SS
戦闘が始まった頃から、体の震えが止まらなかった。
赤いハロを無意識に腕に抱えて、沙慈は窮屈な独房で蹲っていた。
刹那たちは、今仲間を救出すると言って、戦闘に赴いている最中だ。
そんなもの望まないのに、沙慈は彼らと運命を共にしている。
とにかく、また刹那と話がしたい。戦闘が終って、刹那が戻って来たら、彼に…。
戻って、来たら…。
そこで、沙慈は一瞬頭の中が凍り付くような悪寒を感じた。
彼が再びここへ来る保障なんて、戦闘が無事終るかなんて、解からないじゃないか。
もし、失敗したら?そうしたら、ここでこのまま死んでしまうかも知れない。
今、自分がいるのはそう言う場所だ。
なんで、こんなことになったんだ。
船の衝撃と慌しい警報の音が止むまで、沙慈は膝を抱えて祈るようにぎゅっと目を閉じていた。
「沙慈・クロスロード」
船が落ち着きを取り戻した後、真っ先に入って来たのは刹那だった。
ただ、ここへ来るまでかなり時間が経っていたけれど。
仲間は無事救出出来たのだろうか。もう、安全なのだろうか。
震える沙慈に気付いたのか、刹那は側まで足を進め、そっと肩に手を乗せた。
「大丈夫か。もう、心配ない」
彼の声に顔を上げ、沙慈は眉根を寄せた。
ホッとして、気が緩んだこともあったのか。気付いたら責めるような声を発していた。
「そんなこと、どうして言えるんだ」
「もう、仲間は助けた。水中航行中だが、今のところ追っ手の心配は…」
「そう言うことじゃないよ。またいつ戦うか解からないんじゃないのか」
「……ああ」
「どうして…、どうしてきみは、そんなに平気なんだ!」
そこまで言ったところで、沙慈は声を詰まらせた。
どうして。
そんなこと、彼だって解かっているのだろうか。
自分と同じ年くらいで、あの頃は体だって沙慈より小さく見えたのに。
刹那を責めても苦しいだけだと、もう何度も感じているのに。どうしようもない。
ここで、彼に怒りをぶつけることだけが、沙慈の心の支えのようにもなっていた。
でも、先ほどのように声を荒げても、やっぱり刹那は何も言わない。
どうして、と…もどかしい思いが沙慈の中で苛立ちに変わる。
どうして、沙慈の好きだった人も、唯一の肉親である姉も、あんな目に遭わなければいけなかったのか。
彼らは仲間を助けると言った。そんな普通の心を持っているのに、どうして戦わなくちゃいけないのか。
また、怒りや悲しみがどうしようもないほど溢れ出して、気付いたら両目から涙が零れていた。
刹那は、相変わらず黙ったままだ。彼に何かを期待しても、何もない。
それなのに、何故毎回こうして責めるような言葉を吐いているんだろう。
「ぅ…っ…」
小さく喉を震わせて嗚咽を上げ、沙慈は首から提げていた指輪を手の平で握り締めた。
「お前は、泣いてばかりだ」
どの位沈黙が続いたのだろう。
感情の籠もらない刹那の声が聞こえて、沙慈は彼の方に視線を向けた。
頬にまで伝う涙で、刹那の顔はぼやけてよく見えない。
でも…。
少し困ったような、どうして良いか解からないような、そんな表情をしているように見えた。
そのまま、刹那は沙慈が指輪を握り締めていた手を徐に掴んだ。
びく、と肩を揺らして目を上げると、彼は先ほどよりも近い距離で沙慈を見ていた。
間近で、刹那の目が自分をじっと見ている。
どこか、哀れむような、そんな目に見える。
急に居た堪れなくなって、沙慈は視線を伏せた。
「止めてくれよ…、刹那…」
そう言う風に、慰めようとする素振りなんて見せないで欲しい。
沙慈は彼を憎いと言ったのに。自分は、彼を憎み続けなければいけないのに。
じゃあ、何故、彼の前で泣いたりなんかしているんだろう。
これじゃあまるで、慰めて欲しいみたいだ。こんなのは、可笑しい。
何か言わなければいけない。でも、口を開けば嗚咽が出てしまう。
握り締めたあの子への指輪が手に食い込んで痛い。
次の瞬間、掴まれていた手首に、ぎゅっと痛いほど力が込められた。
目を見開く沙慈に、刹那の体温がそっと近付く。反射的にもがこうとすると、もう片方の腕も捕まえられた。
強い、力。抗うことも忘れてしまうほどの。
刹那は何も言わなかった。ただ、抵抗の止んだ沙慈の涙で濡れた頬を指でなぞって、それからもっと側まで顔を寄せて来た。
「ん…っ、…つ」
ゆっくりと、柔らかい唇が、傷付いた気持ちを包むように触れて来る。
温かい温度と吐息が混ざり合って、沙慈はぎゅっと目を瞑った。目に堪っていた涙が反動でぼろぼろと滴り落ちる。
どうして、彼はいつも何も言わないのだろう。
何でこんなことをするのだろう。
いくら思い巡らせても、解かるはずもない。
でも、垣根を踏み越えて触れて来た刹那の唇は温かくて優しくて、頬をなぞる指先は妙にぎこちなかった。
本当は、彼も沙慈と同じように、いや、もっと何かに傷付いていると思わせるような。
この彼が、刹那があの機体に乗って誰かを傷付けているなんて。このときばかりは信じたくないと思った。
終