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刹那を拾ってから、一週間くらいが過ぎた。
今では、彼はもう自分一人でミルクを飲めるようになっていて、沙慈の指の傷も大分消えていた。
ただ、刹那はあんまり懐いていないのか、夜沙慈がどんなに布団に入れてあげても、すぐに逃げ出してしまった。

けれど、それから更に一週間ほど経った頃。

「う、うーん…」

何だか妙な息苦しさを感じて、沙慈は夜中に目を覚ました。
気のせいか、喉元に何かがどーんと乗っかっているような。
何事かと起き上がってみると、一体いつの間に潜り込んだのか、刹那がすぐ首の上で丸くなって眠っていた。寝る前はあんなに来るのを嫌がっていたのに、いつの間に潜り込んだのだろうか。

「刹那…」

何だか妙に嬉しくなって、沙慈は重たいのを我慢して再び目を閉じた。



その日の朝。
支度を終えて職場に出勤しようとすると、ようやく起き出して来た刹那が、まだ寝惚けたような顔をして、のそのそと寝室から出て来た。

「ああ、おはよう、刹那」

沙慈はいつものようにお皿にミルクを注いで、まだボーっとした目をしている刹那の目の前に置いてやった。

「ほら、刹那、もう一人で飲めるよね」

沙慈が言い終えないうちに、刹那はミルクを必死に飲みだした。

「もう行かないと、遅刻しちゃうんだ、じゃあね」

昨晩は、刹那が上に乗っていたので、どうもよく眠れなかったらしい。
時計を見るともうかなり遅い時間だったので、沙慈は慌てて立ち上がって玄関へ向かった。
けれど、靴を履いて扉を開けようとした途端。
先ほどまで大人しくミルクを飲んでいたはずの刹那が、急に沙慈の足元に飛びつくように駆け寄って来た。

「刹那!?」

じゃれついているつもりなんだろうか。今まで、こんなことなかったのに。
危うく刹那を踏みつけそうになってしまって、沙慈は慌てて彼を抱き上げた。
直後。それを見計らっていたように、刹那は沙慈の首筋を小さな手で引っ掻いた。

「い…った!」

走り抜けた痛みに眉根を寄せると同時に、チャリと小さな金属音が聞こえた。

(え……?)

呆気に取られている間に、一体どうやって外したのか。沙慈の目には、首から提げていたペンダントを奪って逃げる刹那の後姿が見えた。

「せ、刹那!!」

慌てて靴を脱いで、部屋の中へと戻る。

「刹那、駄目だよ!それは大事なものなんだ、返してくれ!」

あのペンダントには、大事な指輪がついている。
いつも、肌身離さず持っているって決めたのに。

「刹那!」

逃げ回る彼をようやく捕まえて叱るように名前を読んでも、刹那はペンダントを離してくれない。

「い、痛いっ!!!」

それどころか、徐々に興奮して来たらしい彼に、がぶっと思い切り首筋を噛まれてしまった。
薄っすらと滲んだ血はすぐに止まってくれたけど、物凄く痛い。
しかも、また痕が付いてしまった。
鏡を見て、沙慈はがっくりと肩を落とした。
仕方がない、今日だけは諦めよう。

「今日はきみに預けるけど…それはぼくの大事なものだから、なくさないでね」

そう言って、沙慈は今度こそ慌てて部屋を飛び出した。



結局、そんないざこざのせいで間に合う訳も無く、その日は大幅に遅刻してしまった。
上司にたっぷりと嫌味を言われ、更に疲れが増した、その後。

「その首どうしたんだ、新入り?」
「えっ?」

先輩のミヤサカにからかうように声を掛けられ、沙慈は思わずハッとして首を押さえてしまった。

「…!いえ、これは…」
「彼女か?今日は遅刻までして…ほどほどにしろよ」
「ち、違います!そんなんじゃ…!」
「照れることない、楽しそうで何よりだ」
「……」

本当に。彼女だったら、どんなにいいことだろう。

「楽しくなんかないです。家を出るときに…ちょっと、噛み付かれただけで…」
「寂しかったんだろ、羨ましい話だ」
「寂しいって……」

思わず眉を顰めた沙慈にお構いなく、彼は―頑張れよ、などと見当違いの台詞を吐きながら行ってしまった。



日が沈む頃になってようやく仕事が終わり、沙慈はいつもより慌しく帰り支度を始めた。
何だか家に残したままの刹那が気になって仕方なかったからだ。
その後。マンションの前に着くと、小走りで部屋まで向かって扉を開けると、沙慈は目を見開いた。
玄関の前に、刹那が丸くなって眠っていたからだ。
しかも、朝奪っていった沙慈のペンダントを大事そうに抱え込んだまま。

「刹那、何でこんなとこで?」

まさか、本当に寂しかったんだろうか。
呼び掛けながら軽く体を揺さ振ると、濃い茶色の目がゆっくりと開く。
その双眸に沙慈の姿が映し出されると同時に、刹那は弾かれたように顔を上げ、少しだけ嬉しそうに鳴いた。

「刹那…」

何だか…本当に情が移ってしまったみたいだ。
刹那とは、これからもずっと上手くやっていきたい。
このとき、沙慈は改めてそんなことを思った。



11.13