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「刹那、この際だからはっきり言うけど。こう言うの、あんまり良くないよ」
沙慈がそんなことを言い出したのは、本当に突然のことだった。
意外な上に不可解な彼の申し出に、刹那は思い切り眉根を寄せた。
彼の言う、こう言うのとは何を指しているのか、かろうじて解かるのはそれだけだ。きっと、つい先ほどまで二人でこっそりと交わしていた行為のことだ。
でも、済んでしまってから言われてもどうしようもない。
「そう言うことは、始める前に言って欲しい」
「わ、解かってるけど、でも本当に良くないよ!」
率直な意見を述べると、沙慈はうろたえて、ムキになったように反論して来た。
とは言っても、この状況では説得力に欠ける。
今、二人の衣服は半分以上はだけていて、同じベッドに寝転んでいる。しかも、沙慈が吐き出す吐息には、どこか艶っぽい、甘ったるいような色が含まれている。
その上、部屋には気だるい空気が広がっていて、少し前まで何があったのか想像出来てしまうような雰囲気なのに。
そんなことを言い出した沙慈の本心が解からなくて、刹那は首を傾げた。
けれど、不服そうな自分にお構いなく、沙慈は一人で納得したように言葉を続けている。
「こう言うの何て言うか…爛れてるよ、刹那」
「ただれてる?」
「うん……そう言う関係だよ」
こく、と頷いて溜息を吐いた切り、沙慈は黙り込んでしまった。
爛れた関係。
何だろう、その、愛憎溢れる昼ドラのような言葉は。
「………」
刹那の脳裏には、スメラギが毎日見ている番組の数々の修羅場シーンが浮かんでは消えた。
はっきりは解からないけれど、つまり、こう言う関係が良くないと、彼は言いたいのだろう。
実は、刹那だって少しそう思っている。沙慈がいつまで経っても結婚に応じてくれないこの状況では、世界の歪みを破壊した甲斐がない。
でも、沙慈は勘違いをしている。単に意味もなくこう言う行為を重ねている訳じゃはない。自分には、きちんとした目標がある。
少し考えて、刹那は改まった口調で彼に呼び掛けた。
「そんなことはない、沙慈・クロスロード」
「え……?」
徐に向き直って、そっと顎を捉えると、沙慈は戸惑うように視線を揺らした。
「責任は取る。俺には、その覚悟がある」
「せ、責任て…」
「前から言っている。お前と結婚する。だから、お前がうんと言えば…」
「そ、それは…無理だよ。出来ないよ」
「それなら、お前がいいと言うまで待つ」
「け、けど……」
「沙慈・クロスロード、俺は諦めない」
「刹那……」
強い口調で言い終えると、沙慈は意表を突かれたように息を飲んで、それから刹那の名前を呼んでくれた。
彼の動きが止まったのをいいことに、そっと顔を寄せ、唇を重ねても拒まない。
いつもこんな感じで、拒絶しては受け入れ、また拒絶してはの繰り返しで、刹那も混乱している。
でも、最初に固めた決意だけは揺るがす訳には行かない。
また強く決意を固めながら、刹那は先ほどよりも強く唇を重ねた。
「刹那・F・セイエイ。きみの為に…何とか出来ないものか」
部屋の外でやり取りをこっそり聞いていたティエリアが、神妙な面持ちで呟いた言葉は、二人には届かなかった。