SS
ソレスタルビーイングに保護されて、独房のような狭い部屋に入れられて、何日経っただろう。
沙慈にとって、ここで頼れる人間は刹那しかいない。仲間を迎えに行っていたと言う彼は、戻って来るとすぐ沙慈に会いに来てくれたけれど、会話で確かめたのはスローネと言う機体のことだけ。他に知り得るのは、赤いハロから得られる情報くらいだ。カタロンだなんて疑いまで掛けられて、それだけでも心許ないというのに。これから自分はどうなるのだろうと考えると、気が滅入る。
それでも、ミレイナと言う女の子が刹那に頼まれているからだと言って、頻繁に様子を見に来てくれたから、別に不自由することはなかった。
「クロスロードさん、お食事です。またここにおいて行くです」
そのときも、ミレイナがそう言って、食事の乗ったトレイを置いて、部屋を出て行った。
「あ、ありがとう……」
お礼を言いつつ、一応トレイを手に取ったものの、何だか手を付ける気にならない。
「タベナイノ、サジ。タベナイノ、サジ」
すぐ側に佇む赤いハロの台詞に、サジは困ったような笑みを浮かべた。
「うん、ちょっと……、食欲なくて……」
何気なくそう言った、直後。
突然、ハロの両方の目が怪しげに光り始め、艦内に物凄い警報が鳴り響いた。
「キンキュウジタイハッセイ、キンキュウジタイハッセイ」
「……え?!な、何?何が……?」
驚いて辺りを見回したけれど、ハロはずっと同じ言葉を繰り返すだけだ。警報は一向に止まない。まさか、また敵襲だろうか。
どうすることも出来ないまま部屋の中でうろたえていると、シュンと音がして扉が開き、刹那が飛び込んで来た。
「沙慈・クロスロード!どうした!」
「え……、あ……、刹那?!」
突然の刹那の登場に、沙慈は未だ何が何だか解からないまま目を見開いた。
「ぼ、ぼくは、何も……。突然、ハロが……」
「ハロ、どうした」
「サジ、ショクヨクナイ。サジ、ショクヨクナイ」
あどけない声で、ハロが刹那に答えると、彼は眉根を寄せて探るように沙慈を見詰めて来た。
「食欲、ないのか」
「え……、あ、うん……」
確かに、さっきそんなことを言ったような。でも、それが何だと言うのか。
曖昧な返事をしながら、沙慈は首を傾げた。でも、確かにさっき、ハロは沙慈の台詞の後で騒ぎ始めたような。
(ま、まさか?)
ある疑惑が浮かび上がって、沙慈は引き攣った声を上げた。
「まさか、警報が鳴ったのは、ぼくが食欲ないって言ったからなのか?!」
「……ああ、勿論だ」
「……!な、何でそんなこと?」
まるで当然だとでも言うように、こくんと頷いた刹那に、沙慈は呆れ返った声を上げた。
でも、刹那は至って真面目な面持ちで、彼なりに心配そうな様子で尚もこちらの顔を伺って来る。
「食事を摂らないで、何かあったらどうする」
「と、摂らないなんて言ってないよ、少し、食欲がないって言っただけで」
「なら、今すぐ食べろ」
「そ、そんなこと、言われても」
「…………」
あまりのことに呆然としつつも、じっと見詰めてくる視線に耐え切れず、沙慈は遂に折れた。
「わ、解かったよ、ちゃんと食べるから!」
ヤケになったように言い捨てて、トレイの中の食事に手を付けると、味も解からないままに喉の奥に流し込んだ。
沙慈が全て食事を平らげるのを見届けると、刹那はそっと去って行った。
(今のは、何なんだ)
刹那が去った後の扉を見詰めながら、沙慈は眉根を寄せた。
食欲がないくらいであんなに大事になるなんて。艦の皆もびっくりしたに違いない。
「はぁ、全く……」
付き合っていられない。そんな思いから、がっくりと肩を落として、溜息を吐いた途端。
「キンキュウジタイハッセイ!キンキュウジタイハッセイ!」
「え、ええ……?!ま、また?!」
再びハロが騒ぎ出して、大音量の警報が鳴り響き、沙慈はびくっと肩を揺らした。もしかして、また自分が原因なのだろうか。いや、でも、今回は何も言ってないはずだ。
「どうした!沙慈!」
数秒後、またしても部屋まで飛んで来て扉を開けた刹那に、沙慈は声を荒げた。
「ど、どうもしないよ!急にハロが騒ぎ出しただけで、ぼくは、何も!!」
「ハロ、どうなんだ」
「サジ、タメイキ!サジ、タメイキ!」
「……溜息、吐いたのか」
「…………え?」
溜息?そう言えば、つい今しがた吐いたような吐かないような。って、まさか。
「え、ええっ!?溜息って、そ、それだけで!?」
ただ、溜息を吐いただけなのに、この騒ぎとは。一体全体どうなってるのだ。
「いい加減にしてくれよ、刹那!何でこんなこと!」
流石に、呆れを通り越して怒りが込み上げて来てしまい、沙慈は声を荒げた。
途端、刹那は俯いて、視線を逸らしてしまった。
少し、反省しているようにも見える。でも、一体どう言うつもりで。
彼の答えを待ってじっと視線を送っていると、やがて、ぽつりと呟くような声が聞こえた。
「お前のことが…心配だったからだ」
「……え」
(心配って……)
刹那が、沙慈のことを?
意外な台詞に、一瞬、怒りも吹き飛んでしまった。
「セツナ、サジシンパイ。セツナ、サジシンパイ」
「……!」
ハロがフォローするようにそう付け加えて、ますます意表を突かれる。
嫌がらせって訳じゃない。本当に、自分のことが心配だったと言うのか。
やることはちょっと極端だけど、彼がここまで自分のことを気遣ってくれるなんて。
「せ、刹那……、ありが……」
どく、と鼓動が鳴るのを感じながら、礼を言おうとした途端。又しても物凄い音量で警報が鳴った。
「ミャクハクイジョウ、ミャクハクイジョウ!」
「ハ、ハロっ!」
「…………」
ちょっとドキっとしただけなのに。そんなことまでバレてしまうのか。そもそも、これでは会話すらまともに出来ない。
「何とかしてよ、刹那!」
「……ああ」
流石にこれはやり過ぎだと思ったのか。それとも沙慈の礼が最後まで聞けなくて不服だったのか。
どちらの理由かは解からないけれど、刹那はハロに設置したシステムを渋々切ってくれた。
終