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「刹那、悪いけど、街へ偵察に行って来てちょうだい」

朝一番、スメラギにそんなことを言われて、刹那は眉根を寄せた。

「偵察…?なんのだ…」
「困っている人がいないか、探してくるのよ」
「パトロールと言ったらどうだ」

ティエリアが突っ込みを入れると、スメラギは小さく肩を竦めた。

「別に警察って訳じゃないから、しっくり来ないのよね。とにかく、お願い。困っている人を見付けたら、助けてあげるのよ」
「了解だ…」

ティエリアは、刹那が一人で行くことに少し不安そうにしていたけれど、気にせずにアジトを出た。



世界から小さな争いやいざこざをなくす。
それが刹那の、ソレスタルビーイングの目的だ。
その為には、どんなことでもやるつもりでいた。

と言っても、そんなにトラブルなんて転がっている訳じゃない。
刹那は当てもなくその辺りを歩きながらも、鋭く周囲を観察していた。
道をうろうろしているだけでは仕方ないので、暫くすると電車に乗り込んでみた。
そこでも、何かないかと視線を巡らせる。
電車の中はどの車両もそれなりに混んでいるけれど、今のところ特に変わったことはないようだった。

でも、車両の中央辺りに差し掛かったところで、ある人物に目を留めた。
何だか、少し様子が可笑しいのだ。
早速、さり気無くターゲットの横に身を割り入れて顔を覗き込んでみると、その人物は実に不快そうに眉を顰めていた。
それに、頬が微かに赤い。具合でも悪いのだろうか。
じっと見詰めると、そのターゲットの腰の辺りを撫でるように蠢いている手に気付いた。
どこからともなく伸ばされた手。
混んでいるのを利用して、どさくさに紛れて如何わしい行為を働いている手だ。
所謂、痴漢、と言うヤツだ。何と言う卑劣な。

見つけた。あれこそが、世界の歪みだ。
あれを破壊して、平和を取り戻す。
刹那はそんな強い意思を固めて、目を輝かせた。

でも、どうしたら良いのだろう。スメラギに指示を仰ぐか。
いや、でもその隙に逃げられてしまうかも知れない。
よくよく考えを巡らせると、刹那の脳裏には、小さい頃母親に読んでもらった物語の一連のストーリがぽわんと浮かんだ。
悪党から苛められている人物を助け、そして最後は二人で幸せに暮らす。
その通りに実行すればいい。

「任務を、開始する」

誰に言うでもなく、自身に言い聞かせるように呟くと、刹那は行動に出た。



その数分後。
刹那はスメラギの元に報告の連絡を入れた。

『刹那、どう?何か出来ることはあった?』

暢気な声の彼女に、刹那は淡々と説明を始めた。

「痴漢にあっていた人物を保護した」
『それはお手柄ね、よくやったわ、刹那』
「それほどでもない、とにかく、今から連れて帰る」
『え、連れて来るって、どうして』
「決まっている、任務を最後まで忠実に実行する為だ」
『な、何だかよく解からないけど、気を付けてね』
「了解だ」


それから、更に数十分後。
刹那が、保護した人物を連れてアジトに戻って来た。
出迎えたスメラギとフェルトは、二人の姿を目にするなり、二つの理由からぽかんとしていた。
一つは…。

「あ、あら…、痴漢て言うから…女の子だと思ったら」
「す、すみません…、男で…」

刹那が連れているのは、今の会話にもあるように、どこからどう見ても男、しかも青年と呼んでいいくらいの年だ。
刹那と同じくらいだろうか。
優しげな感じで、スメラギの言葉に曖昧そうな笑みを浮かべて返答した。

「いいのよ、そんなこと。でも、刹那、その……いい加減降ろしてあげたら?」

スメラギとフェルトが唖然としたもう一つの理由がそれだ。
彼が、俗に言う、お姫様抱っこと言うヤツをされていたからだ。
自分より少し背の高い相手、しかも男を抱えるには、到底似つかわしくない抱き方だ。
でも、刹那はスメラギの申し出に不服そうに顔を曇らせた。

「何故だ」
「何故って、ほら、わたしたちも事情聞かなくちゃいけないし。刹那は着替えでもしていたら?」
「……了解した」

ようやくこくんと頷くと、刹那は彼を腕から下ろし、部屋の奥へ消えて行った。

「だ、大丈夫?ごめんなさいね。あの子…ちょっと変わってて…」
「え、ええ…、あの格好で街中を連れ回されました」
「そ、そうだったの…」
「痴漢にあったことより、そっちの方が恥ずかしかったです」
「そ、そう。お察しするわ。ところで、あなたは?私はスメラギ・李・ノリエガ、こっちはフェルト」
「ぼくは沙慈です。沙慈・クロスロード。あの、それより…」

そこまで言ったところで、不意にバン!と背後の扉が開いた。
先ほど刹那が入って行った戸だ。

「違う!」

続いて聞こえた叫びに皆が一斉に振り向くと、そこには刹那の姿があった。

「そうじゃない。お前はもう沙慈・クロスロードではない。俺と、刹那・F・セイエイと結婚するからだ」
「結婚?!」
「結婚?!!」
「………さっきから、ずっとこんな感じなんです。どうにか、してくれませんか」

女性陣が引っくり返った声を上げる中、沙慈は一人でがくりと肩を落とした。



「と、とにかく、ティエリアを呼びましょう」

自分の手には負えないと思ったのか、スメラギはそう言ってもう一人のメンバーを呼び付けた。
皆でブリーフィングルームに集まると、早速会議を始めた。

「何て言うか…若さかしらね。とにかく、こう言うデリケートな問題、わたしはお手上げよ」

スメラギが文字通り手を上げて見せると、ティエリアは真顔で返した。

「本人がその気になっているものを、他人がどうこう言うものではない」
「ぼくはその気になってません!だいたい、ぼくには恋人だっているのに!」
「問題ない」
「彼はああ言っているが?」
「そんな、無茶苦茶な!」
「沙慈・クロスロード、きみは世界を知らな過ぎる」
「それは、こっちの台詞ですよ!」
「きみも男なら、覚悟を決めることだ」
「そ、そんな…!」

ティエリアの台詞に沙慈が悲鳴のような声を上げると、今まで黙って聞いていた刹那が、ふと足を一歩踏み出して身を寄せて来た。

「沙慈・クロスロード」
「な、何…、刹那」
「そんなに嫌なのか」
「え……?」
「そんなに嫌なのかと聞いている」
「え、いや…、そ、そんな、ことは…」
「では、嫌ではないと」
「う、うん、何て言うか、そこまでは…」
「押しに弱いタイプね…」
「流されてますね」

スメラギが溜息混じりに呟くと、フェルトが同意するようにこくんと頷いた。
そんな中、刹那は何だか満足そうな笑みを浮かべて、何を思ったのか沙慈の肩を両手でがしりと掴んだ。

「そうか、それならいい」
「せ、刹那?」
「これは、誓いのキスだ」

きょとんとする沙慈の肩を、刹那は思い切り自分の方へと引いた。

「……?!んう?!」

当然、沙慈は無抵抗のまま刹那へと倒れ込み、むに、と唇がくっついた。

「んっ、んーー?!」

皆が呆気に取られる中、刹那は沙慈に濃厚なキスを思い切りして、それから満足そうに離れた。

「そう言う訳だ、いいな、スメラギ・李・ノリエガ」
「そ、そう言う訳って、言われても。ティ、ティエリア、どうしたらいいかしら」
「してしまったものは仕方ない。我々も彼を刹那の家族だと認めるしかあるまい」

そこで、あまりのことに放心していた沙慈が我に返ったのか、泣きそうな声を上げた。

「ちょ、ちょっと!勝手に認めないで下さい!」

でも、刹那は聞いていない。

「ファーストミッションだ、沙慈。服を脱げ」
「ここで?!」

引き攣った声を上げる沙慈を、刹那はその場の勢いに任せて押し倒した。

「ちょ、ちょっと!刹那!!だ、誰か!」

沙慈は必死の思いで叫んだけれど、この場で刹那を止めることが出来る者は一人もいなかった。



そんな訳で、その日ソレスタルビーイングにメンバーが一人増えた。