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先ほどから暗い部屋に腰を下ろして、沙慈は刹那が来るのを待っていた。
刹那はきっと、ここへ来てくれる。戦闘が終ったら、真っ先に会いに来てくれる。何だか知らないけれど、そんな確信があった。
刹那に、自分の決意を聞いて欲しい。心の中でしっかりと形になった思いを、彼に伝えたい。もっと話をして、少しでもいいから彼と気持ちを分かち合いたい。
ついさっきまでは、頭の中に溢れんばかりに色々な感情が吹き荒れていたのに、今は頬を流れていた涙もとっくに乾いて、何故かとても静かな気持ちだった。
そうして数分後、思った通り、刹那は沙慈の前に姿を現した。

「ぼくは、ぼくの戦いをする」

機体を降りてから、ずっと抱いていた決意を口にすると、足を止めて振り向いた刹那は、じっとこちらを見詰めて来た。
それ以上は言葉がいらないように思えて、無言のまま時間が過ぎる。
その間ずっと、沙慈は強い意思を湛えた目で刹那を見詰めていた。こんなに彼を真っ直ぐに見詰めたのは、もう大分久し振りかも知れない。刹那も黙ったままで、赤み掛かった双眸に静かな色を浮かべて、沙慈の視線を受け入れていた。
彼が今どんな思いで沙慈の言葉を聞いたのか、それはよく解からない。でも、戦えと言ったときの刹那の気持ちは、今だったら解かる気がする。決意を抱いて前に進もうと思えたのは、確実に彼の言葉があったからだ。
きっと、自分だけじゃどうしようもなかった。
刹那・F・セイエイ。彼がいたから。
沈黙と静寂が部屋に広がったまま暫く経つと、やがて刹那は一歩ずつゆっくりと足を進めて、こちらに近付いて来た。
刹那の影が沙慈の足元に落ちて、膝先が触れそうなほど接近すると、彼はようやく足を止めた。
無言のままの彼を改めて見上げると、穏やかな声が聞こえて来た。

「沙慈」
「……?」
「それなら、俺はお前を守る」
「……え?」
「お前を守ってみせる。もう、あんな目には遭わせない、きっと」
「刹那……」

彼が何のことを言っているのか、沙慈には何となく理解出来た。
衛星兵器を破壊しに二人で宇宙へ上がったとき、新型のモビルアーマーに襲われて、攻撃を受けた。幸い、異常はなかったけれど、刹那はあの後何度も沙慈のことを気遣ってくれた。自分だって、怪我をして大変だったと言うのに。

「きみだって、怪我をしてたのに、戦っていたじゃないか。それなのに、そんな……」

思ったことをそのまま告げると、刹那はそっと目を閉じて首を横に振った。

「俺は、平気だ」
「………」

そんなはずない。
確かに、彼は凄いと思う。でも、沙慈と同じ生身の人間なんだから、当然疲弊することだって、傷付くことだってある。
それでも、彼はいつも前を見据えて必死で戦っている気がする。無理をしているようにも見える。
そして、沙慈のことを、いつも気に掛けてくれた。
それは最近気付いたことだけど、彼の怪我以来、何となく思っていたことでもある。
少し間を置いて、沙慈は先ほどの刹那と同じように落ち着いた声を発した。

「刹那…。ぼくも、きみを守るよ」
「……沙慈?」
「ぼくは引き金を弾けないかも知れないけど、オーライザーに乗っていれば、きみを少しでも助けることは出来る」

言ったじゃないか、ぼくは、ぼくの戦いをすると。
ルイスを取り戻すことが一番の目的だけど、きっと、それだけじゃない。他の誰かを守る事だって…。
メメント・モリのときもそうだった。
守る為の戦いもあると教えてくれたのは、刹那だ。

そう言い終えると、刹那は驚いたように目を見開いた。
すぐ側で、彼が小さく息を飲む音が聞こえたけれど、言葉は何も返って来なかった。沈黙が、再び暗い部屋の中に広がる。
急に何だか気恥ずかしさが込み上げて、沙慈は誤魔化すように明るい声を上げた。

「でも、きみなら、ぼくなんかに守って貰わなくても大丈夫かも知れないけど……」

台詞を最後まで言い終えない内に、突然、刹那の両腕が持ち上がるのが視界の隅に映った。そして、そっと首筋を撫でた手の平が、そのまま沙慈の頭を優しく抱き抱えた。
刹那の温もりと、柔らかい感触が一気に側に寄る。

(刹那……?)

腰を下ろしたままの体が前のめりになって、刹那に凭れかかる形になった。こんな体勢だからかも知れないけれど、彼が自分を抱き締めているのだと気付くまで、少し時間が掛かった。
一瞬だけ、驚いたように目を見開いたけれど、すぐにされるがままに力を抜いて彼に身を預けた。
刹那の体温が、分厚いパイロットスーツ越しに伝わって来るような気がする。不思議と気分が落ち着いて、沙慈はそっと目を瞑った。

「刹那……」

それから、沙慈もゆっくりと手を持ち上げて、刹那の体に両の腕を回した。ぎゅっと力を込めると、刹那の体は思っていたよりも酷く頼りないように思えた。
先ほどまでは、彼ともっと沢山話をしたいと、彼にもっと気持ちを聞いて欲しいと思っていたはずなのに。
何故か、それ以上は何も言えなくなってしまった。