SS




部屋を訪ねたときから、どんなことでも受け入れてあげたいと思っていた。
だから、本当は覚悟くらいしていたはずだった。

「刹那!」

けれど、何の前置きもなく伸ばされた手に、沙慈は驚いて声を上げてしまった。

「せ、刹那…っ!」

二度目に名前を呼んだ直後、ぐい、と掴まれた腕が引かれてバランスを崩し、沙慈は刹那の体の上に倒れ込んでいた。
突然近付いた体温に、どくりと鼓動が跳ね上がる。不穏な気配に、沙慈は慌てて身を起こして、彼から離れようとした。
けれど、刹那はそれを許さない。

「せつ…、ん…ぅっ!」

抗議の声を上げようとした唇が強引に塞がれて、言葉が途切れる。
呼吸まで塞ぐような勢いで、刹那は沙慈の唇を奪った。

「んっ、う…ッ、っ!」

首を振って逃れようとしても、強い力に阻まれて、どうしようもない。
彼を慰めに来たのは確かだけど、言葉を交わす暇もないなんて。
それどころか、酸素を取り込もうと薄く開いた唇の間から、血の味のする彼の舌先が潜り込んで来た。口内を酷く切ってしまったのだろう。錆びた鉄のような味が、舌先に滲みる。

(刹那)

いつの間にか体勢は逆転して、上に圧し掛かった刹那は沙慈の手首をぐっと押さえ込んで、一心にキスを続けた。
彼が今望んでいるのがこうすることなら、ただ受け入れよう。あのときも、あのときも、刹那は黙って沙慈の憎しみも悲しみも受け入れてくれたのだから。
沙慈の抵抗が止むと、同時に、手首を掴んでいた指先から力が抜けた。
でも、解放された訳じゃない。彼の手は今度は沙慈の纏っているシャツに掛かり、釦を引きちぎりそうな勢いで前を割った。

「……!!」

突然肌に触れた外気に、思わず身を竦ませる。
でも、強張った体を緩める間も無く、刹那の手の平が強引にその上を辿りだした。熱心に口内を貪っていた舌先は引き抜かれ、代わりに首筋に生温い感触が這う。

「せ、刹那…っ」

頼むから、もう少し。もう少しだけ、ゆっくりとして欲しい。
そう言いたいけれど、彼の気配に気圧されて何も言えない。
彼には今、自分が必要なのだ。こうして、温かい体を重ねて、体ごと受け入れてやることが。そう思って、奥歯を噛み締めて、必死に耐える。
一瞬だけ視線が合ったときの刹那は、本当に傷付いた獣のように、何とも言えない目をしていた。

「あっ、…ぅっ」

彼の表情に息を飲んで、注意が削がれた直後、下肢に痛みが走って内股が引き攣る。
何か言おうとしても、引っ切り無しに与えられる衝撃のせいで、掠れた喘ぎしか上がらない。

(刹那……、刹那……!)

何か口にする代わりに、沙慈は胸中で必死に刹那に訴え掛けた。

大丈夫だ。
きみが、何もかも背負って傷付いて、そんな風にする必要はない。
皆、きっと彼に甘えているだけなんだ。

(そうだ、ぼくも……)

自分も、そうだ。
でも、せめてこんなときくらいは。

(好きにしていいよ、刹那)

きみの気が済むように、この体なんて、どうとでもしてくれ。

「うっ、つ、ぅ…」

ぎし、と鈍い音がするのと同時に、走り抜けた痛みに沙慈はぎゅっと目を瞑った。
目尻に堪っていた涙がどっと溢れて、半重力の空間に舞う。
でも、それでも。痛みを感じて、涙を流しているのは彼のように思えてならなかった。



「すまない、沙慈」
「謝ることなんて…」

数時間後。耳元に聞こえて来た声に、沙慈は首を横に振った。
未だに重なり合うようにベッドに寝転んで、指先を動かすのもだるい。そんな中、刹那の手がこちらに伸ばされ、ぎこちない手つきで労わるように髪を撫でて来た。
先ほどとは打って変わって穏やかになった彼の双眸には、代わりに不安そうな色が浮かんでいる。その色をなだめるように、沙慈は疲労を押し隠して笑みを浮かべた。

「いいんだよ、刹那」
「……沙慈」

きみが少しでも楽になるなら。
そう告げると、刹那はホッと安堵の吐息を吐いて、それから力が抜けたように沙慈の首筋に顔を埋めて来た。
いつもより頼りないその背中に腕を回して、沙慈は彼の気が済むまでそこを撫で続けた。