沙慈+ティエリア様。
刹那出て来ません。

3




パン!と言う渇いた音が、ソレスタルビーイングのアジトのキッチンに鳴り響いた。
部屋の中には、たった今打たれた頬を片手で押さえている沙慈と、未だ手を持ち上げたままのティエリアの姿が…。

「どう言うことだ、これは。何をした」
「ぼ、ぼくは…、別に…」

整った綺麗な顔を強張らせて問い詰めるティエリアに、沙慈は怯えたように目を背けた。



目の前に広がっているのは、真っ黒に焦げた鍋と、無残な姿になった食材たち。
そして、キッチンに立ち込めるのは、良い香りとは程遠い黒煙の匂い。

「ちょっと、目を離しただけだったんですけど…」

何故か敬語で弁解する沙慈に、ティエリアはますます目を吊り上げた。

「こんな簡単な料理の一つも出来ないとは…。沙慈・クロスロード、きみはソレスタルビーイングのメンバーに相応しくない!」
「な、なりたいとも…言ってないのに…」
「言い訳はいい。今すぐ代わりの食材を買いに行かなくては」
「す、すみません。ぼくが行くから…」

沙慈の申し出にティエリアは首を横に振った。

「駄目だ。刹那から、きみを外へ出すなと言われている」
「そ、そんな…」
「きみは、別の部屋にあるメンバーの洗濯物を畳んでおいてくれ」
「わ、解かりました」

素直に頷いて、沙慈はとぼとぼと指定された部屋へ向かった。



どうして沙慈やティエリアがこんなことをしているかと言うと、スメラギやフェルトたち女性陣が、息抜きにと遊びに出かけてしまったからだ。
刹那も、街を偵察に行くと行って今日はここにいない。
そんな訳で、朝から掃除洗濯と頑張っているのだけど…。
掃除をすれば、埃がまだ残っている!とか。アイロンを掛ければ、皺がきちんと伸びていない!とか。
ことあるごとにティエリア・アーデに怒られてしまって、沙慈はすっかり意気消沈していた。

先ほどの料理も、ティエリアが一緒に手伝ってくれたのだけど、時間は秒単位で測っていなくてはいけないし、分量も1g誤差が出ただけで睨まれるしで、散々だった。
しかも、ティエリアが完璧に切り刻んだ食材を、彼が洗濯物を取り込みに行っている間にあんな無様な姿にしてしまったのだから、怒られるのも無理ないかも知れない。
日本食は得意なのだけど、最近していなかったせいか、上手く行かなかった。
こんなことなら、もっとちゃんとやっておけば良かった。

「姉さん…、ルイス…」

寂しそうに呟きながら、沙慈は懐かしい二人の名前を呼んだ。



「すまない…、沙慈・クロスロード…。これも、きみと刹那のためだ」

扉の隙間からそんな様子を見詰めながら、こっそりと呟いたティエリアの声は、沙慈には届かない。
知らない内に花嫁修業をさせられているとは知らず、今度こそ怒られたりしないようにと、沙慈はもくもくと洗濯物を畳み続けた。