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「それで、何故あんなことをしていた」
「そ、それは…、その…。きみも何とか言ってよ、刹那…!」
「………」

揃ってトレーニグルームの床に正座させられながら、沙慈と刹那はティエリアのお説教を受けていた。

ティエリアはようやくちょっと怒りが収まったみたいだけど、まだ気配が険しい。片手を腰に当てて、彼は二人の顔を交互に見下ろして来た。
沙慈はと言えば、刹那とあんなことをしてしまっただけでも驚きなのに、それを他の誰かに見られてしまったショックで、すっかり萎縮していた。
ちら、と刹那の方を見ると、彼は至って冷静な表情で、大人しく正座している。

(ああ……こう言うとき、刹那の性格が羨ましいよ)

そんなことを思いながら、沙慈は床に視線を落とした。
だいたい、何故、と言われても答えなんて自分で解からない。そんなことをぼんやりと思っていたら、痺れを切らしたらしいティエリアが、質問の内容を変えて来た。

「手を出したのはきみか、刹那」

その内容に、ぎくりとする。確か、最初にキスをしたのは、自分からだったような。
びくびくする沙慈の横で、刹那はあっさりと首を横に振った。

「いいや、沙慈・クロスロードの方だ」
「何だと?きみが?」
「す、すみません!」

ティエリアはキッと沙慈に目を剥いたあと、呆れたように溜息を吐いて刹那に向き直った。

「刹那、きみはよくよく誰かにキスされる男だ。少し、隙があるのかも知れない」
「………」
「……え?」

よくよくキスされるって、それって、どう言う。
聞き捨てならない台詞に、沙慈は眉根を寄せた。

「ティエリア・アーデ」

けれど、そこで刹那が少し咎めるような声でティエリアの名前を呼んだので、それ以上何があったのか聞くことは出来なかった。
そのことには触れてくれるなと言わんばかりの刹那の思いを察したのか、ティエリアは肩を竦めて、ふっと口元を緩めた。

「まぁ、もういい。だが、こんなところで逢引するのだけはやめて貰おう」
「あ、逢引って、そんなんじゃ!だいたいいつの言葉…」
「何か言ったか、沙慈・クロスロード」
「い、いえ、何も…」

しゅん、と肩を落とすと、沙慈は抗議の言葉をぐっと飲み込んだ。
キスしていたのは事実だし、何を言っても言い訳になるだけだ。
それにしても、何であんなことをしてしまったんだろう。
ようやく気を落ち着けたティエリアがトレーニングルームを出て行った後も、沙慈の頭の中にはそのことが木霊していた。
そして、もう一つ。刹那が、他の誰かとも、キスをしたかも知れないと言うこと。
不思議と、そちらの方が気になって落ち着かない。
一体、誰としたんだろう。いや、別に、彼が誰としていようが自分には関係ない。
さっきのだって、沙慈の方からしただけだし、ただの戯れみたいなものだ。
でも、二度目に彼からしてきたキスは?
ゆっくりと触れて、温かさと柔らかさを確かめるような丁寧な仕草。それに、もっと深く深くと、口内にまで潜り込んで来た舌。
あれは一体、何だったんだ。
刹那は一体、どう言うつもりで。
気付くと、苛立ちすら感じている自分がいて、驚く。
このままじゃ落ち着かない。
ふと顔を上げると、いつも通りの無表情な刹那が黙って立っていた。
こちらの気持ちなんか知らないふりの彼に苛立って、沙慈はぎゅっと拳を握り締めると、思い切って口を開いた。

「ねぇ、刹那」
「……何だ」
「ええと、その…、さっき…、彼が言っていたけど」
「……?」
「だから…、その…」

て、何で自分がこんなことを聞かなくてはいけないのか。
刹那はと言えば、何が何だかと言う顔で眉根を寄せている。
彼はこう言うことにはどうも鈍いらしい。
もうこうなったらヤケだ。
一度大きく深呼吸すると、沙慈は再び口を開いた。

「だから!さっき彼が言ってたみたいに、きみは、他の誰かともキスしたのかって!」
「………」

言ってから、やっぱり言うんじゃなかったと思った。
刹那は、きょとんとしたような顔で、何度か瞬きをして、意外そうにこちらを見詰めている。沙慈が気まずそうに顔を逸らすと、刹那はこちらに一歩足を進めて、顔を覗き込んで来た。

「気になるのか」
「い、いや、そう言う、訳じゃ…ないけど…」
「………」
「も、もういいよ。さっきのことも、今の質問もなかったことにしてくれ」

何だか居た堪れなくなったので、そう言い捨てて、性急にここを出ようと彼に背を向けると、その腕がぐい、と掴まれた。

「…?!せ、刹那?」
「されたのは事実だ。だが…二回したのは、お前とだけだ」
「……え?」

耳元でそんな声が聞こえるのと同時に、沙慈の視界は刹那でいっぱいになった。
そうして、彼の輪郭がぼやけるほど側に寄ると、三度目になる柔らかい感触が、沙慈の唇にそっと触れた。