尚も真っ直ぐな目で見詰められ、沙慈はついに折れた。

「わ、解かったよ、刹那。今から材料買って来て、作るから」

その言葉に、ようやく満足そうに頷いた刹那を見て、沙慈は早速買い物に出掛けた。

チョコレートなんて、この際自分が欲しいくらいだけど、でも、刹那があそこまで言ってくれるなら。
それに、やるからにはきちんとしたい。沢山材料を買い揃えると、沙慈は早速作業に取り掛かった。

そして、数時間後。

「出来たよ、刹那」

流石にラッピングにまでは拘れなかったけれど、ようやく出来た手作りチョコを手渡すと、刹那はそれをじっと見詰めて、やや高揚した口調で呟いた。

「これが、バレンタインのチョコレートか…」
「あんまり得意な分野じゃないんだけどね」
「ありがとう、沙慈・クロスロード」
「せ、刹那……」

刹那が、いつもあまり見ることの出来ない笑顔を浮かべて、沙慈にお礼を言ってくれた。
それだけで、何だか頑張った甲斐があったような気がする。
不意に込み上げて来たくすぐったい気分を隠すように、沙慈は慌てて声を上げた。

「も、もう食べていいよ、出来立ての方が美味しいんじゃないかな」
「解かった。お前も食べろ、沙慈・クロスロード」
「う、うん」

何となく、チョコと同じくらい甘い雰囲気が二人の間に広がる中、一緒にソファに腰掛けてチョコレートを食べた。



そして、更に数時間後。
ガバ!と寝転んでいたソファから起き上がった沙慈は、急に我に返って蒼白になった。

「……て!!な、何でぼくまできみに食べられてるんだ!」

何だか知らないけれど、あの後。チョコを全部食べ切ってしまった刹那が、もっと欲しいとか言いながら、沙慈の食べ掛けのチョコを奪って、まだ口元に残っていたのまで口を付けて来た。
当然、唇が触れ合って、いつの間にかそれを何度も繰り返してしまった。始めはふざけていただけだし、ただじゃれているつもりだったのに…。何故か、こんなことになっていた。
信じられない。本当に、何てことだ。
でも、沙慈の悲痛な叫びに、刹那は至って真顔で答えた。

「バレンタインとは、そう言うものだと、聞いている」
「ち、違う、全然違うよ!」

泣きそうになって叫んだ沙慈だったけど、全ては終った後だった。