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水分を含んだ空気が、薄暗い部屋の中に溢れている。
刹那の吐息と、自分の心臓の音だけが耳元に聞こえる。
そんな中ふと、汗の浮き上がった肌の上を刹那の指が辿り、沙慈はもがくようにベッドの上で身じろいだ。
体を支配しているのは、慣れない痛みと、違和感と…。

「刹那、…ぅっ」

名前を呼ぼうとしただけなのに、走り抜けた痛みに反応して、引き攣った声が喉を鳴らした。
途端、刹那が動きを止めて、圧し掛かった状態で沙慈を見下ろして来る。

「…大丈夫か」
「うん、だ、大丈夫…」

そう言いつつも、痛みを感じていることは隠せない。
こちらの状態を敏感に感じ取ったのか、刹那は長い吐息を吐いて、それから沙慈からゆっくりと離れた。

「無理をするな」
「……!」

そのまま、背中を向けて衣服へと伸びた手を、沙慈は起き上がって必死に捕まえた。

「待ってくれよ、刹那!」
「……沙慈」
「いいんだ、いいから、止めないでくれ」
「………」

広がる沈黙から、刹那の迷いが伝わって来る。
でも、数秒の間の後。
沙慈の背中は再び柔らかいベッドの上に押し付けられた。



「うっ、く…っ」
「沙慈…」
「……っ、ん」

不意に、顔を隠していた腕が掴まれて、ベッドに押さえ付けられる。
けれど、どんな表情をしているか解からないこの顔も、必死に引き結んだ唇も、全て見られたくない。
それでも尚、彼の視線から逃れようと顔を背けていると、刹那の声がまた降って来た。

「こっちを向け、沙慈・クロスロード」
「せ、刹那…」

熱に浮かされたような目を向けると、刹那は沙慈の顎を捉えて、ぐっと強く唇を押し付けて来た。

「んっ…、ぅ…」

始めは柔らかく触れるだけだったのに、やがて強く、光がない部屋の中でお互いを確かめ合うように深いものに変わって行く。
合わせた唇の隙間から漏れる吐息が、少しずつ荒くなる。
ぎし、と微かに軋んだような音がして、沙慈は喉を仰け反らせた。

「…ぁ、刹那、腕…、離して」

強く捕まえられた手首が痛んで、沙慈は弱々しく訴えを上げたけれど、刹那は聞き入れない。
沙慈の声が、届いていないのだろうか。
せめて、彼の背に腕を回したい。抱き締めてやりたいと思うのに、それも叶わない。
もどかしくて、どうしようもない。

「ん、う、…っ」

でも、痛みに混じって少しずつ駆け上がる痺れに翻弄されて、徐々に思考も纏まらなくなってしまった。



やがて、限界を迎えると、刹那は糸が切れたように沙慈の上に倒れ込んで来た。
は、は、と短く弾んだ呼吸が首筋に掛かる。
手首を掴んでいた指先からも力が抜けて、沙慈は自由になった腕をゆっくりと持ち上げて刹那の背に回そうとした。

「……刹那」

呼び声と共に、忙しなく上下する背中をなだめるように抱き締めようと思ったのに。
ひりひりと痛む喉からはよく聞き取れない掠れた声が漏れただけで、腕は力なくベッドにずり落ちてしまった。

けれど、合わせた胸板の奥で、刹那の鼓動が煩く鳴っているのが聞こえる。
きっと、刹那も沙慈の鼓動を感じているに違いない。
言葉も出ないし、抱き締める力も残っていない。
でも、こうして二つの音が重なっているだけで、今は十分な気がした。