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「返せ、二人を…返してくれよ!」
全身で叫ぶように声を振り絞った後、沙慈はがくりと力が抜けたように床に崩れ落ちた。銃を握り締めていた指先からも力が抜け、もう立ち上がる気力もない。
刹那がこちらに足を進めて来るのが解かったけれど、もう恨み言をぶつける気にもならない。
引き金を弾けないことは解かっていた。でも、ああせずにはいられなかった。刹那に再会出来た喜びと命を救われたことへの感謝は、一瞬にして憎しみに吹き飛ばされてしまったのに。
刹那は、何も言ってくれなかった。謝罪の言葉なんて聞きたかった訳じゃないけれど、せめて何か言ってくれれば、もっと怒りをぶつけられたのに。
憎しみは行き場をなくして、後には脱力感だけが残った。
そんな中、すぐ側で刹那ともう一人の会話する声が聞こえて来る。
「刹那、ここはもう…」
「ああ、解っている」
静かに受け答えすると、刹那は徐に手を伸ばして、沙慈の腕を捕まえた。
「来い、沙慈・クロスロード」
「……!ど、どこへ…!」
「俺たちの艦に戻る。お前も来い」
「……!」
彼の言葉に、沙慈は息を飲んだ。
そんなこと、出来るはずがない。
「嫌だ…!ぼくはそんなところには行かない!」
声を荒げて拒絶すると、刹那の横に立っていた少年が冷ややかな声を発した。
「ならばここで死にたいのか」
「……っ、その方がましかも知れないね」
ソレスタルビーイングに助けられるなんて。彼らの艦に行くなんて。いくらカタロンの構成員だと言う疑いを掛けられ、行く場がない自分だとしても、それだけは嫌だ。
自虐的な気持ちが浮かび上がり、沙慈は低い声を発した。
けれど、刹那は掴んだ沙慈の腕を離さなかった。
それどころか、更に力を込めて沙慈を立ち上がらせると、きっぱりとした口調で告げた。
「駄目だ。お前を死なせる訳には行かない」
「は、離してくれ!」
そのまま腕を引かれ、沙慈は慌てて抗おうとした。
でも、刹那の力は少しも弱まらない。
「無理矢理にでも連れて行く」
「刹那っ!」
どうして、そんな…。
尚も彼の手から逃れようと抗っていると、見かねたのか、再びもう一人の少年が口を開いた。
「きみが、こんなところで無駄に命を落としてどうなる」
「そ、そんなこと…」
「このまま、アロウズに処刑されてもいいのか」
「それは…」
確かに、そうだ。ここにいれば、確実に命を落とす。
あんな惨い殺し方をする連中だ。絶対に無事ではいられない。
自分は約束したのだ。いつか、ルイスに会うと。その為にはどんなことになっても、生きていなくてはいけない。
「解ったよ……好きにしてくれ」
諦めたように力を抜くと、沙慈は刹那の腕に身を任せた。
抵抗が止んだのを確認すると、刹那は無言のまま沙慈の体を抱き抱えて、ボロボロになったガンダムのコックピットへと上がった。
「付いて来れるか、刹那」
「大丈夫だ。航行に支障はない」
そう言うと、彼らはコロニーを後にした。
「刹那、どうしてきみが、ガンダムに……」
苦しげに呟いた声は、放出し始めた真っ白な粒子の音に掻き消されて、彼に届かないまま消えてしまった。
終