ドラマCD1の催眠術ネタ絡み。
6
「沙慈・クロスロード!きみに話がある!」
そう言って、沙慈の部屋にティエリア・アーデが入って来たのは、突然のことだった。
後ろには、アレルヤ・ハプティズムの姿もある。
ついこの間、又しても刹那としてしまったことを考えて、ぼーっとしてた沙慈は、過剰なまでに驚いてしまった。
「な、何ですか!一体何が!」
「ああ、大丈夫だから…。ティエリア、そんなに威嚇しちゃ駄目だよ」
怯えたような反応を見せると、アレルヤはなだめるように穏やかな声を上げた。けれど、ティエリアは不服そうに、アレルヤに向けてキッと鋭い視線を送った。
「そんなつもりはない。とにかく…、きみに頼みたいことがある、沙慈・クロスロード」
「ぼく…に?」
こんなに改まって、一体、何だろう。
沙慈が眉根を寄せると、ティエリアは厳かな口調で口を開いた。
「きみには、今度遂行するミッションの練習台になって貰いたい」
「ミ、ミッション?!」
その言葉に、沙慈の鼓動が跳ね上がった。
ファースト・ミッションだとか、セカンド・ミッションだとか、そんな風に言う刹那のことを思い出したからだ。
「どうかしたのか、沙慈・クロスロード」
「い、いえ!何でも!」
思わず顔が赤くなってしまったのを誤魔化すように、沙慈は慌てて首を振った。
「そ、そんなことより…、一体何をするんですか。まさか、剣を飲まされたり、火の輪を潜らされたり」
「我々は大道芸人ではない!」
「す、すみません」
訝しげな顔で言うと、凄い形相で睨まれてしまい、沙慈は肩を竦めた。
「ティエリア、それより、ちゃんと説明してあげようよ」
アレルヤのフォローに気を取り直したのか、ティエリアは手の平に握り締めていた一枚のコインを目の前に翳してみせた。
「簡単なことだ。きみにそこに座って貰い、このコインを翳して暗示を掛ける」
「あ、暗示?何で、そんなこと…」
「守秘義務で、それは言えない」
「そんな……」
更に訝しげな顔になった沙慈だけど、ここではあまり逆らわない方が身の為だ。
第一、暗示なんてそう簡単に掛かる訳ない。それに、一体何のミッションに使うんだか。
そんなことを考えながら、沙慈は大人しく椅子に腰を下ろした。
「では、これを見ろ。沙慈・クロスロード」
ティエリアがそう言って、目の前でゆらゆらとコインを翳す。
幾度か目前で行き来するコインを見詰めていたけれど、別にどうと言うことはない。何だか、少し眠くなって来るくらいだ。
(こんなことして、どう言うつもりだろう)
それに、こう言うとき、今までだったら刹那も一緒に来てくれたのに。彼はどこへ行ったんだろう。今日はまだ顔を見てない。今何をしているのか。こんな意味のない時間があるくらいなら、刹那ともっとちゃんと話をしたい。
ぼんやりとそんなことを思い巡らしていたら、ティエリアはとんでもないことを言い出した。
「沙慈・クロスロード、きみは、24時間以内に刹那・F・セイエイと結婚する」
「え、ええ?!!そ、そんなことあるはず…!」
「黙って聞いていろ」
「は、はい…」
「きみは、刹那・F・セイエイと24時間以内に結婚する」
また同じ言葉が繰り返されると、沙慈の脳裏に、部屋の隅に未だに掛けられたままのウェディングドレスが浮かんだ。
あんな忌まわしいもの、絶対に着ない。いくら今、刹那のことばかり思い巡らしていたからと言って、それは別問題だ。だから、結婚なんてありえない。
「ティエリア…、駄目みたいじゃないかい?」
「あ、ああ…、そうだな」
そのまま、何事もなく数秒が過ぎ、効果の見られない沙慈に、ティエリアも諦めて手を止めようとした、そのとき。
「刹那!!!!」
「わっ!!」
「うわっ!!」
突然沙慈がすくっと立ち上がって大声で刹那を呼び、ティエリアとアレルヤはびくっと身を揺らした。
「い、いきなり大声を出すな!どうした?」
ずれた眼鏡を直しながら声を荒げるティエリアの姿も目に入っていないように、沙慈は扉を見詰めながらもう一度叫んだ。
「刹那に、会いに行かなくちゃ!!」
「さ、沙慈・クロスロード!少し落ち着け!!」
「刹那っっ!!」
そのまま、沙慈は制止するティエリアを振り切って、扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び出して行った。
「……効いたみたいだな」
「い、いいのかい、あのままで」
「ああ、恐らく…」
「む、無責任だね、ティエリア…」
そんな二人の会話など知る由もなく、沙慈は一心に刹那の部屋を目指して走っていた。たいして距離がある訳ではなのに、いつもよりやたらと廊下が長く感じる。
それでもようやくお目当ての部屋の前で足を止めると、沙慈はノックもせずに部屋に飛び込んだ。
「刹那!」
大声で名前を呼ぶと、ベッドに腰を下ろして何事か考えていた刹那は、驚いたように目を見開いた。
「沙慈・クロスロード」
すぐに側に来て、こちらの顔を覗き込んで来る刹那に、沙慈の胸の奥で熱いものが込み上げる。
「刹那……きみに、言いたいことがあって来たんだ」
「……どうした」
そう尋ねる声には、彼なりの優しさが含まれている。
沙慈は込み上げる衝動に促されるまま、真っ直ぐに刹那を見詰めて口を開いた。
「今すぐ、ぼくと結婚してくれ」
「……!沙慈・クロスロード!」
率直な台詞に、刹那が息を飲む。
今まで散々躊躇していたのに、いきなりこんなことを言い出したのだ。刹那が驚くのも無理はない。
けれど、沙慈はそのまま熱心に言葉を続けた。
「ぼくは、気付いたんだ、自分の気持ちに。だから、きみとすぐにでも結婚したい」
「……そうか」
沙慈の言葉に、刹那はほんの少し嬉しそうに口元を綻ばせた。
そして沙慈の頬に手を伸ばしゆっくりと撫でた。何だか、そうされるのがとても自然なことに思える。
刹那の手は優しくて、気持ちが良い。きっと、このままキスされる。彼は何も言わなかったけれど、沙慈には何となくそれが解かった。そして、その予感通り、刹那は顔を寄せ、そっと唇を重ねて来た。
「んっ、ぅ…っ」
刹那とキスするのは初めてじゃない。でも、こんなに心から受け入れたいと思ったのは初めてだ。刹那にも、それが解かるのだろうか。
始めはそっと触れていただけだったのに、今までのもどかしい時間を埋めるように、段々とキスは深いものに変わって行った。頬に添えられていた手はそのまま後頭部に回されて、時間も忘れてそのまま夢中になってキスを続けた。
やがて、長いキスが終ると、刹那は耳音で優しく囁いた。
「お前に言われるまでもない。俺も、そのつもりだ」
「刹那……」
「沙慈・クロスロード、お前は俺のものだ」
「刹那、ありがとう」
「すぐに結婚式を挙げる」
「うん、刹那。幸せになろう」
そう言って、二人はがしりと手を握り合った。
沙慈が我に返るのは、あのウェディングドレスをばっちり来て、結婚式の準備を完璧に整えた後だった。